第五章 舞い散る火花⑧
衝撃が空気を震わせた。
シエラの剣が白い外套の刃を受け止める。だが、その一撃は軽くない。
体勢が揺れ、足がわずかに後ろへ滑る。
「……っ」
僅かに漏れる苦渋に近い声。
それでも倒れずにフリントの前に立ち続ける。
「(……やめろ)」
そんな姿を背後から見る彼の表情は弱々しく歪んでいた。
「(なんで前に出られる? 前にでるんだよ?)」
理解が追いつかない。
余裕なんてない。今一番足手まといの自身を見捨てれば逃げる事くらいは可能だった。
それなのにさらに一歩踏み込む。
シエラが白い外套の男に対して剣を振るう。
鋭い一閃で一人を押し返す。
だがその死角で別の影が動く。
「(——っ)」
フリントの目が見開かれる。
しかし遅い。分かっているのに身体が動かない。
声すらも出ず、ただ見ているしかない
そこへ白い刃が滑り込む。
横から深く。
迷いなく——突き刺さる。
「……あ」
音が抜けた
現実感が消える。
結果、刃がシエラの身体を貫いていた。
血が溢れ、温かい色が夜の中に広がる。
時間が、歪む。
彼女の身体が、わずかに震える。
それでもすぐには倒れない。
剣を、離さない。
金髪の少年の前に立ったまま。
「(……なんでだよ)」
思考が追いつかない。
意味が分からない。
理解を、現実を拒否する。
「……っ」
シエラの足が崩れた。
膝が折れ、そのままゆっくりと前へ倒れ込む。
そんな地面に触れる音がやけに重く響いた。
「(シエラ……っ!)」
彼の身体がようやく動く。
だが遅すぎる。
そんなことは本人もよく分かっていた。
ただそれでも——手を伸ばす。
這うようにして必死に近づく。
「(……間に合え)」
意味のない願い。無駄な希望。
それでも、止まらない。
だがその途中で——。
「——っ」
視界が揺れ、足元が崩れる。
背後からの衝撃。遅れてきた一撃。
何かが叩き込まれて身体が弾かれ、意識が途切れかける。
「(……まだだっ)」
歯を食いしばり手を伸ばす。
しかし届かない。届かないまま視界が暗くなっていき、シエラの姿が遠ざかる。
地面に横たわる白い髪。
その上に、赤が広がる。
「(……くそっ)」
その言葉を最後に。
フリントの意識は音もなく断ち切られた。
⸻
——視界が戻る。
光、音、ざわめき。それらは経験があるもの。
「(……またか)」
理解は、早かった。
模擬戦の場。いつもの場所。いつもの時間。何度も繰り返してきた、始まり。
だが、今回は。
「(……っ)」
呼吸が、乱れる。胸の奥が、痛む。
さっきまでの光景が鮮明に残っている。
刃、血、倒れる身体。
「(……見た)」
はっきりと。
逃げ場なく。
"最後”を。
これまで何度も死んできた姿を何度も見てきた。
しかし——。
「(……違う)」
今回は明確に違う。
自分の目の前で自分を庇って死んだ。
その事実が重くのしかかる。
「……ねえ」
声がかかる。
横からオルタディナのいつも通りの声。
フリントの身体が、びくりと反応するが。
「(……無理だ)」
視線を向けられない。それどころじゃない。
「何ぼーっとしてんのよ?」
言葉が続く。
だがフリントには、届いていない。
視界の先。
そこにいるのは——シエラクロス。
無事な姿。何も起きていない顔。いつも通りに立っている。
「(……ああ)」
理解している。
ここは、やり直し。まだ何も起きていない。彼女は間違いなく生きている。
「(……でも)」
視界が、揺れる。
直視できない。
「(……無理だ)」
見れない。さっき見たばかりだ。
あの終わりを。あの表情を。
「(……見れる訳がねえ)」
少年はゆっくりと顔を逸らす。
逃げるようにそのまま、踵を返す。
「——はぁ!? フリント!?」
オルタディナの声が飛ぶ。
それでも止まらない。止まれない。
観客のざわめきが広がる。何が起きているのか分からない視線。ただそんなものは、どうでもいい。
離れる。あの場所から。あの現実から。
「(……無理だ)」
足が勝手に動く。廊下を抜け、階段を駆け上がる。息が乱れながら視界が滲む。
「(……もう、やめろ)」
頭の中で何かが叫ぶ。それでも止まらずに自室の前に辿り着き、扉を開けて中に入る。
扉を閉め、鍵をかける。
そのまま部屋の隅まで歩く。
そして。崩れるように、しゃがみ込む。
「……っ」
声が出ない。呼吸だけが荒い。身体が震えて止まらない。
「(……なんでだよ)」
問いが浮かぶ。
答えはない。
「(……なんで、毎回)」
守れない。何もできない。見ているだけ。もはやそれすらできていない。
「(……俺は)」
拳を握る。しかし力が入らない。
ただ震えるだけ。
「(……何してるんだよ)」
壁に額を押し付ける。
冷たい感触。それすら現実感がない。
「(……もう)」
限界だった。
思考がまとまらない。感情が崩れている。
ただ縮こまり、部屋の隅で膝を抱えて何もできないままフリントライズはそのまま動けなくなっていた。




