119 オロデュラスの親玉……!?
ミルちゃんを巡る、もう一つの戦いは置いといて。
ガルムロードとオロデュラスの成体の戦いに視線を戻すと……。
竜息を受けてもキズ一つないガルムロードの姿が、どうも気に入らなかったらしく、
成体は怒り狂ったように咆哮を上げると、ガルムロード目がけて突進しようとする。
きっと、あの巨体でそのまま踏み潰すつもりなんだろう。
だけど、そこに二つの影が飛び込んだ。
ガルムガードたちだ。
二匹はほとんど同時に、駆け出そうと力を込めていた成体の後ろ脚へ、魔力をまとった一撃を叩き込んだ。
「ギャッ!?」
意識外から攻撃を受け、成体の巨体がぐらりと傾く。
その隙に、ガルムガードたちはすぐさまガルムロードのもとへと駆け寄った。
……私にはよく分からないけど、きっと、「ご無事ですか!?」とか「お怪我は!?」みたいなやり取りをしてるんだと思う。
ガルムロードは二匹に少し目を向けると、再び戦場を見渡し、遠吠えを一つ。
「ウォオオオオオオンッ!」
その声に応えるように、戦場のガルムたちは一鳴きすると、ガルム軍に再び勢いが戻っていく。
こうして、ガルム軍とオロデュラス軍の戦いは、なおも続いていった。
◇
「……均衡、していますわね」
リンドールさんが、ぽつりとそう呟いた。
戦いは、すでに長時間にわたっていた。
「ええ。ですが、辛うじて──というところでしょう。ガルムロードの統率がなければ、とっくに押し切られていたはずです」
「それに、ギガントガルムとガルムガードが踏ん張ってるのもでかいなー」
緑ギルドの二人が言う通りに、素人の私にも見えていた。
前線だけを見れば、ガルム軍とオロデュラス軍は互角に戦えているように見える。
だけど、実際は明らかにオロデュラス軍の方が優勢だ。
だって、ガルム軍の大半を占める普通のガルムじゃ、幼体相手にもまともに牙が通らない。
ハイガルムでようやく幼体に攻撃が通る。
つまり、ガルム軍の方が数が多く見えても、その優位なんてほとんど見かけだけ。
それに、そもそも幼体だって五十匹近くいるんだから!
そして、最大の問題点は、あの五匹の成体。
あの巨体と、群れ一つ吹き飛ばす竜息がある上に、分厚ーい鱗のせいでハイガルムたちの攻撃もほとんど通用しない……。
だから、ギガントガルムとガルムガードが何とかするしかない。
現に、彼らは一騎当千の活躍をしていた。
まずは、ギガントガルム。
いつの間にか、三匹の成体を相手取っていた。
正面から噛みついてくる一匹をかわし、別の一匹の喉元が赤く光れば、すぐに体当たりで竜息を止める。
成体の一匹が別の場所へ向かおうとすれば、ちょっかいを出して引き留める。
「ギガントガルム、凄くないですか!?」
「ほんと、よくやるなー。三匹まとめて相手にして、それでも持ちこたえてるぞ」
「ええ、見事なものです。……ですが、あの状態をいつまで維持できるかは分かりません」
トネリコさんが表情を曇らせる。
言われてよく見ると、確かにギガントガルムの呼吸は少しずつ荒くなっていた。
そりゃそうだ、自分の方が大きいとはいえ、あれほどの巨体を三匹同時に相手してるんだから。
「ホント、サキのニョキモチがあって助かったなー。あれがなかったら、とっくに動けなくなってたと思うぞ。あの巨体だ、普通ならこんな長時間は戦えないからなー」
「そうなんですね、役に立ってるようで良かったです!」
「──ああっ! ギガントガルムが!」
私が少し得意げになっている横で、リンドールさんが大きな声を上げた。
見ると、成体の一匹がギガントガルムの側面へ回り込んで、丸太のように大きな尾を叩きつけていた。
──ドゴォンッ!
私たちにまで届くほどの衝撃音。
そんな一撃をまともに受けた、ギガントガルムの身体が、崩れかける。
それでも、すんでのところで、ギガントガルムは持ちこたえる。
自分が倒れたら負けなことを分かってるんだ。
だけど、そんな隙を成体たちが見逃すはずもない。
一匹が首元へ牙を突き立てようと迫り、もう一匹も押し倒そうと突っ込んでくる。
でも、ギガントガルムは大きく後方へ飛び退き、何とか躱す。
迫っていた二匹の攻撃が空を切った。
そして、あの巨体からは想像もつかないほど軽やかに着地すると、地面を大きく揺らしながら、再び三匹の成体へ低い唸り声を上げた。
「危なっ! 今のは本当に間一髪でしたわね……!」
「ほんとですよ……! 今のは危なかった……!」
あの巨体で、あの俊敏な動き──凄すぎる……。
一方のガルムガードたちも、負けず劣らずの大活躍。
成体を一匹、相手取りながらも、
前線が崩壊しかけて囲まれたハイガルムたちがいれば、次の瞬間にはガルムガードが現れ、幼体たちを払いのける。
まさに東奔西走。
今もこうして戦場全体が何とか持ちこたえているのは、間違いなくガルムガードたちの働きも大きかった。
……だけど。
「……すみません、私の勘違いだったらあれなんですけど……。ガルムガード、ちょっと遅くなってません?」
そう思ったのは、ガルムガードの動きが少しずつ私の目でも追えるようになってきていたから。
単に私の目が慣れてきただけ、なのかもしれないけど……。
「疲労もあるでしょうが……おそらく、体内の魔力の限界が近いのでしょう。消耗を抑えるため、あえて速度を落としているように見えます」
「なるほど……。それで、先ほどよりも動きが遅く見えたのですわね」
ギガントガルムと、ガルムガード──彼らの限界も近そう。
このままだと……。
やがて、その不安は現実になり始めた。
前線のあちこちに、小さなほころびが生まれていく。
ハイガルムリーダーが、オロデュラスの尾をまともに受けて吹き飛ばされた。
指揮役を失ったハイガルムたちの動きが止まる。
その隙を逃さず、何匹もの幼体が一斉に襲い掛かった。
そんなほころびが、戦場のあちこちで少しずつ増えていく。
「押されていますわね……」
「ええ。……もう、今の前線を維持するのは難しいでしょう」
そんなトネリコさんの解説の通り──。
「ウォオオオオオーンッ!」
ガルムロードが遠吠えを上げると、ガルムたちが少しずつ後退を始めた。
傷ついた個体から順番に、前線がじりじりと下がっていく。
陣形を崩さないための後退なんだろう。
ガルム軍は少しずつ、自分たちの住処である洞窟の方へと下がっていく。
一歩、また一歩と下がるガルムたちを見て、オロデュラスたちが一気に攻め立てようとした、そのとき。
一斉に、オロデュラス全員の動きが、ぴたりと止まった。
さっきまで絶え間なく響いていた咆哮や衝撃音、地面を踏み鳴らす音も消える。
聞こえてくるのは、パラグナ草を揺らす風の音、そしてガルムたちの後退の足音だけ。
ガルムたちも、困惑したように足を止めていく。
──オロデュラスたちは、全員が、まったく同じ方向を見ていた。
幼体、成体、揃いもそろって。
まるで、何かに呼ばれたみたいに。
「……『来る』ってさ」
「……え?」
「あいつら、そう言ってる。『来る』って」
──ズンッ。
岩山の向こう側で、大きな足音がした。
その一歩だけで、私たちのいる岩棚まで小さく揺れる。
……岩山の縁から、黒い何かがゆっくりと姿を現した。
巨大な頭、全身を覆う青黒い鱗──オロデュラスの特徴を持つ、大きな何か。
長く太い首、盛り上がった肩、そして大きな背中──そこには二枚の大翼が折り畳まれるように収まっていた。
「……ドラゴン……!?」
思わずそんな言葉が口からこぼれる。
だって、あの二枚の翼──そうとしか思えなかった。
今まで見てきたオロデュラスとは、あまりにも姿が違いすぎる……!
トネリコさんが、その巨体を食い入るように見つめる。
「オロデュラス……だと思います。確かにオロデュラスの特徴が残っていますから。ですが、あの個体はおそらく……ドラゴン種の性質が、極端に強く発現しているのでしょう」
私は、この世界でまだドラゴンを見たことがない。
だから、普通のドラゴンを知らないんだけど……それでも、一つだけ、どう考えても普通じゃないと思うところがあった。
「あの、身体のあちこちにある塊って……ドラゴン特有の何かなんですか?」
青黒い鱗に覆われた胸の中央、左右の肩、後ろ脚の付け根──至る所に、赤黒い結晶──いや、核のようなものが突き出している。
「……いえ。見たことが、ありません……」
「ないなー。というかあれ、身体から生えてるっていうより、埋め込まれてるように見えないか?」
「そう言われれば……」
「もしかすると、あの塊も人為種特有の何かなのでしょうか?」
「……分かりません。ですが、もし通常のオロデュラスを、あれほどドラゴン種に近い個体へ変貌させる技術が存在するのだとすれば……恐ろしい話ですね」
異形のオロデュラスが、ゆっくりと岩山を越える。
──ズンッ。
巨体が草原へ降り立つと、地面が大きく揺れ、周囲のパラグナ草が一斉に倒れた。
「ォォォォォォ……」
オロデュラスの鳴き声とも違う、低い音が響いた。
重く、不気味な声。
「ォォォォォォォォオオオオオオオオオオッ!!」
パラグナ湖盆全体を震わせる、凄まじい咆哮が響き渡った。




