第四章 舞い上がる火花
最初の一撃で、分かった。
と言うか、心が折れる音がした。
「……遅い」
乾いた音と共に、フリントの身体が横へ弾かれる。視界が揺れる。石床が迫る。受け身を取る余裕もなく、背中から落ちた。
肺の空気が抜ける。
「ぐっ……」
息を吐き出したまま、数秒動けなかった。
視界の端で、オルタディナが立っている。腕は下ろしたまま。構えすらしていない。ただ、軽く踏み込んだだけ。
それだけで、この結果だった。
「今の、見えてた?」
平然とした声が降ってくる。
フリントは歯を食いしばりながら身体を起こす。
「……一応な」
「見えてただけね」
彼女は辛辣に淡々と言う。
「反応が全部遅れてるわ」
彼は何も言い返さなかった。
だって事実なのだから。
———
それから数日。
フリントはほとんどの時間を訓練に使った。
講義の合間。昼の空き時間。そして夜。場所は主に講義棟裏か、演習区画の端。人目の少ない場所を選び、赤短髪の少女と向き合う。
最初は一方的だった。
踏み込みは読まれる。拳は当たらない。逆に、ほんの軽い一撃で体勢を崩される。
「力が抜けてない」
「踏み込みが大きい」
「視線で全部バレてる」
容赦なく指摘される。その度に、修正する。また打ち込む。崩される。その繰り返し。
だが三日目あたりから、少しずつ変わり始めた。
「……今のは悪くない」
彼女が初めてそう言った時、フリントは自分でも分かっていた。
一撃だけ、届いた。完全ではない。だが、掠めた。
「無駄が減ってきたわね」
オルタディナは腕を組みながら言う。
そこには僅かながら呆れが入った笑みがある。
「ようやく“戦う動き”になってきたわね」
金髪の少年は息を整える。
「……前にも教わった気がするけどな」
「その時と今じゃ、理解の仕方が違う」
一歩近づく。
「前は“言われた通りにやってる”だけ。今は“意味を考えて動いてる”」
その通りだった。
以前も指南は受けた。
だがあの時は、ただ強くなりたかっただけだ。
今は違う。何を削るべきか。何を残すべきか。全部、考えながら動いている。
「……それにしても」
フリントは小さく息を吐く。
「お前、こんな強かったか?」
オルタディナは肩をすくめた。
「最初からよ」
「いや、ここまでとは思ってなかった」
本音だった。
ただの優秀な生徒じゃない。シエラと並べて考えられるレベル。
あるいは——それ以上。
彼女は少しだけ視線を逸らした。
「……見せてなかっただけ」
それだけ言う。
それ以上は踏み込ませない空気だった。
彼も追わない。
代わりに拳を握る。
「もう一回だ」
「いいわ」
二人は再び構える。
踏み込む。ぶつかる。前よりも、少しだけ形になっている。それでもまだ届かない。
だが——確実に近づいていた。
———
その日の夜。
フリントは学院を抜け、中央都市へ出ていた。
向かう先は決まっている。
倉庫街。クロウ・ヴァーディンのいる場所。
扉の前で足を止め、軽く叩く。
中からすぐに声が返ってきた。
「開いてる」
扉を押し開ける。
便利屋は相変わらず壁にもたれていた。
「……また来たか」
「依頼だ」
短く言う。
彼は少しだけ笑う。
「前払いか?」
フリントは小袋を投げた。
クロウは片手で受け取り、中身を確認する。
「いい額だ。で、内容は?」
「中央の機関を調べろ」
クロウの目がわずかに細くなる。
「どの機関だ」
「権力持ってるとこ全部だ」
「……雑だな」
「分かってる」
フリント深呼吸を入れてから続ける。
「アイシードの上。研究部門だけじゃなくて、その上にいる連中」
便利屋は黙る。
金髪の少年の言葉を測るように。
「何を探す?」
「不自然な動き」
短く言う。
「金の流れでもいい。外部の人間動かしてる痕跡でもいい。とにかく——」
一瞬だけ言葉を切る。
「裏で動いてる奴を洗え」
「面倒な依頼だな」
「やれるか?」
「やるかどうかじゃない」
クロウは小さく笑う。
「やるとしたら、時間がかかる」
「構わねえ。途中経過でもいい。何か掴んだらすぐ知らせろ」
彼はしばらくフリントを見ていた。
やがて小さく頷く。
「いいだろう。その代わり」
指を一本立てる。
「これは軽い仕事じゃない」
「分かってる」
「ならいい」
その答えに鼻を鳴らした便利屋は一言返す。
「動いとく」
それで話は終わりだった。
フリントは踵を返す。
扉を開けた直後、夜の空気が流れ込む。その風を身に浴び、夜空の三日月を眺めながら彼は次なる思考をする。
「(……これで)」
外の調査は回る。学院の中は自分で見る。
そして。
「今度こそ勝つ」
小さく呟く。
次は——届くと。




