120 怪物
今回短めです。
異形のオロデュラスの咆哮が止んだ後も、しばらくその余韻は消えなかった。
パラグナ湖盆全体の空気が、まだ、びりびりと震えているように感じる。
ガルムたちは、動かなかった──いや、動けなかったんだと思う。
突然現れた、明らかに圧倒的格上の魔物を前に、固まるしかない。
威嚇の声も上げることができなそうだった。
一方のオロデュラスたちは、咆哮が止むのを待っていたかのように、一斉に動き出した。
これまで各地でバラバラに戦っていたはずが、みんな異形の個体のもとへと集まっていく。
幼体だけじゃなく、ギガントガルムやガルムガードと戦っていた成体たちも同じように。
「……妙ですね」
「だな。あれは普通じゃないぞ」
「……すみません、どういうことですか?」
「オロデュラスは本来、特定の一匹を中心に、これほど大きな群れを作る魔物ではないんです。今ここにいるオロデュラスも、一つの群れではなく、それぞれ別の群れがこの湖盆に集まっているだけのはずでした」
「ほら、あいつら、それぞれの群れを完全に崩してるだろ? で、あのでかいのを中心に一つにまとまってる。……あれじゃ、まるでガルム軍じゃん。普通のオロデュラスがあんな動きするわけないぞ」
「これも、人為種として与えられた性質の一つなのでしょうか……?」
「現時点では断定できませんが……その可能性は高いでしょうね」
周囲に集まったオロデュラスたちには目もくれず、異形はガルム軍へ視線を向けると、巨大な翼を空いっぱいに広げた。
大翼が巻き起こした突風が、草原を駆け抜ける。
真正面から風に吹かれ、ガルムたちの毛が一斉に逆立った。
大翼の落とす巨大な影が、ガルム軍を飲み込む。
「──じゃ、そろそろ仕事するか。トネリコ」
「そうですね、これはもはやこの湖盆における魔物同士の生存競争では済みません。このまま放置すれば、いずれ人里にまで被害が及ぶ可能性があります。本来であれば上の判断を仰ぐべきですが……。事後報告にして、ここで対処しましょう」
「待ってました。よしルドルフ、やっと出番だぞー。良いとこ見せような!」
ソヨゴさんの言葉に、ルドルフも『待ってました!』と言わんばかりに大きく頷く。
「まずは周囲のオロデュラスを抑えましょう。私がまとめて動きを止めます。その間にソヨゴが──」
刹那──異形の胸元にある核が、大きく脈打った。
続いて、肩、脚──各所に存在する核が次々と強い光を放ち始める。
「──まずいですね……おそらく、竜息を放とうとしています」
「ええっ!? 成体の竜息ですら、あれほどの威力でしたのに……!」
異形の胸が、大きく、どんどんと膨らんでいく。
喉元に、赤黒い光が集まっていく。
……すると、異形の正面に集まっていたオロデュラスたちが、一斉に左右へと分かれていく。
中央に、ガルム軍に通ずる一本の道が開いてしまった……。
「マズいですわね……あれではガルム軍が……」
異形の出現に、固まったままのガルムたち……。
このままだと、竜息で一掃されかねない……!
ガルムロードの二本角には、すでに白い紋様が浮かび上がっていた。
あのシールドを出すつもりなんだろう。
でも、絶対、成体の竜息とは威力が違うよね……防ぎきれないんじゃ……!?
「トネリコさん、ソヨゴさん!」
「分かっていますが、この距離では間に合うかどうか……!」
「ルドルフ、急ぐぞ!」
ソヨゴさんがルドルフに飛び乗り、異形のもとに駆け出そうとした──そのとき。
──ドゴォンッ!!
突然大きな"何か"が、異形の頭に衝突したのが見えた。
その衝撃で、異形の頭が大きく横へ弾かれ、喉元の光が霧散する。
……よかった、どうやら竜息は不発に終わったみたい……!
というか、な、なになに……!?
目を凝らして、よーく見てみると……。
飛んできたそれは、オロデュラスの幼体だった。
「ええっ!? オロデュラス!?」
「はい、どうやら彼が投げたようですね」
アルテミスがどこか一点を見つめて、そう言った。
彼……って、まさか。
魔物を投げて攻撃する──そんな無茶苦茶な戦い方をする子たちに、私は心当たりがあった。
「……今のは、いったい……?」
「……誰だ、あれ。ん? 待って、あの女……もしかして"怪物"か?」
ソヨゴさんが指差す先には、数人の冒険者の姿が見えた。
その先頭にいるのは、私が見間違えるはずもない、三人。
筋骨隆々の巨体に、つるっとした頭が二つ──ジョンソンとブルース。
そして、ショートヘアーの美人──その手には、私の『熟練度』稼ぎのためだけに、一本の【鉄の杖】が握られている。
「ザラ!?」
どうしてザラたちが、こんなところにいるの!?
120話です! 今後ともよろしくお願いします。
次話かその次くらいで、ガルム編は終わる予定。
以降は少し日常パートが続くはず




