第五章 舞い散る火花⑦
踏み込んだ瞬間、フリントははっきりと悟った。
——遅過ぎる。
身体の反応が、思っているよりも一拍ずれる。
踏み込みの重さ、腕の振り抜き、視線の切り替え——どれもが微妙に噛み合わない。
ガントレットが、やけに重かった。
鉄の塊を腕に括り付けている感覚。本来ならば身体の一部のように扱えるはずのそれが、今は“道具”としてしか機能していない。
「(……やっぱりな)」
分かっていたことだ。
鍛えていない。積み上げていない。そのツケが、今この場でそのまま返ってきている。
だが、立ち止まるわけにはいかない。
正面から迫る白い外套の男に対し、フリントは右腕を振り抜いた。
鈍い風切り音。金属同士がぶつかる感触。
だが——浅い。
受け止められた、というより“いなされた”。
衝撃を逃がされる。そのまま、力の流れを逆に利用される。腕が引かれる。体勢が崩れる。
「——っ!」
横から、別の気配。
反応が遅れる。咄嗟に左腕を差し込みガントレットで受けるが重い。衝撃が、そのまま腕に叩き込まれて痺れを覚えながら足が一歩、後ろに滑る。
「(……囲まれてる)」
視界の端で、白い影が動く。
一人じゃない。三人、四人——いや、それ以上。
順番に詰めてくる動きには無駄がない。一人が仕掛けて、もう一人が隙を突く。防げば別角度から。受ければ崩される。
連携。完全に“仕事として慣れている”動き。
「(……くそ)」
金髪の少年は舌打ちを飲み込む。
攻める余裕がない。ただ、受けるだけ。それでも、受けきれていない。少しずつ削られている。
呼吸が乱れ視界が狭くなるその時。背後で、空気が動いた。
金属音の鋭い切り返し。
「(……シエラッ)」
振り返る余裕はない。だが、気配で分かる。彼女も、戦っている。
そして——。
「(……同じか)」
押されている。
あのシエラクロスが。
あの、最強格の剣士が。
フリントは歯を食いしばり、ちらりと視線を流す。そこにいたのは、いつもの無表情ではないシエラだった。
剣を振るっている。動きは正確だ。速さもある。
だが。
「……っ」
ほんのわずかに、表情が揺れている。
戸惑い。それが、確かに滲んでいた。
想定外の状況。数の差。そして、相手の質。普段の“決闘”とは違う戦い。それに対してわずかに噛み合っていない。
それでもシエラは応対している。
剣を受け、流し、返す。一人を押し返す。だが、その瞬間に別の刃が入る。防ぐが体勢が崩れる。そこへさらにもう一人が詰める。
完全に、押されていた。
「(……くそっ)」
彼は前へ向き直る。
自分も同じだ。余裕はない。
むしろ。
「(……俺の方がやばい!)」
ガントレットの重さが、さらに増していくように感じる。
振るうたびに遅れ、受けるたびに痺れる。
「(このままじゃ——)」
共倒れだ。
明確に、その未来が見える。二人とも削られて潰される。
この状況で何を実行するのがベストなのか考えて至った結論は——。
「(……逃がす)」
これ以上は持たない。
なら、せめて。
「(あいつだけでも)」
フリントは呼吸を強引に整え、一瞬だけ防御のリズムを変える。
それは敢えて隙を作ること。相手が踏み込んでくるその瞬間を狙うのが目的だ。
「(今だッ)」
踏み込む。
分かりやすいくらいの真正面。力任せでもいい。一点を強引に突破する。
右腕を振り抜き、ガントレットで相手の剣ごと押し潰すつもりで放つ。
重い衝撃。だが、止まらない。止まるつもりはない。
そして体ごと押し込み、距離を詰める。
「——行けッ!!」
叫ぶ。振り返らずに。
それだけを残して、さらに前へ出る。
だが次の瞬間、理解する。
甘かった。彼は一人しか見えていない。そもそも囲まれているという前提を忘れている。
横から影が滑り込む。
速い。反応が間に合わない。
無理やり腕を引くが遅い。
「——っ!」
衝撃が走る。
ガントレットごと弾かれ、腕が外へ流れる。
体勢が崩れて足がもつれ、そのまま地面に叩きつけられるように膝をついた。
息が詰まる。肺の空気が抜ける。
「(……まずい)」
視界が揺れて焦点が合わない状態。
それでも顔を上げた。
目の前には白い外套の男。迷いも躊躇も感じさせない剣が振り上げられている。
ただ、殺すための動きだ。
そこでフリントライズは悟った。
「(……ここまでか)」
身体が動かない。腕に力も入らない。散々研鑽に付き合って来たガントレットが、今ではただの重りになっている。
避けられない。防げない。
そして刃が振り下ろされた。
——しかしその瞬間。
視界に別の影が割り込む。
白。
細い身体。
剣を持った腕。
「(……は?)」
思考が止まる。
甲高い金属音と鈍い衝撃。
そして。
シエラクロスがそこに立っていた。
フリントの前に出て庇うように息を詰めながら戸惑いを残したままの表情で。
ただそれでも、剣を構えて目の前の敵に向き合っていた。
「(……なんでだよ)」
金髪の少年の中で何かが大きく揺れる。
押されているのは彼女も同じのはずだ。だか
余裕なんてないはずだ。
それでも前に出た。
自分を庇うために。
「(……ふざけんな)」
胸の奥が強く軋む。
選んだはずだった。見捨てると。割り切ると。
それなのに状況はそれを許さない。
ただ、目の前の現実だけが容赦なく突きつけられていた。




