第四章 舞い上がる火花②
休憩時間の中庭は、いつも通りの騒がしさに満ちていた。
講義の合間に出てきた生徒たちが思い思いに過ごしている。談笑する声、軽く身体を動かす音、遠くで誰かが笑う気配。その中で、フリントは一人だけ少し離れた石段に腰を下ろしていた。
呼吸を整える。
数日間の訓練で身体は確実に変わってきていた。筋肉の使い方も、踏み込みの精度も、無駄な力の抜き方も。だが、それでもまだ足りない。
頭では分かっている。
「(まだ届かねえ)」
拳を握る。
その時だった。
「……また考え込んでる」
横から声がした。
振り向かなくても分かる。
オルタディナだった。
いつの間にか隣に立って腕を組み、少し呆れたような顔で彼を見下ろしていた。
「休憩時間よ」
「知ってる」
フリントは短く返す。
彼女は小さく息を吐いた。
「休む気ないでしょ」
「必要ねえ」
「そういう問題じゃないのよ」
隣に腰を下ろし、少し間が空く。
周囲の喧騒とは対照的に、この場所だけ少し静かだった。
オルタディナは視線を前に向けたまま言う。
「ねえ?」
「何だ?」
「なんでそこまでこだわるの?」
少年の指がわずかに止まる。
「……何にだよ」
「全部よ」
即答だった。
「シエラクロスに勝つことも、無駄に動き回ってることも」
少し間を置く。
「何をそんなに焦ってるの?」
純粋な問いにフリントは答えない。
この質問は、初めてじゃない。何度も似たようなことを聞かれている。その度に、はぐらかしてきた。
だが——今回は、少し違った。
赤短髪の少女は続ける。
「普通じゃないのよあなたのその動き方。勝ちたいだけなら、あそこまでやらない。調べ方も、訓練の仕方も」
視線が横へ向く。
真っ直ぐに、金髪の少年を見る。
「まるで“時間がない人間”みたい」
その言葉に、フリントの胸が一瞬だけ強く打った。
図星だった。
彼は視線を逸らす。だが、逃げきれない。
沈黙が落ちる。
数秒。やがてフリントは、小さく息を吐いた。
「……例えばの話だ」
ぽつりと口を開く。
何も言わない彼女にフリントは続ける。
「もし」
言葉を選びながら。
「同じ日を何回も繰り返してるとしたらどう思う」
「……何それ」
「例えばだって言ってんだろ」
肩をすくめながら空を眺めて。
「毎回同じ流れで進んで同じ場所で同じ奴が死ぬ」
空気が少しだけ変わる。
少女は何も言わない。
「でも、その原因が分からない。誰がやってるのかも分からない。止めようとしても、止められない」
拳を軽く握る。
「そういう状況だったら」
一瞬、言葉が止まる。
それでも続ける。
「……焦るだろ」
沈黙。
ゆっくりと冷たい風が通り抜け、中庭の音が少し遠く感じられた。
オルタディナはしばらく黙っていた。
フリントの顔をじっと見て冗談かどうかを測るように。
だが少年は、視線を逸らさなかった。
やがて、赤短髪の少女が小さく息を吐く。
「……それ、あなたの話?」
真面目そうに聞かれたが笑って誤魔化すしかなかった。
「だから、例えばだって」
その言いように少女はしばらく黙り、それからゆっくりと視線を外した。
「……馬鹿みたいな話ね」
「だろ」
「でも」
小さく言う。
「あなたが言うと、冗談に聞こえない」
少年は何も言わず少女は膝に肘をつく。
「同じ日を繰り返してるなら」
ぽつりと呟く。
「確かに、焦るかもね」
その本音のような返答に彼は少しだけ目を伏せる。
「……だろ」
「それで? 何回目?」
フリントの肩がわずかに揺れた。
「……さあな」
誤魔化す。
オルタディナはそれ以上追及しなかった。
ただ一言だけ言う。
「なら尚更」
視線が真っ直ぐ向く。
「無駄な動き減らしなさい」
小さく笑うしかなかった。
「……結局それかよ」
「当然でしょ?」
オルタディナは立ち上がる。
「時間がないなら、なおさら効率よ」
そして軽く手を振る。
「次、行くわよ」
金髪の少年はゆっくり立ち上がる。
吐露した事で胸の奥に残っていた重さが、少しだけ軽くなっていた。
全部は言っていない。だが、少しだけ吐き出した。それだけで十分だった。
「……ああ」
短く返し、二人は再び歩き出す。
時間は、止まらない。




