092 天界の試練
コナツさんの声が訓練場に響くと同時に、冒険者たちの空気が一変する。
さっきまで私 (というかモーリー) の伝言を聞いて困惑していたはずの六人が、今は全員、武器を構えてこちらを見ている。
完全に戦闘態勢だ……。
戦うのはモーリーたちだけど、向こうの勝利条件は、私への一撃。
つまり、あの人たちは全員、私を狙ってくるはず。
……こ、怖い……。
私は思わず、一歩後ずさる。
流石は上位の冒険者というべきか、纏っている雰囲気──殺気のようなものが全然違う。
マギド・ゼブラスのときも思ったけど、魔物相手と人間相手は、やっぱり全然違う……。
冒険者たちもこっちの様子を窺っているみたいで、すぐには動かなかった。
当然だけど、私も何もできないので、ただ突っ立っているのみ。
アルテミスも私を守るために横へ控えたまま。
そして肝心のモーリーも、ぴくりとも動かない。
像はポーズを決めたまま微動だにしないし、門も反応がない。
……まあ、像と門が動かないのは、本来なら当たり前なんだけど。
そんな妙に張りつめた沈黙の中で、向こうの冒険者の一人が、低い声で言った。
「──さっさと終わらせる」
声の主は、後ろの方にいた大柄な男の人──ディガルさんだった。
「当てりゃ勝ちなんだろ。だったら当てりゃいい」
そう言うなり、ディガルさんは銃のような武器を私に向けると、照準器を覗き込んだ。
……えっ、まずくない……?
あんなでっかい銃で撃たれたら、普通に死にますよ人間は。
そう思ってコナツさんを見るけど、知らん顔。
いやいやいや、死人が出ますよ死人が!?
ディガルさんの指が、引き金らしき場所にかかる。
「──ひ、ひいいぃっっ!」
ヤギのような悲鳴とともに、反射的に目を瞑る。
銃を向けられるのなんて人生初だよっ!?
アルテミス、何とかしてっ!!
その直後。
──ひゅっ、どががっ。
銃声の代わりに聞こえてきたのは、空気を裂くような軽い音と、何かがぶつかったような衝撃音。
「……え?」
おそるおそる目を開けてみると、さっきまで私を狙っていたディガルさんの姿はそこにはなかった。
そして、そのずっと後ろの方で、ディガルさんがうつ伏せに倒れていた。
「ディガル!?」
レグさんの叫び声が訓練場に響く。
そして、ディガルさんがさっきまで立っていた場所には、いつの間にかモーリー像の姿があった。
勇ましく拳を振り抜いたような、躍動感のあるポーズで、ぴたりと静止している。
「……な、何が起きたの?」
私は状況が飲み込めず、アルテミスとモーリー門を交互に見る。
アルテミスはいつも通り、私の隣で静かに立っているだけ。
つまり、今のはアルテミスが何かしたわけじゃなさそう。
となると、やっぱりモーリー……?
そう思ったところで、モーリー門に文字が浮かび上がった。
『何が起きたかを端的に言うと──あの冒険者が彼から目を離したんだ。だから彼は少し注意しに行ったんだ。拳でね。ハハ、かなりクールな一撃だったと思わない?:)』
「……え、どういうこと?」
『つまり──おっと。その前に、次の挑戦者がまた彼に注意されそうだね:|』
「……?」
私はモーリー門から、冒険者たちの方へ視線を戻す。
「ディガル!!」
アッシェさんが倒れたディガルさんの方へ駆け寄ろうとしていた。
けれど、その前にソノイチさんの鋭い声が。
「像から目を離すな!」
その声に、私までびくっと肩を跳ねさせる。
「え?」
「逸らすなッ!!!」
再び、ソノイチさんの怒号のような声が響いた。
──その直後、モーリー像がとんでもないスピードで走ると、アッシェさんをぶん殴ろうとした……!!!
「な、なにあれ!?」
理想的な走るフォームの彫刻を、何枚か連続で見せられたみたいだった。
ポーズからポーズへ、コマ送りで進んでいるように見えるほど速い。
というか残像すら見えてる気がする……。
そして、アッシェさんを殴る直前──拳を振りかぶり、今にも殴り掛かりそうな姿勢のまま、モーリー像は再びぴたりと静止した。
「ど、どういうこと、モーリー!?」
『サキに読み上げてもらった宣告を覚えているかな? かなり荘厳で、少しだけ長かったやつさ:)』
「あの意味わからない文章でしょ……? あんまり覚えてないかも……」
『ハハ、手厳しいね。実のところ、あれは単なる雰囲気づくりのセリフじゃなくて、天界の試練の宣告なんだ。正直、僕としてはけっこう親切に説明したつもりだったよ:|』
「天界の試練? 宣告?」
『天界の試練は、僕が挑戦者へ課すとてもクールな試練だよ。宣告を受けた者たちは、定められたルールの中で僕に挑むことになる。つまり──天界の試練は僕の究極奥義みたいなものさ:)』
「……じゃああれは、必殺技を発動する条件だったんだ……。だったら先に言ってくれても……」
『サキだけにね?』
「……アルテミス、やっちゃって」
「はい、マスター」
その瞬間、アルテミスから溢れんばかりの殺気が──
「アルテミス待った待った!!!」
『おっと、アルテミス。今のは冗談だよ。君が本気になると、試練より先に訓練場が終わってしまうからね:|』
「……はあ。それで、その 天界の試練はどういう効果なの?」
『簡単さ。挑戦者の誰かが彼から目を離すと、ペナルティを受ける。時の流れが遅くなるんだ:)』
「時の流れ……?」
『つまり──挑戦者たちの世界が、少しスローリィになる。そこへ彼が、天罰を下すんだ。拳でね:)』
「……像から目を逸らしたら、時間の流れがゆっくりになって、その隙にモーリー像が殴り掛かってくる、ってこと?」
『そういうこと。そのかわり、彼も挑戦者全員に見られている間は、彫刻らしくじっとしているんだ。もっとも単純で、もっとも礼儀正しい天界の試練──彼を見よだよ。複数人を相手にサキを守るには、かなり向いている試練だと思わない?:)』
「……確かに! ちゃんと考えてくれてたんだ!」
私がモーリー門から説明を受けている間に、冒険者たちもルールを把握し始めたみたい。
「……見続けろ。目を逸らした者が狙われる」
「おいおい……なんだよそれ。後衛も前衛も関係ねえじゃねえか」
「ディガル……」
「大丈夫なはずだ。私の覚えが正しければ、この会場の壁内には衝撃吸収の術式が埋まっている。ディガルは殴られた衝撃で意識を飛ばされているだけのはずだ」
そうなんだ、良かった……。
じゃあディガルさんも無事ではあるんだね。
かなり痛そうではあるけど……。
「……像を見たまま戦え、ということか」
「そのようだ」
「簡単に言わないで!? そ、そんなのムリよ……!」
それはそう。私も同意だよ……!
そんな私の心の声に反応したわけではないだろうけど、カイルさんが軽く肩をすくめて言った。
「いや、そうか? 割といけるんじゃないか?」
「じゃあやってみろ。そして死ね」
「…………。要するにさ。像から目を離さなければ何もしてこないんだろ?」
「待て、カイル……!」
「後手に回り続ける方がまずい、だろ? アイツは見とけば何もしてこない。だったら、見たまま詰める」
その瞬間、カイルさんの姿が消えた──ように見えた。
でも実際は消えたんじゃなくて、目にも留まらぬ速さでこっちに向かって来ていた……!
しかも、モーリー像から目を離さないようにしながら。
すごい身体能力……流石、第五天位の冒険者……!
……って、感心してる場合じゃない!
「モーリー! 凄い能力だけど見られてたら意味ないじゃん!!!」
『ハハ、大丈夫さ。──さて、そろそろ僕も奏者として働くことにするよ:)』
そのとき、誰かの声が響いた。
「カイル、右に跳べ!」
エリーゼさんの声だった。
カイルさんは理由も聞かず、咄嗟に声の通り身体を動かした。
直後、カイルさんが踏み込もうとしていた地面が明るく光る。
そして。
──トーン。
澄んだ音とともに、天から光の柱が落ちてきた……!
「ええっ!? なにこれ!?」
『光の柱さ。彼に全て任せていてもいいけど、実のところ、僕もヒマだからね:)』
「ど、どういうこと……?」
『ハハ、見ていればわかるよ:)』
訓練場の地面に、また光が浮かび上がる。
今度は一つじゃない。
カイルさんの周囲の地面がいくつも光った。
そして、その光を追いかけるように、澄んだ音が連なっていく。
──トーン。
──トン。
──トーン。
音が鳴るたびに、天から光の柱が落ちる。
「左!!!」
「ぐおっ、あぶねッッ!」
「右!!!」
「ひい、間一髪ッ!」
カイルさんはエリーゼさんの指示通りに動いて、何とか光の柱を避けていく。
……何だか、光の柱が落ちる音も相まって、音ゲーみたい……。
「後ろ!!」
「……後ろってどっちだ? 俺から見て?」
「馬鹿野郎!!!」
──トーン。
次の瞬間、光の柱がカイルさんを直撃した。
「カイルさん!!」
『大丈夫さ。殺傷能力のない力を使ったからね。挑戦者を、少しばかり舞台の端まで運ぶための光だよ。衝撃は……まあ、かなり凄いと思うよ:)』
モーリーの言う通り、カイルさんの身体は焼けたり、傷ついたりしたようには見えなかった。
ただ、ものすごい勢いで吹き飛んだ。
「──えっ……え?」
ものすごい勢い──のはずだけど、カイルさんの身体は、まるでスロー再生のようにゆっくり吹き飛んでいる。
……そうか。
カイルさんがモーリー像から目を離したから、カイルさんたちの時間の流れが遅くなった、ってことか。
なにこれ、強すぎない……?
モーリー像はゆっくり吹きとばされているカイルさんの方を向くと、また信じられない速さで駆けていく。
気付いたときには、もうカイルさんのすぐそばにいた。
そのまま、空中のカイルさんに向けて、白亜の拳を振り下ろす。
鈍い音が響く。
カイルさんの身体が、地面へ叩き落とされた。
「……カイル」
エリーゼさんが、かすれた声で名前を呼ぶ。
けれど、カイルさんはぴくりとも動かない。
「えっ!? 生きてるよね!?!?」
『……多分:|』
多分じゃダメだよモーリー!!!




