第五章 舞い散る火花④
昼の光が、訓練場を淡く照らしている。
その端、視線の届きにくい位置に立ちながら、フリントは一人の少女を見ていた。
シエラクロス。
変わらない動き。変わらない表情。ただ、黙々と剣を振り続けている。
一振り、一振りが正確で、無駄がない。その完成度は、遠目からでもはっきりと分かる。
「(……やっぱり強い)」
小さく、そう思う。
だが、それは同時に違和感でもあった。
「(……でも、あの時は)」
試合で見た彼女。
あの時の強さは、今の比じゃなかった。
完成度が違う。圧が違う。まるで別物、別人だった。
「(……なんで、あんなに変わる?)」
金髪の少年は目を細め、考える。
まず、理由。
シエラ自身が言っていた言葉を思い出す。
『追いかけてる背中がある』
『まだ届いてない』
「(……それが強くなる理由……)」
理屈としては、分かる。
目標があって、努力する。それで強くなる。
普通の話だ。
「(でも……)」
彼の中で、違和感が消えない。
「(それだけで、あそこまで変わるか?)」
同じ時間。同じ環境。ループの中で、彼女だけがそこまで変動する理由が見えない。
「(……違う)」
何かが足りない。何かを見落としている。若しくは自身が気付いていないだけで毎時間軸によってしっかりと成長する理由が存在しているのかもしれない。
「(何だ? ……どんな)」
言葉にしようとして、止まる。
"カラクリ”。
そう呼ぶしかない何か。
だが、それが何なのかは——分からない。
「(……分からねえ)」
小さく息を吐く。
考えれば考えるほど、霧が濃くなるように答えが遠退いていく感覚に陥り、フリントは頭を掻き毟る。
一先ずは次だ。
視点を変える。強さじゃない。別の軸。
「(……死ぬ場所)」
これまでの周回を思い返す。
試合場。調整室。女子寮付近。
全て場所が、変わっている。
「(固定じゃない)」
つまり。
「(……狙われてるわけじゃない?)」
誰かが決めているのか。それとも。
「("そうなる”ように動いてるのか)
その発想が浮かぶ。だが、すぐに引っかかる。
「(……いや、それなら)」
自分の行動で、何故変わる?
張り込みを変えた。接触を変えた。それで、場所が変わった。
なのに?
「(……俺のせいで、ズレてる)」
それは、もう分かっている。
問題は——。
「(じゃあ、なんだ?)」
原因を潰しても、別の原因が出てくる。
場所や時間が変わる。そして恐らくシエラクロスの死を確認して以降に意識を失うとやり直しが始まる。だから犯人の特定が難しい。オルタディナが犯人としては決まったのは前回。それより前は確証がない。ただ、それ以上の大きな存在の動きも見え隠れしている。
つまり、何が引き金になるかは予測がつかない。
「(でも、死ぬ)」
結果だけは、変わらない。
「(……意味が分からねえ)」
思考が、詰まる。
やり直しをして情報も増えている。
それなのに。
「(なんで、何も分かんねえんだよ)」
解決の糸口だけが提示されない世界に苛立ちがじわりと滲む。
それでも一つずつ、整理しようとする。
クロウ。
「(……これまでのことを考えると怪しく見えるがあまり関与は考えられない)」
動きはない。何故なら毎回何かしらの探りを依頼して動いてもらっているから。その情報が偽情報で逆に操られていたら最悪だが、少なくとも今のところは関与している可能性は限りなく薄い。
「(……違う)」
優先度は下げる。
次は——赤短髪の少女。
しかし、そこで思考が止まる。
「(……)」
あの夜の光景。
血。言葉。"解放された”。
頭の奥に、強く残っている。
唯一シエラクロスに手を下した確証がある人物。ただあの普通じゃない行動が毎週繰り返されているとは思えない。
それを証明する為にも。
「(……関わるな)」
本能が、そう告げる。
「(刺激するな)」
それは、今回の方針でもあった。
だが。
「(……でも)」
関わらないと、分からないこともある。
あいつが何をしたのか。なぜああなったのか。
「(……避けていいのか?)」
それとも。
「(……もっと踏み込んだらいいのか?)」
答えが出ない。
どちらを選んでも、何かが起きる気がする。
「(……分かんねえよ)」
思考がまた止まり、ふと群青の少女の方へ視線を戻す。
変わらない。何も知らない顔で、剣を振っている。
「(……こいつは)」
何も変わっていないように見える。
なのに。
「(……結局、死ぬ)」
その未来だけが、確定している。
「(……じゃあ、どうすればいい)」
問いが浮かぶ。だが、答えがない。
守るのか。見捨てるのか。調べるのか。止めるのか。
「(……どれだ?)」
何を選べばいい。
どれが正解だ。
「(……そもそも)」
その考えに至った瞬間、思考が一段深く落ちる。
「(正解なんて、あるのか?)」
静寂。
周囲の音が、遠くなる。
「(俺が何しても、死ぬんじゃないのか?)」
これまでの結果。
全部、同じだった。
形は変わっても、結末は同じ。
「(……じゃあ)」
喉が、乾く。
「(俺がやってることって、意味あるのか?)」
その疑問が、重くのしかかる。
「(……分かんねえ)」
結局、それに戻る。
分からない。
何も。
何をすればいいのか。何をすべきなのか。
「(……くそ)」
フリントは、強く目を閉じる。
思考を止めようとする。だが、止まらない。同じ問いが、何度も巡る。答えのないまま。ただ、繰り返される。
「(……どうすればいい)」
その一言だけが、最後に残る。
だが、それに応えるものはどこにもなかった。




