066 超大口の依頼主②
「……はぁ」
その吐息ひとつに、今のパラッパ・レードの苦境がまるごと滲んでいた。
グランベルジュとのギルドバトルに敗れて以来、パラッパ・レードは目に見えるものも、目に見えないものも、ずいぶん失った。
まず当然ながら、ギルドポイントだ。
グランベルジュの温情か、全没収こそ免れたものの、保有していたギルドポイントの半分を失った。
そのうえ、メンバーの多くは戦いで大きく負傷し、治療費がかさみ、療養の間はまともに活動もできない。
つまり、失った分を取り戻すどころか、新しくギルドポイントを稼ぐことすらままならない時期が続いたわけだ。
その結果、パラッパ・レードは、拠点をワンランク下のギルドルームへ移さざるを得なくなった。
以前使っていた部屋より狭く、立地も悪い。
内装だって、ひと目で格落ちと分かる安っぽさだった。
だが、それ以上に痛かったのは、別で借りていた”パーティ用の大部屋”を手放したことだった。
あの大部屋は、レードたちにとってただの部屋じゃない。
他ギルドとの交流会や飲み会、合同依頼の顔合わせ、さらには新人歓迎会まで。
人脈を武器にしてきたパラッパ・レードにとって、あの部屋は単なる部屋以上の価値があった。
それが、もう使えない。
イベントが開けないとなると、人も呼べない。
人が集まらなければ、人脈も広がらない。
──すると、どうなるか。
「そりゃ……人も減るよなぁ……」
レードは自嘲気味に呟く。
元々十八名いたギルドメンバーは、今や七名。
ギルドバトルの結果としてグランベルジュに移ったリンドールを含めて、十一人もいなくなったことになる。
仕方ないといえば仕方ない。
多勢に無勢のグランベルジュに負け、嘲笑の対象となったギルドに未来を感じなかった者。
そもそもパラッパ・レードに思い入れがなかった者。
原因は様々だが、イベント好きのメンバーたちは、大部屋が無くなった時点で目に見えてテンションが落ちていた。
「ギルドバトル一発負けただけで、ここまで人が逃げるとは思わなかったわ」
上り調子だったギルドが、一度の敗北でここまで落ちるとは。
けれど、それでも、とレードは思い直す。
「七人、か……」
半分以上減ったとはいえ、まだ七人いる。
落ち目のパラッパ・レード──これから先、しばらくは旨い話なんか無いかもしれないのに、それでも残った七人。
それはつまり、”本物”のメンバーだと、レードは考える。
「この七人のためにも、俺は諦めないっつーの……」
ふと、あのときのことが頭をよぎる。
あの依頼主から話を持ち掛けられた日のことを。
──『たった三人の野良ギルドを潰してほしい』
そんな話を聞いたとき、レードは正直、笑いを堪えるのが大変だった。
しかも前金までたっぷりときた。
こんな美味しい話があるのか、と思ったことを、レードは今でも思い出す。
アルテミスという謎のエルフのウワサはメンバーから聞いていた。
だからこそ、レードは自分の武器を使った。
人脈だ。
紫羽の庭のヴィオラ。
黄歯車団のクランク。
二つのギルドを巻き込み、数の力で圧倒する。
勝てば、依頼主から更なる報酬も入るはずだった。
その報酬でギルドを大きくする。
もっとイベントに力を入れる。
もっと人を集める。
パラッパ・レードの名前を、この街──いや、世界中に広める。
……はずだった。
「現実は、なかなか厳しいねぇ……」
レードは頭を掻く。
けれど、ここで終わるつもりは無かった。
終われるわけもない。
ギルドバトルに負けたから潰れる、なんてよくある結末にだけはしたくない。
負けたあとに立て直してこそ、一流のギルドマスター。
レードの中には、そういう妙な意地がちゃんとあった。
「ま、やるしかないわな。この七人で、またデカくしてやるよ……」
そう小さく自分に言い聞かせ、レードは木杯の残りをぐいと飲み干した。
そのときだった。
「……あら、随分としょんぼりしてるじゃない」
涼しげな女の声が飛んでくる。
顔を上げると、そこには長い紫髪を揺らす女──ヴィオラと、ふくよかな体を揺らしながら歩いてくる男──クランクの姿があった。
「……うぃーす、お二人さん! 久しぶり!」
レードがいつもの調子で片手を上げる。
「話は聞いてるわよ。その……大変だったみたいね」
「まあね。でもまだこれからっしょ、って感じで。そっちは?」
「うちも何人か抜けたわ。負け戦のあとだもの、当然と言えば当然ね」
ヴィオラは淡々と答えた。
「アマリリイも?」
「抜けたわよ。あの子、負けた翌日に『もっと強くなるしかない!』とか言ってどっか行ったわ」
「翌日……マジか、あの戦いの後で?……いや、なんかアイツらしいのか……?」
レードが苦笑いすると、今度はクランクが肩をすくめる。
「うちも、若いのが幾許か抜けましてな」
「だよなぁ~……。いやほんと世知辛いわ」
レードはそう言いながらも、すぐに違和感を覚えた。
クランクの顔色が、妙にいい。
というか──機嫌がいい。
「……ん? クランクさん、なんかあった?」
「おや、分かりますか」
「そりゃ分かるって。なんか浮ついてるっていうか……」
するとクランクは、分かりやすく口元を緩めた。
「実は、超大口の仕事が入りましてな」
「えっ、マジで?」
ヴィオラも呆れたように息を吐く。
「こっちはこっちで驚いたわよ。急に『凄腕の狙撃手として意見が欲しい』なんて言われて」
「へえ? 何それ何それ」
レードが食いつくと、クランクはわずかに胸を張った。
「一万ギルドポイント級の案件です」
「いちまん!?」
思わず声が裏返る。
一万ギルドポイント。
先ほどの第三天位の冒険者たちも話していたが、
彼らが指名依頼で一日働いて、稼げるギルドポイントは20。
ダンジョンで命を張って、30程度。
そんな肉体労働を一年間続けて、生活費を引いたら、残るポイントがだいたい千ギルドポイントだ。
つまり、今のパラッパ・レード全員が一年間節制して活動しても貯まらないほどのポイントが、一万ギルドポイント。
今のレードには、ちょっと眩暈がするくらい大きな数字だった。
「しかも、前金で五千ギルドポイントを受け取っております」
「前金で五千!? なにそれ、デカすぎんだろ!」
「魔法障壁を張りたいとのことでしてな。こちらとしては、その施工準備に現金化しに来たわけです」
「魔法障壁……結界か……」
レードが目を丸くする。
魔法障壁と言えば、五大府同士、さらには国同士などの巨大な戦いで使われる、大掛かりな魔導設備だ。
そんなものを張りたいということは、何か大きな戦いに備えるということなのだろうか。
クランクは指を折りながら、淡々と続けた。
「他にも、監視網の整備や鍵の強化、侵入経路の潰し込み……とにかく防衛を固めたいそうで」
「へえ~……」
「魔法障壁は魔法には強いですが、物理的な遠隔攻撃を防げるわけではありません。ですので、ヴィオラ殿には“攻める側から見た弱点”を見ていただくことになっております」
ヴィオラが肩を竦める。
「高所から覗ける位置、矢が通る角度、死角になる窓、屋根の上に立てる場所……そういうのを洗い出してほしいんですって」
「うわぁ、徹底してんなぁ……」
レードは感心半分、羨望半分でそう呟いた。
それだけ防備を固めるということは、それだけ守る価値のある何かを抱えているということだ。
あるいは、よほど怖い相手に狙われているか。
どちらにせよ、巨大なギルドからの依頼に違いない。
「なんだよそれ……どこの五大ギルドの依頼だよ!」
冗談半分、本気半分でそう言うと。
ヴィオラとクランクは、ほんの一瞬だけ目を合わせた。
そして、ヴィオラがさらりと答える。
「グランベルジュよ」
「…………は?」
レードの笑みが、ぴたりと凍りついた。




