065 超大口の依頼主①
冒険者の集まる場所──ギルド集会所には、街ごとの特色がある。
熱気に満ちた集会所もあれば、礼拝堂のように静まり返った集会所も存在する。
ひと口に”ギルド集会所”と言っても、そこに流れる空気は、街によってまるで別物だった。
その違いを生む最大の理由は、その街を牛耳るギルドの色だ。
力あるギルドが根を張る街ほど、集会所の空気もまた、そのギルドに染まっていく。
だが、グラン=ラフィースは少し事情が違う。
この街には、五大ギルドの本拠地がない。
だからこそ、この街のギルド集会所は、どこか一つの色に染まりきることがなかった。
代わりにあるのは、雑多さ。
──大きなギルドに入れなかった者。
──野良ギルドで一山当てようとする者。
──より条件のいい移籍先を探している者。
そんな連中が同じ長机を囲み、同じ依頼書を睨み、同じ噂話に耳をそばだてている。
五大ギルドの色が薄いこの街のギルド集会所には、だからこそ、他の街とは違う空気があった。
昼下がり。
グラン=ラフィースのギルド集会所は、今日もいつも通りの喧騒に包まれていた。
様々なギルドに所属する冒険者たちが、酒をあおり、依頼書を品定めし、他ギルドの噂話へ花を咲かせている。
そんな喧騒の一角で、三人の冒険者が安酒の入った木杯を囲んでいた。
「しっかし、やってらんねえよなぁ」
最初に愚痴をこぼしたのは、槍使いのダランだった。
乱暴に木杯を卓へ置くと、薄い酒がぴしゃりと跳ねる。
「うちの団長、また『しばらく辛抱しろ』の一点張りだぜ? 俺はギルド入ったときからずっと辛抱してるっつーの!」
「まだ団長が前向きなだけマシじゃない?」
向かいに座る軽装の女──短弓使いのミレイが、木杯の縁に口をつけたまま、冷めた声音で返した。
「こっちはもう半分終わりかけよ。お得意様からの指名依頼は切られるし、もう新規メンバーの募集もしてないもの」
「う、うちはもっとひどいぞ……」
ボルクが、見るからにしょげた様子で肩を落とす。
「昨日、聞いたんだ。団長が『解散したら実家戻るかぁ』って言ってて……」
「そりゃ、もう終わってるな」
「やめてくれよダラン! そんなハッキリ言うなって!」
ボルクは慌てて木杯をあおった。
けれど酒にはあまり強くないらしく、飲んですぐに顔をしかめる。
「にっが……」
「馬鹿。……それよりも、今日の支払いは誰にする?」
ミレイがそう言うと、ダランとボルクは揃って気まずそうに顔を見合わせた。
「俺はパス。昨日の稼ぎ、37GPだよ……」
ダランは机に突っ伏してそう言った。
「30貰えるだけで凄いよ。僕なんて護衛依頼で一日潰れて20だって」
そう言って、ボルクも目を伏せる。
「なによ、景気悪いったらないわね」
「ったく、最近は景気の良い話ばっか聞くってのにな」
「怪物ザラスト・ザラメイヤの話?」
ダランは即座に頷く。
「あー、杖で殴るって噂の。もうその話、聞き飽きたよ」
「でもよ、昨日だって受付前で話してたぞ。『指名依頼が三件~』とか、『レアドロップが~』とか! どうなってんだよ、あれ」
「ほんとよね。特にレアドロップの件。別にパクらないから、タネだけ知りたいわ。コツでもあるのかしら」
「そう言ってパクる気だ……」
「だって今どきよ、ただダンジョンに潜るだけじゃ旨味が薄いからなぁ。レアドロップでも出ねぇ限りよ」
「冒険者が増えて、ドロップアイテムの売値が下がってきたからね」
指名依頼は、内容にもよるが時間あたりのGP効率が悪いことで知られていた。
移動に時間を取られるのはもちろん、採取対象がなかなか見つからない、討伐対象が現れないなど、依頼次第ではかなりの時間を空費することもある。
それでも、護衛のように比較的安全な仕事で確実にGPが入るため、冒険者にとってはありがたい依頼でもあった。
魔物と数多く戦うダンジョンは、頑張った分だけ稼げるが、やはり命がけだ。
しかも近頃は、冒険者同士で魔物を取り合ったり、強者が狩りつくしたり、ドロップアイテムの供給過多で思ったほど稼げなかったり──そんな問題を抱えていた。
「ザラストって言やあ、グランベルジュだろ? グランベルジュって言やあ、ギルドランキングだろ?……聞いたか? 黒ギルドが首位陥落!!!」
ダランの言葉に、ボルクは「ええっ!?」と声を荒げる。
「な、何があったんだ!?」
「らしいわね。でも、白が何かしたんじゃなくて、黒──黒冥府内で何かあったって。噂レベルだけど」
「へえ。じゃあ白は棚ぼたってわけか」
「いいわね、棚ぼたでも上がれるだけマシよ。こっちは落ちる未来しか見えないもの」
「や、やめてくれよ……」
ボルクが情けない声を漏らした、そのときだった。
そんな会話に、「へえ~」と気のない相槌を差し挟みながら、一人の男がふらりと近づいてきた。
長身で、軽薄そうな笑みを浮かべた男は、やけに馴れ馴れしく話を続ける。
「だったら、うち来る?」
人懐っこい笑みを浮かべたその男の胸元では、鳥の嘴を象ったギルド証が揺れている。
「……げっ」
「パラッパ・レードのレードっす。うち、いま絶賛メンバー募集中でして」
そう言うなり、レードは断りもなく空いていた椅子を引いた。
「いやあ、若い子が元気に冒険者談義してるの見ると、こっちまで元気出るわぁ」
三人がびくっと肩を揺らす。
「……どうも」
「いやいや、そんな警戒しなくていいって。君ら、どっかギルド探してたりしない? 実はうち、今ちょうど新しい風が欲しくてさぁ。パラッパ・レードっていうんだけど、知ってる?」
レードがにこやかにそう言うと、三人は顔を見合わせた。
「……知ってます」
「えっと……あの、ギルドバトルで……」
「ん? ギルドバトル? あー、まあ色々あったよね、うん!」
レードは笑みを貼りつけたまま、嫌な予感を覚える。
「108人で、3人のグランベルジュに挑んで──負けたとこですよね?」
「えっ、そこまでストレートに言う!?」
ミレイの容赦ない一言に、レードは思わず素でそう返した。
明らかに嫌がられていることは、さすがにレードにも分かった。
それでも、ここで引き下がるわけにはいかない。
「ほら、うち今ちょうど立て直しの時期でさ。今入っとけば、将来ギルドが大きくなったときには幹部!──ってのも全然あるし?」
「再建期って……何言ってんだ。ギルドルームは格落ち、イベント用の大部屋も借りれないからお得意の人脈もボロボロ。そんな沈みかけの船に、わざわざ飛び乗る趣味はないっつーの」
そう言ってダランは立ち上がる。
「私も遠慮しとく。そこまで博打は好きじゃないの」
「ぼ、僕も! 今日はもう帰る!」
それに続くようにミレイとボルクも席を立ち、そのまま振り返りもせず離れていった。
「あっ、ちょ、待って! 話だけでも聞いてってよ!」
レードも立ち上がり手を伸ばすが、三人は振り返りもしない。
残されたレードは、しばらく引きつった笑みのまま立ち尽くした後、深く、長くため息を吐いた。




