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第五章 舞い散る火花③

 その後追い払われ、暗い裏通りを抜けながらフリントの足は止まることを知らなかった。いや、止まることを忘れていた。

 それは見失った自分の道標を探し迷うようなそんな歩き方。

 歩く。ただ、歩き続ける。

 どこへ向かっているのか、自分でも分かっていない。

 だが、止まると考えてしまう。考えれば、あの夜に引き戻される。


「(……オルタディナ。俺はどうしたら正解だったんだ?)」


 胸の奥に、鈍い痛みが走る。

 今更だ。未来を変える努力はやり直せるならば簡単だ。だが失敗した過去に向き合う努力は幾らやり直せても関係ない。乗り越えるしかないが、何もかも上手くいっていない少年には簡単な問題じゃない。


「……は」


 乾いた笑いが出る。


「(俺が、引き金になった)」


 廊下での会話。突き放した言葉。あの時の、彼女の表情。


「(……違う)」


 首を振る。

 違う。

 それだけで、人はああはならない。


「(既に限界だったんだよ……)」


 その結論に逃げる。そうじゃなければ、耐えられない。

 いや、耐えられていない。既に限界なのはフリントライズも同じだ。そうだったらどれだけ楽か、と自責の念に囚われている。

 少年はゆっくりと顔を上げた。

 学院の建物が、視界に入る。

 そこに戻る。そこから、また始まる。


「(それでも……始まる。嫌だろうが、逃げようが……)」


 思考を無理矢理切り替える。これは周回を重ねた事による作業のリズムだ。感情を後回しにしなければ次の悲劇を回避する可能性すら失われて更なる崩壊が始まるのを防ぐ自己防衛。

 今は、選択だ。


「(今回のやり直しは……)」


 整理する。

 オルタディナは危うい。これ以上彼女に頼って未来を変えるのは最悪の結末にしか進まない。つまり下手に関わると、何かが起きる可能性が高い。そしてその行末にシエラは死ぬ。一番あってはならない終焉だ。彼女を救う為に頼った彼女が全てを壊す。


「(……なら)」


 選択肢は、限られている。


「(彼女を……刺激しない)」


 まずはそれ。

 赤短髪の少女に余計な接触をしない。深入りしない。今以上の関係値を変えない。互いの距離を近付けることも突き離すこともだ。


「(……でも)」


 そこで、問題が出る。


「(不可能じゃねえが俺の変化をよく見ている。だから動き方次第じゃ先回りだってされる)」


 過去の周回を思い出す。

 訓練。戦闘。接触。


 フリントが“強くなろうとする”限り、オルタディナは必ず関わってくる。いや、シエラクロスを救う策を講ずる方向で交差してしまう。

 それは、偶然じゃない。


「(……因果、か)」


 皮肉な言葉が浮かぶ。

 シエラクロスとオルタディナ。そして自身。

 まるで、それが“セット”であるかのように。


「(……だったら)」


 一つ、選択が浮かぶ。

 単純で。そして、決定的なもの。

 フリントは、ゆっくりと息を吐いた。


「……やめるか」


 小さく、呟く。

 強くなることを。事前にシエラクロスを救う為に行動を移すことを。



 訓練場の前を通る。いつもなら足を止める場所だ。

 だが、今日は違う。

 視線を向けることもなく、通り過ぎる。

 剣の音が聞こえる。誰かが打ち合っている。

 しかしそれを、無視する。


「(意味がねえ)」


 冷たい思考だった。

 これまでの周回。積み重ねてきたもの。確かに、自分は強くなっていた。

 だが。


「(届いてねえ)」


 シエラには。あの領域には。


「.(……あいつの強さの理由が分からない限り)」


 どれだけ鍛えても、意味がない。

 むしろ。


「(また、同じことになる)」


 強くなれば、関わる。

 関われば、あのルートに近づく。


「(……なら、無意味だろ)」


 フリントは、完全に背を向けた。

 訓練場から。その選択に、迷いはなかった。



 廊下を歩く。

 誰とも目を合わせない。声をかけられても、適当に流す。関係を、薄くする。

 接点を減らす。それが、今回の方針だ。

 調査も出来るだけ水面下で別の角度から、原因を探る。


「(……それしかねえ)」


 合理的な判断だった。

 無駄を省いた選択。感情を切り捨てた結果。

 ただ。


「(……)」


 一瞬だけ。ほんの一瞬だけ。脳裏に、あの光景がよぎる。

 地面に横たわるシエラ。

 動かない身体。冷たい肌。


「(……っ)」


 少年は、目を逸らす。

 思考を止める。


「(今は、考えるな)」


 それは、後だ。

 今は——。


「(この周回で、答えを掴む)」


 それが最優先だ。



 部屋に戻り椅子に腰を下ろす。机の上に手を置くが指先に、わずかな震えが残っている。


「(……怖い、か)」


 自嘲するように、息を吐く。

 あの夜の恐怖はまだ、消えていない。むしろ、形を持ち始めている。


「(それでも)」


 フリントは、ゆっくりと拳を握る。

 選んだ。自分で。


「(……進むしかねえ)」


 このルートで。たとえその先に何があろうと。

 頭の奥で、静かに言葉が浮かぶ。それは、誰にも聞かせないもの。ただ、自分の中でだけ、形になる。


「(……最悪)」


 息を吐く。

 視線を落とす。


「(この周回は……)」


 言葉を、区切る。


「(……捨てる)」


 シエラクロスを。

 その選択を"切り捨てる”。

 胸の奥が、わずかに痛む。

 しかしフリントは、その痛みから目を逸らした。


「(……次がある)」


 ループする。やり直せる。

 だから今回は、いい。


「(……そうだろ)」


 自分に言い聞かせる。

 何度も。何度も。

 だが、その言葉はどこか、空虚に響いていた。

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