086 天界の護人②
ディガルに続き、カイルまで倒れた。
あの様子では、カイルは戦闘不能だろう。
「カイル……!」
白亜の像を視界から外さないようにしながらも、レグは倒れ伏すカイルを見た。
駆け寄ったところで、レグにはカイルを回復する術がない。
それでも、仲間が地面に伏したまま動かない光景を前に、身体は反射的に前へ出かけていた。
「──! 気を付けろッ!」
それを引き戻したのは、エリーゼの叫びだった。
レグの視界の端で、地面が淡く光る。
淡い金色の、鍵盤を思わせる細長い四角形の光。
それは、一つではなかった。
レグの横、アッシェの斜め前、エリーゼの足元──次々と、地面に光が灯っていく。
「くるぞ」
ソノイチの声の直後。
──トーン。
澄んだ音が鳴り、天から落ちる光の柱が、訓練場の床を打つ。
──トン。
──トーン。
──トン。
音が重なり、まるで見えない奏者が訓練場そのものを楽器にして、何かの曲を奏でているようだった。
「アッシェ、右! レグは前!」
エリーゼの声が飛ぶ。
レグは言われるがまま前へ踏み込み、アッシェも盾を抱えたまま右へ跳ぶ。
次の瞬間、二人がいた場所へ、続けざまに光が落ちた。
「(……予測できない!!!)」
レグは歯を食いしばる。
足元を見なければ、光の柱は避けられない。
だが、足元を見れば、像に殴られる。
その理不尽さに腹を立てる余裕すらなく、エリーゼから次の指示が飛んだ。
「レグ右! アッシェ左前! 止まるな!」
エリーゼが叫ぶ。
レグは、思考する暇もなく、指示の通りに身体を動かした。
直後、先ほどまでレグのいた場所に光の柱が落ちてくる。
カイルを見る限り、光の柱そのものには、殺傷力が無いように見えた。
だが、直撃するとカイルの身体を後方に大きく吹き飛ばすほどの衝撃があることは確かだ。
それはすなわち、白亜の像から目を逸らすことと、ほとんど同義だった。
「レグ、うし──背中側に跳べ!」
エリーゼの声がわずかに詰まる。
それでもレグは、何とか像を見据えたまま背中側へ跳んだ。
また一つ、光が落ちる。
その最中、レグの脳裏に疑問が引っかかった。
エリーゼも、レグと同じように白亜の像を見ているはずだ。
それなのに、彼女だけが、光の落ちる場所を先に告げている。
「──エリーゼ! なぜ分かる!?」
そんなことを尋ねている余裕がないことは、レグ自身も分かっていた。
それでも、もしエリーゼだけがこの光の柱を読めているのなら、それはこの状況を破るための手掛かりになるかもしれない。
レグの問いに、エリーゼは白亜の像から視線を外さないまま、答えようとする。
同時に、彼女の足元に淡い金色の光が走る。
エリーゼはそれを見ていない。
だが、まるで最初から分かっていたかのように、半歩だけ横へずれた。
直後、彼女のすぐ隣を光の柱が打つ。
「私は魔導師だ! この光には神聖魔法に近い魔力を感じる! だから見ずとも──アッシェ、右だ!!」
アッシェは反射的に右へ跳ぶ。
その左側、ほんの一歩前まで彼女の肩があった場所へ、光の柱が落ちた。
なるほど、とレグは、この異常な状況の中で、必死に頭を回した。
魔導師であるエリーゼは、周囲の魔力感知に長けている。
だから目視することなく、光が発生する場所をある程度把握できる、ということなのだろう。
だが、それにも限界はある。
魔力の予兆を察知し、言葉にし、相手が反応する。
その間には、必ずわずかな遅れが生まれる。
光の柱の律動が速くなればなるほど、その遅れは致命的になっていく。
「(早く何とかしなければ……)」
そう思った瞬間、レグの頭に、また別の疑問が浮かんだ。
エリーゼが魔力で読めるのは分かった。
ならば──。
「ソノイチ! お前はどうやって!?」
「右目で像を、左目で足元を見ている」
「そんな器用なことができるのか!?」
レグは直接ソノイチのその離れ業を見たくて仕方なかったが、そんな余裕はない。
「……厄介だな」
ソノイチが小さく呟いた。
その言葉に答えるように、また地面が淡く光る。
「レグ、右だ!」
エリーゼの声に従い、レグは右へ跳んだ。
だが、わずかに遅れた。
身体は光の柱を避けたものの、乱れた髪が光の柱にかすめられる。
「ぐっ……!」
直撃ではない。
が、まるで肩を横から強く引かれたように、身体が持っていかれる。
髪がかすっただけなのに、その衝撃は身体で感じられるほどのものだった。
なんとか踏みとどまりながら、白亜の像に必死に視線を保つ。
……ほんのわずかでも、視線が逸れれば終わりだ。
それをカイルが、身をもって証明してくれた。
「このままでは……」
誰かが脱落する。
そして、その誰かはおそらく──自分か、アッシェだ。
レグはそう直感した。
「アッシェ、左だ!」
「ッひいっ!!」
アッシェは目尻に涙を滲ませながらも、必死にエリーゼの指示へ食らいついていた。
全身鎧に大盾──およそ、この状況で素早く動くには向いていない装備。
それでもアッシェは、盾を手放さなかった。
恐怖で顔を引きつらせながらも、白亜の像から目を逸らさず、重い鎧を軋ませて光の柱を避け続けている。
第五天位の前衛としての意地だった。
だが、一度でもミスをすれば、終わりだった。
それに──
「……速くなっているのか!?」
光の律動が、明らかに速くなっている。
落ちる間隔が短くなり、地面の光の数も増えている。
まるで、曲が盛り上がりへ向かっていくようだった。
エリーゼは魔力感知で辛うじて対応できている。
ソノイチは力業でしのいでいる。
だが、レグとアッシェは違う。
魔力を感知できず、普通に一つの場所しか見られない人間にとって、この仕掛けはあまりにも相性が悪すぎる。
「……そうか!」
そのとき、レグはふと気付いた。
剣を握り直すと、そのヴァルドライトで造られた幅広の刀身を、白亜の像へ向けるように地面と水平に掲げた。
そして、その角度をわずかに下へ傾けた。
──鏡のように磨き上げられた刀身には、床の光が映った。
「……!」
直接の視線は、白亜の像へ向けたまま。
だが、視界の下端で、刀身に映り込む足元を確認する。
──完璧ではない。
刀身に映る景色は歪んでおり、上下左右の感覚も狂う。
そもそも戦闘中に剣を鏡代わりに使うなど、まともな剣士のやることではない。
だが、地面が光ったかどうかを知るだけなら、これでいける。
毎日磨き続けた刀身が、思わぬ形で役に立った。
「エリーゼ、俺は大丈夫だ! アッシェを見てくれ!」
「大丈夫なのか!?」
「剣の反射でなんとかする! 磨いててよかった……!」
「……天才か?」
エリーゼが、珍しく素直な驚きを滲ませた。
ソノイチも一瞬だけ、片目をレグの剣へ向けた。
ほんのわずかに目を細める。
だが、すぐに全員の意識は再び光の柱へ戻った。
──トトン。
──トン。
──トトン。
白亜の門が奏でる律動が変わった。
音の間隔が短くなる。
地面の光の数が増える。
光の柱が落ちる範囲も、タイミングも、さらに読みづらくなっていく。
「アッシェ、右! そのまま止まるな!」
「──ッッ!!!」
アッシェは必死にエリーゼの指示に従って動く。
全身鎧に大盾というハンデを背負いながらも、素早い足運びで光の柱を避け続ける。
だが、それでも限界はある。
エリーゼからの指示が遅れれば、
重装備による移動が遅れれば、
何より、白亜の像から目を離せないというプレッシャーで判断が鈍れば。
「次、左後ろ! いや、違う、前だ!」
エリーゼの声に、迷いが混じった。
光の数が増えすぎている。
魔力の流れを感じ取れても、それを正確に把握し、言葉に変え、仲間へ届ける時間が足りない。
「アッシェ!」
レグが叫ぶと同時に、アッシェの足元が、淡く光っていた。
彼女も気付いていた。
だが、もう避けられない。
そう悟った瞬間、アッシェは驚くほど素直に回避を諦めた。
元来よりアッシェは、敵の攻撃を受けることを得意としてきた前衛だ。
避けられないのなら、受ける。
──これからは、得意分野で戦う。
そう決めた瞬間、震えていた膝に力が戻り、泣きそうに歪んでいた顔が引き締まる。
そして白亜の像を見据えたまま、大盾を床に叩きつけるように構えた。
「──来てみなさいよ、化物」




