第三章 始まりの火花⑪
翌朝は、静かすぎた。
いつもなら、決勝の日はもっとざわつく。観客席の準備、参加者の緊張、どこか浮き足立った空気が学院全体に広がるはずだった。
だがその日は違った。
ざわめきはある。だが質が違う。浮ついた期待ではなく、低く沈んだざわめき。
噂が走っている。
フリントはその空気を感じた瞬間、足を止めなかった。
嫌な予感は、もう予感ではない。
中央棟へ向かう途中、すれ違う生徒たちの会話が耳に入る。
「聞いたか……?」
「本当なのかよ」
「女子寮で……」
その一言で十分だった。
彼の足がわずかに速くなる。
女子寮の前には人だかりができていた。教師、警備、生徒。入口は封鎖されている。中に入れる様子ではない。
だが、金髪の少年はその光景を見た瞬間に理解した。
「(シエラクロスが死んだ)」
確信だった。
理由はない。ただ分かる。
胸の奥が冷たくなる。
だが、それと同時に。
「(……前とは場所が違う)」
思考が動く。
前の二周では、シエラクロスは調整室周辺で死んでいた。
だが今回は女子寮であり、彼女の自室だ。
フリントは人混みの外側から建物を見上げた。窓の一つに布がかけられている。中の様子は見えないが、あそこだと直感した。
「(何でだ?)」
昨日、シエラは確かに調整室へ行った。
彼自身が見ている。その後も追った。
問題はなかった。違和感もなかった。
それなのに——。
「(何で部屋で死んでる?)」
喉の奥がひりつくのを感じながら考える。
調整室から戻った後。寮に入った後。その間に何があった?
あるいは最初から——。
「……」
思考が途切れる。
意味がない。今の情報では、答えは出ない。
金髪の少年は人混みから離れた。
歩く。無意識に。足が向かう先は決まっていた。中央都市。学院の外。倉庫街。
昨日、オルタディナに連れて行かれた場所。
「(……賭けだ)」
頭の中で整理する。
昨日。フリントはクロウ・ヴァーディンに一つだけ依頼をしていた。
内容は単純。
『もし死体が出たら、それを誰が回収するか見ろ』
それだけ。
理由は説明していない。金も前払いで渡した。受けるかどうかも分からなかった。
だが——
「(あいつなら動く)」
根拠はない。ただの勘だ。
金髪の少年は倉庫街へ入る。昼間だというのに、相変わらず人通りは少ない。湿った空気。古い石壁。遠くで金属音が鳴る。
昨日と同じ道を進む。
同じ倉庫。扉の前で足を止める。
ノックはせずにそのまま開ける。
中は暗かった。
そして。
「……来ると思ってた」
低い声が響く。
クロウ・ヴァーディン。
壁にもたれ、腕を組んでいる。昨日と同じ位置。だがその目は、少しだけ鋭くなっていた。
フリントは一歩入る。
「……どうだった?」
単刀直入に聞く。
クロウは少しだけ口元を歪めた。
「朝一で確認した。死体、回収されてるな」
彼の視線がわずかに動く。
「誰だ?」
クロウはゆっくりと答える。
「詳しくは不明だが動きは慣れてる。素人じゃない。普通の手順なら医療機関で死因を確認して後々埋葬するが、今のところ医療機関に運ばれてはいない。変だ」
空気が止まる。
フリントの呼吸が浅くなる。
話はそのまま続けられた。
「白い外套。顔は見えねえが確かに現場に居た」
「一人か?」
「いや」
クロウは首を横に振る。
「二人。運び出してた」
沈黙。
倉庫の中の空気が重くなる。
「(……医療機関に運ばれていない)」
彼は拳を強く握りながら何かを感じた。
学院の中じゃない。
内側の犯行じゃない可能性。
だが同時に。
「(昨日は——)」
頭の中で情報が繋がる。
セリウス。アルベルト。クロウ。
どれも決定打がなかった。
だから外した。
だが。
「……誰に依頼された」
フリントが低く聞く。
クロウは少しだけ目を細めた。
「そこまでは追えねえ。だが」
一拍置く。
「この街で死体を回収させるなら、それなりの金が動く。そんなこと出来る組織。しかも内密に後日処理できるとなれば限られてくる」
押し黙る少年に便利屋は問う。
「昨日の依頼。タイミングが良すぎる」
視線が刺さる。
「お前、知ってたな?」
フリントは答えずに沈黙を貫く。
クロウはそれ以上追及しなかった。
ただ一つだけ言う。
「次もあるなら、早めに言え」
「……ああ」
短く返す。
———
自室。
頭の中で整理する。
場所が変わった。だが結果は同じ。シエラクロスは死ぬ。
そして——外部の人間が回収する。
ベッドでフリントは目を閉じた。
恐らくこのまま意識が落ちれば再び模擬戦の時間まで遡ってやり直すことを自覚して。
「(……まだ足りねえ)」
情報が足りない。繋がらない。
だが一つだけ、確実に言えることがある。
この死は、院内の中だけでは完結していない。
ゆっくり目を開ける。視線はすでに次を見ていた。
「(もう一回だ)」
やり直す。
次こそ。
届くまで。




