116 ガルム軍 vs オロデュラス②
私がルドルフくんを訝しげに見ている間にも、眼下の戦場では、ガルム軍とオロデュラスの戦いが続いていた。
「なるほど。やはり、ガルムたちの戦いは、ガルムロードの指揮を前提に成り立っているようですね」
「……どういうことですか?」
「見てください。ガルムたちは、ガルムロードの指示に従って、それぞれの群れのリーダーが配下のガルムを動かしています。対するオロデュラスは、それぞれの群れが独立して判断し、その場の状況に合わせて動いているようです。群れにリーダーもいません。これは、通常のオロデュラスにも見られる性質ですね」
トネリコさんの言葉を聞いたうえで、もう一度、戦場を見てみると……。
確かに、ガルムロードの遠吠えを合図に、それぞれの群れの陣形や戦い方が変わっているかも。
つまり、ガルムロードが正しい指示を出せるなら、これが最善の戦い方なんだろう。
だからこそ、さっきみたいにほぼ無傷でオロデュラス五匹を倒せたりするわけだ。
一方のオロデュラスは、ガルムたちのように全体で一つの陣形を作るわけじゃなさそう。
それぞれの群れが好き勝手に散らばって、その群れの中で連携を取って戦っているように見える。
それ即ち、誰かの指示を待たなくても、その場その場の状況に合わせて、最適な行動をすぐに取れるわけだ。
「だからガルムロードが寝込んでたときは、オロデュラスに全然歯が立たなかったわけだなー」
「ですが今は、ガルムロードが立ち上がり、こうして指示を出せていますもの。ようやく、本来の力で戦えているということですのね」
「そういうことです。ですが……」
トネリコさんはそこで言葉を止めると、険しい表情で戦場を観察する。
「ギャアアアッ!」
一匹のオロデュラスが、正面から飛び掛かるガルムを大きな顎で受け止め、そのまま地面へ叩きつける。
負けじと、今度はガルムリーダーがオロデュラスの脚へ噛みついた。
でも、ガルムの牙ではオロデュラスの分厚い鱗を貫けず、弾かれてしまう。
その隙に、今度は別のオロデュラスが、ガルムリーダーに体当たりを叩き込んだ。
「キャインッ!」
ガルムリーダーの身体が宙を舞う。
その群れを助けようと、近くにいたハイガルムリーダーがハイガルムたちを率いて駆け寄ろうとする。
だけど、別のオロデュラスの群れが立ちふさがり、一斉に飛び掛かった。
「……通常のオロデュラスであれば、この数が相手でもまだ何とかなったでしょう。ですが……この巨体に、これほど強靭な鱗まで備えているとなると……ガルムたちには、あまりにも相性が悪いですね」
「一匹一匹の強さも、あの変なオロデュラスの方が上っぽいなー。こりゃ、かなり厳しいぞ」
緑ギルドの二人の言う通り、ガルム軍は押され始めていた。
だって、ガルムの牙では、オロデュラスに攻撃が通らないのだから。
ハイガルムなら通用するみたいだけど、さっきみたいに孤立させる作戦も、これだけオロデュラスの数がいると上手くいかない。
「ウォオオオオオンッ!」
それでも、戦場にガルムロードの遠吠えが響く。
その声を聞いたガルムたちは、無理に戦い続けることなく、少しずつ前線を下げ始めた。
そして、崩れかけていた陣形をもう一度組み直していく。
ガルムの群れを上手く使い、群れから孤立するオロデュラスを発生させ、そこにハイガルムたちをぶつけていく。
ガルムで時間稼ぎをし、通用するハイガルムたちが狩っていく。
今の状況で、取りうる最善手を、ガルム軍は必死に打ち続けていた。
だけど、そこに大きな足音が到着した。
オロデュラスの成体が、ついに前線に合流したのだ。
「お、大きすぎません!?」
成体は、一匹一匹があのギガントガルムに迫るんじゃないかってくらいの大きさで、ガルムたちなんか子供に見えるほど。
その巨脚が大地を踏みしめるたび、パラグナ草がぺしゃんこにつぶれて、銀白色の足跡が生まれる。
そんな光景に、私が呑気にもアートを感じていた、そのとき。
成体の一匹が足を止め、ガルムの密集している場所へ顔を向け、大きく胸を膨らませる。
喉元に、赤い光が灯った。
──ゴォオオオオオオオッ!
大きく開かれた口から、赤黒い炎が勢いよく噴き出した!!!
一直線に走る炎が、パラグナ草を焼き払いながら、ガルムの群れを一つ丸ごと飲み込む。
──ドォンッ!
一拍遅れて、凄まじい爆風広がり、周囲のガルムたちまで吹き飛ばされた……!
「な、な、な、なんですかあれ!?!?」
豪火の跡には、焼け焦げたパラグナ草、そして黒焦げになったガルムたちが転がっていた。
爆風に吹き飛ばされたガルムたちの中にも、倒れたまま動かない子が何匹かいる……。
以前、灰焔の地下溶岩洞で見たオルトロスの火の息──あれとは比べ物にならない威力。
イメージで言えば、ライターの火と、火炎放射器くらい違う。
「あれは……竜息……? なぜオロデュラスが……」
「どういうことですか!?」
「今のは、ドラゴン種が用いる竜息と呼ばれる攻撃です。体内で生成した爆発性の豪火を一気に吐き出すもので……威力は、ご覧の通りです。ですが、オロデュラスが使えるはずが……。まさか、ドラゴン種の性質を……?」
トネリコさんが言い終わる前に、吹き飛ばされた個体を守るように、ハイガルムの群れが成体の前に飛び出す。
「ヴォオオオオオンッ!」
ハイガルムリーダーの声を合図に、ハイガルムたちが一斉に飛び掛かる。
後ろ脚や脇腹、至る所に、牙を突き立てる。
──ガキンッ!
だけど聞こえてきたのは、まるで硬い金属同士をぶつけたような、鈍い音。
成体には傷一つついていないように見える……。
「グギャアアアアッ!」
オロデュラスが大きく身体を捻ると、しがみついていたハイガルムたちがまとめて吹きとばされる。
「やはり……あの鱗も、ドラゴン種のものですね。幼体の間は未発達だったものが、成体になったことで完全に育ち切ったのでしょう」
「じゃあ、ドラゴンのブレスを吐けて、全身がドラゴンの鱗に覆われた恐竜……って、めっちゃ強いじゃないですか!?」
「めっちゃ強いですわね……」
「これで、人為種である可能性はかなり高くなりましたね。ですが、そうなると……一体誰が、何のために、このような個体を生み出したのか。いずれにせよ、この件は報告する必要がありそうです」
トネリコさんは難しい顔をして、顎に手を当てた。
その間にも、オロデュラスの成体がハイガルムたちに向かって、丸太みたいに太い尾を横薙ぎに振るった。
ただそれだけで、何匹ものハイガルムたちがまとめて吹きとばされる。
……幼体だけを相手にしていたときでさえ何とか拮抗していたガルム軍は、成体まで加わったことで、あっという間に押し込まれていった。
「……これはマズいなー。このままだと、前線が持たないぞ」
ソヨゴさんが苦い顔をしたとき。
「ウォオオオオオオオオオーンッ!!」
またガルムロードの遠吠えが響き渡る。
これまでよりも、ずっと近くから。
戦場の後方に、三つの大きな影が立っていた。
巨大な漆黒の二本角を持つ、真っ白な個体──ガルムロード。
その両脇に、二匹のガルムガード。
さらにその後ろから、大地を揺らしながら、ギガントガルムがゆっくりと姿を現す。
それに応えるように、戦場の至る所からガルムたちの遠吠えが上がった。
痩せ細ったガルムロードの脚は、やっぱり少し震えている。
それでも、真っすぐに相手を見つめ、威厳たっぷりに戦場に立つその姿を見て、明らかにガルム軍の空気が変わったのが、私にも分かった。




