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第三章 始まりの火花

 扉を閉めたあともしばらく、フリントライズはその場から動かなかった。背中越しに伝わる木の冷たさが、ようやく今の自分が夢の中ではなく、確かな現実の中に立っていることを教えてくる。だが、その現実そのものが既に一度壊れ、そしてまた同じ形で目の前に現れているのだと考えると、皮肉にもその感触はあまり慰めにはならなかった。

 呼吸を整える。乱れた鼓動を無理やり押さえつけるように、ゆっくりと息を吸い、長く吐く。まず落ち着け、と自分に言い聞かせる。焦っても意味はない。ここで頭を熱くしたまま飛び出しても、また同じ結末に辿り着くだけだ。実際、一度目は何も分からないまま流され、二度目は夢かもしれないという逃げ道を残したまま進んでしまった。そして二度とも、群青の少女は死んだ。

 なら、もう認めるしかない。

 これは偶然ではない。

 夢でもない。

 自分は同じ時間を繰り返していると。

 金髪の少年はゆっくりと机に向かい、椅子を引いた。座ると同時に両肘を天板に置き、組んだ手の甲に額を当てる。頭の中に浮かぶ情報は多い。多すぎる。だからこそ、一つずつ並べる必要があった。

 まず、確定していること。

 模擬戦の後から時間が巻き戻る。自分だけが前の出来事を覚えている。体験した記憶を引き継いで再スタートする感覚。二度目の時は半信半疑だったが、三度目の今となっては疑う余地がない。そして、二度の繰り返しの中で共通していた事実がある。

 シエラクロスは死ぬ。

 決勝の前日、あるいは当日の朝。少なくとも決勝戦が行われる前に、あの群青の少女は石床の上で動かなくなる。血に濡れ、強化陣の外で発見される。そこまでは同じだ。

 フリントは顔を上げ、視線を宙に固定したまま考える。

 では、なぜ死ぬのか。

 可能性は大きく三つに分けられる。

 事故。自殺。他殺。

 最初に切るべきは事故だった。二度とも彼女の死に方は不自然だった。強化陣の外、安全術式が機能しない位置、剣が離れた場所に落ちている状況。あれはただの転倒や訓練事故では説明しきれない。ましてやあのシエラクロスがそんな初歩的な事故で命を落とすとは考えにくい。

 次に自殺。

 これも、今の時点では薄い。昨日の夜に会った彼女は静かだったが、絶望しているようには見えなかった。むしろ決勝を前に、いつも通り落ち着いていた。少なくとも、自分から命を絶つような気配は感じなかった。もちろん人の心の底など分からない。だが、それでもあの表情を見てなお「死を選ぶ人物だ」とはどうしても思えない。

 残るのは他殺。

 ここが一番無理がない。

 誰かが彼女を殺した。

 では、誰が?

 フリントはそこで奥歯を噛んだ。

 まだ分からない。それしか分からないからだ。

 だが、二度目で自分が疑われたことには意味がある。前夜に会話していたのを見られていたからだ。つまり学院側は「決勝直前の有力候補が殺された」という事実を、競技上の動機と結びつけて考えていた。なら、実際にその線はある。

 シエラクロスが決勝に上がること。それ自体が、誰かにとって都合が悪い。もしくは、彼女が決勝に上がる未来が困る。

 フリントは指先で机を小さく叩く。

 ここで次の問題にぶつかる。

 どうして“自分が負けたら”そうなるのか?

 一度目も二度目も、自分は準決勝で彼女に敗れている。そしてその後に彼女は死ぬ。これは偶然とは思いにくい。だが、因果がどちら向きなのかはまだ分からない。

 自分が負けたから、彼女は決勝に進む。その結果、殺される。

 この順番なら筋は通る。

 つまり、決勝進出それ自体が死に繋がっている可能性がある。決勝に進んだ者、あるいは決勝に進むことによって表舞台に出る者が、何者かに狙われる構図だ。

 だが、それだけではまだ弱い。

 もし単純に決勝進出が条件なら、自分が勝って進んだ場合にはどうなる。シエラは負けて生き残るのか。それとも別の形で殺されるのか。そこが分からない以上、「自分が勝てば解決」とは言い切れない。

 逆に、もっと厄介な可能性もある。

 自分が負けることそのものが条件になっている場合だ。

 フリントはそこで、あの外套の人物を思い出した。


「君は、彼女には勝てない……」


 霞がかった声。顔も分からない影。最初の周回にだけ現れた異物。二度目には現れていない。だが、あの存在が単なる偶然だったとは思えない。自分の敗北とシエラの死の間に、何らかの因果を差し込んできた存在。そう考えることもできる。

 ただし、そこに飛びつくのは危険だ。

 証拠がない。

 しかも外套の人物が最初の一度しか現れていない以上、現時点では「異物がいた」という事実以上のことは言えない。あれが犯人か、黒幕か、単なる警告者か、未来を知る存在かすら分からない。今は情報として脇に置くしかない。

 机の上に視線を落とし、フリントは思考を並べ直す。

 現時点の仮説はこうだ。

 一つ、シエラは他殺の可能性が高い。

 一つ、決勝進出あるいはそれに類する立場が死に繋がっている可能性がある。

 一つ、自分の敗北が何らかの形でその未来を固定している可能性がある。

 一つ、しかし「自分が勝てば全て解決」とはまだ断定できない。

 では、未来はどう変えられるのか。

 ここが一番重要だった。

 フリントは背もたれに深く寄りかかり、天井を見上げながら振り返る。

 二度目で変わったものはあった。自分の行動。調整の仕方。シエラとの会話。前夜の気持ち。そして試合の入り方。にもかかわらず、大筋の未来は変わらなかった。つまり、行動を少し変える程度では足りない。

 変えるべきなのは“結果”だ。

 負ける未来そのものをひっくり返す必要がある。

 少なくとも、そこまでは見えた。

 フリントの拳がゆっくりと握られる。

 勝つ。

 その単語は、これまでとは違う重さを持ち始めていた。単なる意地でも、最強を証明するためだけのものでもない。今は、結果を変えるための条件に近い。

 ただし、それだけではまだ不十分だ。もし勝ったとしても、シエラが別の場所で狙われる可能性は残る。だから必要なのは二段構えだ。

 一つ、自分がシエラに勝つこと。

 一つ、その後の彼女の動きを把握すること。

 つまり、次の周回で自分がやるべきことは明確だった。

 試合に勝つ準備をする。

 同時に、彼女が死ぬ条件を探る。

 フリントはそこで初めて、ようやく視線を真正面に戻した。頭の中の霧が少し晴れている。まだ分からないことだらけだ。だが、闇雲ではなくなった。


「……順番だ」


 小さく呟く。

 まず勝つ。準決勝を越える。その上で、決勝前夜の動きを変える。

 今までと同じように放っておかない。会話するだけで終わらせない。どこにいるのか、誰と会うのか、何を見ているのか、全部確認する。

 必要なら、自分が張り付く。

 そこまで考えて、ふと自分でも少し可笑しくなった。昨日までなら「最強になる」としか考えていなかった自分が、今は誰か一人の行動を追うことを真剣に考えている。だが、違和感はなかった。

 彼女は救う。

 そのために勝つ。

 順番はもう決まっている。

 彼はゆっくりと立ち上がった。頭の中に残っていた混乱はまだ完全には消えていない。だが、少なくとも今は足元が見えている。闇雲に拳を振るうよりずっとましだった。

 気付けば窓の外では、夜明けがすでに始まり出していた。鐘の音、遠くの話し声、石畳を踏む靴音。そのどれもが、この世界がまた同じ日を始めていることを示している。

 だったら、その同じ日を今度こそ変えるだけだ。

 フリントライズは机の上に置かれていた手袋を取り、ゆっくりとはめた。革が指に馴染む感触と共に、胸の奥の決意も形になっていく。


「次は」


 低い声が部屋に落ちる。


「絶対に間違えねえ」


 それは宣言というより、確認に近かった。自分自身へ向けた、冷たい誓いだった。

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