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第五章 舞い散る火花⑥

 外の空気は、音を吸い込むように静かだった。

 演習区画の中心を見下ろせる観客席、その影にフリントは身を伏せている。

 視界は広く、中心の白線、その周囲、出入り口まで一通り見渡せる位置。


「(……ここなら、見逃さねえ)」


 呼吸を抑える。

 無駄な動きはしない。ただ、視線だけを巡らせてその時を待つ。

 時間は、ゆっくりと過ぎていく。

 風が時折吹き、遠くで何かが軋む音がする。

 それだけだが、その時間な流れは思った以上に長く感じられた。


「(……来るはずだ)」


 そう思っている。

 思っている、が——。


「(……本当に来るのか?)」


 不安が、じわりと滲む。

 今回の周回は、ほとんど何も動かしていない。だが、それでも完全に同じになる保証はない。これまで、何度もズレてきた。何度も予定も狂い、失敗を積み重ねて来た。彼にとってこのやり直しは自身が持っていた希望に近い心の自信を喪失させるものだ。

 今フリントが戦っているのはもしかしたら自分そのものになっていってるかもしれない。


「(……来なかったら)」


 その瞬間、この仮説は崩れる。

 また一からだ。


「(……くそ)」


 歯を食いしばる。それでも待つしかない。待つことしか出来ない。それが一番もどかしく、時間だけが、無意味に流れていく感覚。

 思考が無駄に広がり、嫌な想像ばかりが働く?


「(……来いよ)」


 小さく縋るように念じる。


「(頼むから……)」


 その時だった。

 視界の端に、影が入る。

 その光景でフリントの意識が一気に集中する。


「(……来たッ!)」


 人影が一人。

 それは歩き方に迷いがなく、まっすぐ、中心へ向かってくる。

 そして月明かりがその姿を淡く照らす。

 群青の髪に細い体躯。


「(……シエラ!)」


 間違いない。

 金髪の少年は息を止める。

 音を立てないようにさらに身を低くした。

 気付いていない彼女はそのまま演習区画の中心へと歩み寄る。

 そして立ち止まる。

 周囲を確認する様子はない。ただ、そこに立つだけ。


「(……なんでだ?)」


 疑問が浮かぶ。

 この時間、この場所。人気のない空間。普通なら、警戒する。

 だが、彼女は違う。


「(……分かってないのか?)」


 それとも。


「(……分かってて、来てるのか)」


 その答えは、見えない。

 シエラはゆっくりと顔を上げ、夜空を見上げる。

 そこには細く浮かぶ三日月。淡く、静かな光。

 その光を受けて。彼女の表情が、わずかに変わる。


「(……)」


 フリントの胸がきしむ。

 それら戦いの顔じゃない。いつもの、無表情でもない。

 ほんの一瞬。ほんのわずかに。


「(……なんだよ、その顔)」


 悲しそうに、見えた。理由は分からない。何を思っているのかも分からない。

 だが。


「(……なんでだよ)」


 胸の奥が、締め付けられる。

 自分は、今回——。


「(……見捨てるつもりだっただろ)」


 それなのにその表情一つで、揺れる。


「(……ふざけんな)」


 自分に対して苛立つ。

 だがその感情を押し殺す暇はなかった。

 空気が変わる。

 気配。一つじゃない。複数。


「(……来たか)」


 フリントの視線が鋭くなる。

 その瞬間影が現れた。

 演習区画の周囲。入り口。通路。観客席の影。じわりと、包囲するように白い外套。フードで顔を隠した複数の人間。


「(……あいつらか)」


 クロウが以前に言っていた。

 外部の人間。裏の仕事を請ける連中。


「(……数が多いな)」


 一人じゃない。二人でもない。

 三人、四人——いやそれ以上。

 完全な包囲。異様な光景だった。

 静かな夜の中で白い影だけが浮かび上がる。

 そんな中、シエラは、動かない。逃げない。剣も、抜かない。ただ、そこにいる。


「(……気付いてる)」


 間違いない。囲まれていることに。

 それでも。


「(……なんで動かねえ)」


 理解できない。

 だが、その間にも包囲は、完成する。

 完全に、逃げ場を塞ぐ形。

 一人が前に出る。ゆっくりと。音もなく。

 白い外套の下からわずかに光るもの。

 それは、刃。

 その瞬間。空気が、変わる。


「(……来る)」


 フリントの全身が反応する。

 白い外套の男がわずかに腕を動かしま。それだけで明確な“殺意”が、滲む。

 隠す気もない。ただ、そこにある。


「(……っ)」


 その瞬間だった。

 フリントの身体は勝手に動いていた。

 考えるより先に判断するより先に。


「(——やめろ)」


 心のどこかで、声がする。


「(今回は、見るだけだろ? 次に活かすんじゃなかったのか?)」


 全部、分かっている。

 だが——。


「(……無理だろ)」


 それでも足は止まらない。

 観客席の影から飛び出す。

 空気を裂き、一直線にシエラの前へ。

 着地して間に入る。

 白い外套と、シエラの間。ガントレットを鳴らして構える。


「……そこまでだ」


 低く、言い放つ。

 自分でも驚くほど迷いのない声だった。白い外套の連中がわずかに動きを止める。

 視線が一斉にフリントへ向き、その圧が肌に刺さる。

 だが引かない。引けない。

 背後に気配。シエラがそこにいるから。


「(……ああ、くそ)」


 内心で吐き捨てる。


「(結局、こうなるのかよ)」


 分かっていた。分かっていたはずなのに。

 それでも。

 フリントは拳を強く握った。


「……悪いな」


 小さく呟く。誰に向けた言葉かも分からないまま。


「今回は、“見てるだけ”ってわけにはいかねえ」


 その瞬間。

 空気が張り詰めた。

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