第一章 火花②
中央塔の大講堂は、静かに圧をかけてくる場所だった。
石造りの壁面は高く、天井はアーチ状に湾曲している。交差する梁の中央に、巨大な演算水晶が浮かび、その内部で光がゆっくりと回転していた。水晶の放つ淡い青白い光は、講堂全体を均一に照らしながらも、どこか冷たい。
席は階段状に並び、視線は自然と壇上へ集まる構造になっている。
ここでは、逃げ場がない。
誰がどこに座り、どの順位にいるか。すべてが可視化される。
代表選抜本戦。
その文字が投影陣に浮かんだ瞬間、講堂の空気がわずかに変わった。
ざわめきが広がり、すぐに引く。
興奮ではない。緊張だ。
壇上の教官が一歩前に出る。
「本年度代表選抜本戦進出者を発表する」
低く落ち着いた声が、石壁に反響する。
あれから一ヵ月。ついにこの時期が来たと金髪の少年は小さく拳を握る。
「選抜基準は上期・下期総合評価。模擬戦、実技、戦術、精神適性を統合した総合順位とする」
演算水晶が強く明滅し、巨大な順位表が空中に展開された。
一位。二位。数値が浮かぶたび、講堂の空気がわずかに揺れる。
三位。そこに刻まれた名。
シエラクロス。
最年少でアイシードの上位にまで短期間で登り詰めた天才少女。
一瞬、音が消えた。拍手も歓声も起きない。ただ、納得の沈黙。それが、彼女の評価だった。
深い群青の髪を持つ少女は、前方の席に座っている。
背筋はまっすぐ視線は前。自分の名前が浮かんでも、反応しない。喜びも誇りも見せない。それが余計に重い。
フリントライズは、八位の位置に自分の名が浮かぶのを見つめた。
八位。数字は悪くない。だが、三位ではない。
拳が膝の上でわずかに固くなる。隣から、肘が軽く当たる。
「八位か」
茶髪の少年――レオン・カレイドが、気楽な顔で水晶を見上げている。
「妥当っちゃ妥当だな」
「何が妥当だ」
フリントは視線を逸らさない。
「安定感の差。シエラクロスは落とさない。お前は爆発するか沈むか」
「噛み合えば勝てる」
「その噛み合う率が低いんだよ」
レオンは笑う。
「でもさ、だから面白いんだよな」
投影陣が続く。
順位は流れ、名は刻まれ、やがて終わる。
オルタディナの名前はなかった。
後方の席から小さな声が漏れる。
「上期前半はトップだったのに」
「後半失速が痛いな」
フリントは横目で彼女を見る。
赤い短髪の少女は腕を組み、まっすぐ前を見ていた。
表情は変わらない。だが、視線はわずかに下がっている。
教官の声が再び響く。
「本戦はトーナメント形式。優勝および準優勝者は代表候補として各国推薦の対象となる」
空気がさらに張り詰める。
勝つことが、未来になる。ここでの勝敗は、名誉だけではない。
進路。立場。評価。
中央都市ヴァルディアは、勝者を覚えている。
⸻
講堂を出ると、回廊に夕陽が差し込んでいた。高窓から流れ込む橙色の光が石床を長く染める。歩くたび、足音が乾いた音を立てる。
生徒たちの声が交差する。
「三位は固いな」
「準優勝圏だろ」
群青の名が繰り返される。
フリントは歩き続ける。
歩幅は一定。呼吸も乱れない。だが胸の奥が、わずかにざわついている。
レオンが肩を並べる。
「準決勝まで上がれば当たるぞ」
「分かってる」
「やる気満々だな」
「当然だ」
窓の外に目をやる。
ヴァルディアの街並みが見える。
石畳の広場。高い尖塔。川を渡る石橋。遠くに見える大聖堂の尖頂。
辺境の空とは違う。
ここは重い。視線が多い。常に誰かに見られている感覚。
「順位は数字だ」
金髪の少年はぽつりと漏らす。
「そうだな」
レオンは笑う。
「でも数字ってさ、喋るんだよ」
「どういう意味だ」
「三位が出た瞬間、空気変わったろ」
フリントは黙る。
確かに。拍手も歓声もない。ただ、納得。
それが重い。
「まあいい」
フリントは視線を前に戻す。
「勝てばいい」
レオンは肩をすくめる。
「それ言えるの、お前くらいだぞ」
だが、フリントライズ。彼もまた最年少の中では同じく短期間でアイシードの上位の成績に食い込んでいる天才肌なのである。
⸻
教室棟は中央塔の二階にある。
硝子張りの廊下からは、屋内演習場が見下ろせる。下では別クラスが魔法演算の練習をしていた。光の輪が床に広がり、消え、また広がる。
教室に入ると、空気はすでに落ち着いていた。
席に着いた瞬間、隣から声が落ちる。
「八位」
赤い短髪の少女が、机に肘をつきながら言う。
「の割には嬉しそうじゃないわね?」
「納得いかないだけだ」
「現実を受け止めなさいよ」
視線が真っ直ぐ刺さる。
ペンを回す音が静かに机に当たる中、金髪の少年は少し気まずそうに尋ねる。
「なあ、トーナメント……出ないのか?」
「出ない」
「なんでだ」
わずかな間。
窓の外で風が鳴る。
「壊れるから」
声は淡い。
「持病なのよ。長くは戦えない」
「それでも」
「それでも何?」
視線がぶつかる。
「壊れてまで勝つ趣味はない」
教室の空気が、ほんの少し冷える。
レオンが後ろから口を挟む。
「上期前半、マジで強かったよな」
「うるさい」
「事実だろ。あのペースなら圏内余裕だった」
オルタディナは視線を落とす。
「過ぎた話」
短い。
だが、その一言の奥に、悔しさが沈んでいる。
フリントは何か言おうとして、やめる。
沈黙が落ちる。
窓の外の光が、ゆっくりと色を変えていくのだった。




