088 冒険者たち
ディガル、カイル、アッシェ、そして、ソノイチが倒れた。
残るは、レグとエリーゼだけ。
──そう見えたが、アッシェはまだ、意識を失っていなかった。
光の柱に吹き飛ばされた先に、偶然にも、倒れたディガルの巨体があり、衝撃が分散したのだ。
さらに、事前に重ねていた自己強化魔法も効果を発揮していた。
そのどちらか一つでも欠けていれば、アッシェは既に戦闘不能となっていたはずだった。
「……っ、は……」
アッシェは何とか息を吐き、震える手を胸元へ当て、小さく詠唱した。
白い光が彼女の掌から滲む。
神聖の系統の回復魔法──彼女が唯一使える回復手段だった。
ただし、それは完全に回復するほどの強い効果ではない。
何とか、立ち上がれる程度だった。
「……まだ、やれる!」
「……アッシェ!?」
白亜の像を視界に収めたまま、レグはその声に反応し、驚きの声を上げた。
「な、何てタフなんだ……」
「流石だな──なんて感心してる場合じゃない。来るぞ!」
──トトン。
──トン。
──トトン、トーン。
光の律動は、さらに激しくなっていた。
地面の光は、線を描くように、列を作るように、時には塗りつぶすように広がっていく。
エリーゼは魔力感知で、レグは刀身の反射を利用して、どうにか光を避けていた。
「……アッシェは?」
エリーゼのように魔力感知に長けているわけでも、ソノイチのような離れ業も、レグのような奇策もないはずのアッシェは、今、どうやってこの光を避けているのか。
「レグ、剣を上げてくれ」
白亜の像を睨みつけたまま、エリーゼが言った。
「剣を?」
「少し右だ。刀身を寝かせてくれ。光の柱は私が伝える」
「分かった」
レグは意味を理解するよりも早く、言われた通りに剣を向けた。
幅広の刀身が、訓練場の光を受けて鈍く輝く。
エリーゼは白亜の像から目を離さず、視界の端で、刀身に映り込んだアッシェの姿を捉えた
そこには、離れた位置で盾を構えるアッシェの姿が映っていた。
大盾を構え、白亜の像を睨みつけたまま、辛うじてその場に踏みとどまっている。
その姿を見て安堵しかけたところで、エリーゼはすぐに別の違和感へ気付いた。
「……どういうことだ?」
不思議なことに、アッシェの足元には光が灯らない。
偶然なのか、それとも、攻撃の条件に何か穴があるのか。
考えを詰める余裕はないが、これならアッシェも戦力になるかもしれない。
そして同時に、エリーゼの中に一つの策が浮かんだ。
「レグ、剣の角度を変えてくれ」
「今度は何だ!?」
「門を映せ」
「門……?」
レグには意味が分からなかった。
だが、エリーゼの声にも迷いがなかった。
「いいからやってくれ。角度は私が言う」
レグは頷くと、光の柱を避けながらエリーゼの言う通りに剣の角度を変える。
刀身に、白亜の門が映った。
それを確認し、エリーゼは素早く何かを唱え始める。
「──ここだな」
直後、白亜の門の周囲で轟音が響いた。
地面が割れ、土が隆起する。
門だけを囲うように、四方から土壁がせり上がっていった。
「何を──」
レグが言いかけるより早く、土壁は白亜の門を完全に覆い隠した。
その瞬間。
エリーゼは、あえて白亜の像から視線を外し、そして、サキの方へ向き直った。
「エリーゼ!?」
──これまで通りであれば、その瞬間に白亜の像が動くはずだった。
だが、白亜の像は、動かなかった。
拳を振り抜いた姿勢のまま、ただ静止している。
「……当たり、か」
エリーゼの唇が、わずかに動いた。
「どういうことなんだ!?」
「思い出してみてくれ。召喚士の少女が読み上げた、あの"伝言"──我は門であり、番人であり、天界を守る古き奏者なり。……あれがただの飾り文句でないのなら、"我"は像ではなく門ということになる。つまり、本体は門だ」
「なっ……!」
「考えてもみろ。ソノイチが門前へ迫ったとき、アッシェは先に像から視線を外していた。それでも、あの像はソノイチを優先した。像が完全な自動反応で動いているなら、そんな選択はおかしいはずだ」
「……!!」
レグは、これまでの流れを思い返す。
ディガルが狙撃しようとした瞬間。
カイルが光の柱の衝撃で視線を外した瞬間。
そして、アッシェとソノイチの両者が視線を外した瞬間。
像は、彼らを見ていなかった。
では、誰が像から目を逸らしたかどうか、判断していたのか。
──門だ。
門が戦場を見て、判断している。
像はただその判断に従って動いているだけ。
そんな馬鹿げた推測だったが、レグの中で何かが一本に繋がった気がした。
であるならば、門からこちらが見えなくなれば、白亜の像は「誰が像から目を離したか」を正しく判断できなくなる。
少なくとも、今この瞬間は。
「レグ!」
「分かってる!」
レグは、すでにサキへ向かって走り出していた。
白亜の像は動かない。
地面に浮かぶ光も、一瞬だけ乱れたように見えた。
──サキ本人に一撃でも入れば勝ち。
白亜の門と像という、最大の障壁が止まった今なら、届く。
エリーゼの両手の前にも、魔力が収束していく。
疾風衝──圧縮した風を、超高速で撃ち出す魔法。
殺傷能力は低いが、軽装の相手を大きく吹き飛ばすには十分すぎる威力がある。
アッシェも状況を察したのか、盾を引きずるようにして、エリーゼを守る位置へ歩み寄ろうとしていた。
初めて、冒険者側が、あの召喚士の仕掛けを上回った。
そのように見えた。
──だが。
土壁の内側から、重低音が鳴った。
「……!?」
エリーゼの表情が、わずかに強張る。
次の瞬間、土の壁に亀裂が走った。
ひび割れの隙間から、淡い金色の光が漏れる。
それは、天から落ちる光ではない。
門の内側から、土壁を押し広げるように溢れ出す光だった。
「まずい、伏せ──」
エリーゼが言い切るより早く、土壁が内側から砕けた。
──トォン。
低く長い音とともに、白亜の門から、地面と水平に光の波が放たれた。
これまでのように天から落ちる光の柱ではない。
全てを薙ぎ払う、金色の波動。
砕けた土壁の破片を巻き込みながら、光が訓練場を一閃する。
「ぐっ──!」
レグの身体が吹き飛ばされ、剣を握ったまま、床を転がった。
アッシェも盾ごと弾き飛ばされた。
そして、魔法を放とうとしていたエリーゼも、真正面からその波を受けた。
「かは……っ!」
胸の奥から空気を押し出され、エリーゼの身体が後方へ浮き上がった。
皆の視線が、白亜の像から外れた。
「──ッッ!!」
気付いたときには、もう遅かった。
白亜の像は、既にエリーゼの傍らにいた。
拳を振りかぶった姿勢で。
──激しい殴打の音とともに、白亜の拳が、エリーゼの身体を容赦なく地面へ叩き伏せた。
「エリーゼ!!」
レグの叫びが訓練場に反響する。
エリーゼは動かない。
エリーゼの作戦は、確かに一瞬だけ成功した。
だが、それは。
「ルール違反、だってのかよ……!」
門の視界を塞がれれば、塞いだものごと吹き飛ばす。
白亜の門には、最初からそのための手段まで備わっていたのだ。
「……くそ……」
レグは白亜の像を睨みつける。
まだ視界が揺れ、耳鳴りがする。
それでも、何とか立ち上がった。
白亜の像の足元には、エリーゼが倒れていた。
少し離れた場所には、アッシェも倒れている。
二人とも、もう立ち上がれるようには見えない。
ディガル。
カイル。
ソノイチ。
アッシェ。
そして、エリーゼ。
全員が倒れた。
残っているのは、レグだけだった。
「……俺だけ、か」
喉の奥が熱くなるのを、レグは感じた。
焦り、恐怖、はたまた怒り。
どんな感情を今抱いているのか、レグ自身も分からなかった。
ただ、このまま終わるわけにはいかない、終わりたくない、という思いだけが、足を動かした。
レグは自身の剣を握り直す。
毎日手入れを欠かさず、数えきれない戦場をともに越えてきた剣。
それは、冒険者としてのレグの誇りであり、これまでの歩みそのものだった。
この剣と自分の腕があれば、第六天位にだって届くはずだ。
──そう信じて、レグはここまで来た。
「……この、化物」
例え、このまま像を斬りつけたとして、勝てるわけでもない。
だが、このまま何もできずに倒れることだけは、レグには耐えられなかった。
レグは床を蹴り、白亜の像に迫る。
白亜の像は、無機質な姿勢でただ黙ったままだ。
足元の光は、もう避けることは考えない。
落ちるなら落ちろ。
「おおおおおおッ!!」
狙うは喉。
レグは白亜の像の首元へ向けて、ヴァルドライトの剣を振り抜いた。
だが、手応えはもちろん肉を斬ったようなものではなかった。
ごぉん、と、まるで巨大な鐘を剣で叩いたような衝撃が、レグの腕を貫く。
「──ッ!」
手首、肘、そして肩まで、一瞬で痺れが伝わる。
そして、バキリと音がした。
それは、レグの刀身が折れた音だった。
「……あぁ」
レグの口から、間の抜けた声が漏れる。
折れた。
自分を支えてきた剣が。
心の奥で、同時に何かがひび割れる音がした。
「……こんな、もんか」
レグの手元には、折れた剣の柄だけが残っていた。
だが、折れた先の刀身は、弾き飛ばされていなかった。
白亜の像の喉元で、斜めに止まっている。
そして、その磨き上げられた刀身には、
像の向こう側にいる、サキの姿が映っていた。
「──」
その反射を、見ている者がいた。
倒れていたはずのディガルだった。
アッシェは、自身に回復を施した直後、倒れたディガルへもわずかに神聖系統の魔力を流していた。
それは、ディガルを立ち上がらせることはもちろん、まともに動けるようにするほどではなかった。
それでも、完全に沈んでいた意識を、辛うじて引き戻すだけの力はあった。
ディガルは、地面に頬を押しつけたまま、薄く目を開いていた。
身体は動かない。
起き上がることなどできない。
指先一つ動かそうとするだけで、全身に鈍い痛みが走る。
だが、それでも身体に染み付いたいつもの動作だけは、流れるように行うことができた。
「……」
ディガルは魔導銃を構え、白亜の像に向けて照準器を覗く。
白亜の像の喉元。
そこに残った、折れたヴァルドライトの刀身。
そしてその刀身に映る、サキの姿。
ディガルは狙いを定めると、震える指で、引き金を引く。
──”照準を合わせて撃てば、相手が回避しても追尾する”
そんな特注の魔弾を撃ち出したのだった。
次回は久しぶりのサキ視点です!




