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第五章 舞い散る火花⑤

 気付けば、試合当日になっていた。準備も、対策も、何一つ積み上げていないまま時間だけが勝手に進んでいき、既に手遅れになったような気持ちを抱いたまま周りを見渡しすらせずに心の中でぼやく。


「(……早すぎだろ)」


 そんな感想すら、どこか他人事のようだった。

 観客席のざわめき。試合場の白線。中央に立つ二人。

 全部、何度も見た光景。

 何度も繰り返してきた“同じ始まり”。

 ただ一つ違うのは。


「(……何もしてねえ)」


 今回は、何もしていない。

 鍛えていない。詰めてもいない。対策も、用意も何もかもを捨てた。

 意図的に自分で選んで。


「(……分かってた)」


 どうなるかなんて最初から。

 開始の合図が鳴り、フリントは、一歩踏み出す。

 だが、その動きに既に迷いがある。

 体が鈍い。思考と動作が一致しない。

 多少の休暇を過ごしたくらいの、程度の期間だけでも感覚が鈍っているのが身体から伝わってくる。

 それに対してシエラクロスは変わらない。

 静かに、構えている。無駄のない姿勢。

 その時点で、差は明確だった。


「(……やっぱりな)」


 心のどこかで、納得している。

 一撃。防がれる。

 二撃。いなされる。

 三撃目に入る前に。

 ——崩される。

 視界が揺れる。体勢が流れる。

 次の瞬間には、剣が喉元にあった。

 動けない。なす術もなく完全な、敗北。


「……終わり」


 審判の声が、やけに軽く響く。

 観客がいつものようにざわめく。

 だがその音は遠く、フリントはただその場に立っていた。


「(……あっさりだったな)」


 自嘲するように思う。

 当然の結果だ。何もしていないし何も積んでいない。積み上げていない。

 それで勝てるはずがない。


「(……無様だな)」


 しかし、それでいいと思っている自分がいる。


「(今回は、これでいい)」


 戦いじゃない。目的は、そこじゃない。

 そう、言い聞かせる。


「(……本当にか?)」


 胸の奥で、何かが引っかかる。

 なのに彼はそれを無視して試合場をあとにした。

 今は、考えるなと。



 夜の自室は静まり返った空間でフリントライズは、椅子に座ったまま動かずにいた。

 灯りはついている。だが、視線はどこにも定まっていない。


「(……今日だ)」


 その事実だけが、はっきりしている。

 シエラが死ぬ夜。何度も見てきた、あのタイミング。


「(……今回は)」


 状況と思考を整理する。

 何も変えていない。余計な接触もしていない。周囲の歪みも、最小限。


「(なら……)」


 最初の形の動きに近いはずだ。

 もう随分と前の出来事のような記憶を辿り、最初の周回を思い出す。

 何も知らなかった頃。

 何も動かなかった時。


「(……朝に起きた事だ)」


 寝て起きた次の日の朝の試合場——演習区画の中心。

 そこで。


「(……死んでた)」


 彼女は、倒れていた。

 動かないまま血に染まって。


「(……このままの流れで進めば)」


 フリントは、ゆっくりと顔を上げる。


「(そこに来る筈だ)」


 シエラクロスは何も知らずに、いつも通りに。


「(……来て、殺される)[


 思考が、冷えていく。

 冷えて少年として持つ感情を切り離す。


「(……場所は特定できてる)」


 時間も、大体分かる。

 後は誰がやるか。そこだけだ。

 抱えている悩みとしては。


「(……今のところ)」


 浮かぶ名前が一つしかない。

 オルタディナ。


「(……あいつだけだが)」

 

 フリントは目を閉じて考え直す。

 決めつけてはいけない。それは何度も失敗してきた。

 犯人はきっと変わる。状況一つでひっくり返って変わる。


「(……だから)」


 他の可能性も、洗う。

 それがアルベルトなのか、セリウスなのか、はたまたクロウなのか、若しくは見えていない外部。


「(……全部だ)」


 怪しい影を、全部浮かべる。ぼやけたものも含めて。一つずつ、切り分ける。


「(……鮮明にする)」


 それしかない。確証が欲しい。

 このやり直しはただでは終わらない"答え”を見つけ出すものだ。手掛かりさえあれば絞っていける。

 更に可能ならば——。


「(……止める)」


 できるならその場で直接防げたら全てが終わる筈だ。それでこのよく分からないやり直しの時間が終わに向かう。


「(……でも無理なら)」


 一瞬、思考が止まる。だがすぐに続ける。


「(次に活かすだけだ)」


 冷たい結論にはなる。だがそれが現実だ。

 繰り返している。嫌でもやり直せる。群青の少女が生きている時間からだ。


「(……だから)」


 今回はそのための周回でもいい。ただ失敗するんじゃない。成功の為への近道だと考える。規模が人の生死に関わるってところが少年の心に傷を入れようとする。


(……割り切れ)


 自分に言い聞かせる。

 何度も。何度も。


「(……今回は)」


 息を吐く。ゆっくりと。


「("見捨てる")」


 まずは、確定させるために。

 この周回の真実を。

 そのためにフリントは、ゆっくりと立ち上がった。

 夜は、まだ終わっていない。

 そして。

 次の朝が——すべてを決める。

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