115 ガルム軍 vs オロデュラス①
私たちがヴァルプニルに乗ってやってきたのは、パラグナ湖盆を一望できる高台。
ガルムたちの洞窟から、少し離れた岩山の中腹に突き出した、大きな岩棚だ。
ここなら、ガルムたちの邪魔をせずに行方を見届けられそうだ。
「──こうして上から改めて眺めると、本当に綺麗ですわね……!」
リンドールさんが、眼下に広がるパラグナ湖盆を見下ろしながらそう呟いた。
確かに、これは圧巻……。
見渡す限り青緑色の草原と、そこに点在する湖、そして風が吹くたびにキラキラと銀白色の葉裏が波打っている。
「草食の魔物が極端に減っているからこその景色ですね。……この景色も、もしかすると二度と見られないかもしれません」
「まあ、皮肉な話、オロデュラスのおかげで見られてる景色ではあるんだがー。……お、噂をすれば、だな」
ソヨゴさんの視線の先──草原の一角に、五匹の魔物の姿があった。
二本の後ろ脚で立ち、長い尾を持ち、紫色の光沢を放つ青黒い鱗に全身を覆われている。
あれが、まさか……!
「オロデュラス……!」
「はい。どうやら、ちょうど狩りを終えたところのようですね」
あれが、ガルムたちの縄張りを荒らしている外来種──オロデュラス。
見た目は、元の世界の映画とかでよく見る小型の肉食恐竜をそのまま一回り大きくして、頭部をさらにごつくしたような感じだ。
そして、その五匹の中心で倒れているのは──イノシシみたいな魔物。
あれは道中で見かけた草食の魔物だよね……名前は確か……。
「あれは、タラプでしたっけ?」
「そうだぞー。……まあ、見ての通り、こいつらに狩られたみたいだな」
五匹のオロデュラスが、タラプの身体を奪い合うように、一斉に食い荒らしていた。
ううっ……遠いからまだマシだけど、普通にグロい……。
自然系のドキュメンタリーで見る肉食動物の食事シーンの無修正版を、生で見てるんだから、当たり前か……。
私が思わず目を逸らす一方で、トネリコさんとソヨゴさんはオロデュラスをしっかりと観察していた。
「……やはり、どの個体も通常のオロデュラスとは比べものにならないほど大きいですね。あの体格と鱗の厚さでは、ガルムたちが苦戦したのも頷けます」
「だなー。普通のオロデュラスなら一匹で第二天位くらい。けど、あのデカさなら第三──いや、下手したら第四天位くらいあってもおかしくないぞ」
「ええ。少なくとも、先ほど見た亡骸だけが特別に大きかった、というわけではなさそうです」
どうやら、やっぱり普通のオロデュラスよりも大きいらしい。
私はその普通を知らないから分からないんだけど、あんなの目の前にしたら、腰が抜けちゃうであろうね。
うん、間違いなく、恐竜映画で最初に食べられる役は私に違いない。
──なんて、自分が恐竜映画に出たときの末路を想像していると。
「ウォオオオオオオーンッ!!」
どこかから、大きな遠吠えが響いた。
この遠吠えは──ガルムロードだ。
その声に応えるように、オロデュラスたちの周囲のパラグナ草が、あちこちで大きく揺れ始めた。
まるで何かが草の中をすごい勢いで駆け抜けているように、銀白色の波がいくつも走る。
そして──。
「ヴォオオオオンッ!」
オロデュラスたちの右手に広がる草むらから、十匹近いガルムの群れが一斉に飛び出した。
その先頭にいるのは、一回り大きなガルムリーダーだ。
さらに──。
「アオオオオオーンッ!」
今度は反対側からも、別の群れが姿を現す。
その奥、さらにその奥──次から次へとガルムの群れが飛び出してくる。
いつの間にか、オロデュラスたちは、いくつものガルムの群れによって完全に包囲されていた。
食事に夢中だったオロデュラスたちも、やっと異変に気付いたらしく、血に濡れた顔を一斉に上げた。
「ギャアアアアッ!!」
大きく口を開けて威嚇するオロデュラスたち。
一方のガルムたちは全く怯まない。
じっとオロデュラスたちを取り囲んだままだ。
「ウォオオオオオンッ!」
──再び、ガルムロードの遠吠えが響いた。
それを合図に、ガルムたちが一斉に動き出した!
前後左右と、あらゆる方向から大量のガルムたちが飛び掛かり、次々と牙を突き立てていく。
「ギャアアアアッ!」
あまりダメージは受けてなさそうだけど、鬱陶しいのか、オロデュラスは激しく身体を振り回す。
それでもガルムたちは離れない。
「ギャッ! ギャアアッ!!」
さらに激しく暴れ回るオロデュラスたち。
耐え切れず吹き飛ばされるガルムもいるけど、すかさず別のガルムが飛び掛かる。
その様子を、それぞれの群れのガルムリーダーたちは、少し離れた場所から見ていた。
「なるほど。どうやら、五匹のオロデュラスをそれぞれ引き離そうとしているようですね」
「……?」
「ほら、よく見てみ。あいつら、ただ噛みついてるわけじゃないぞ。オロデュラスごとに、少しずつ違う方向へ誘導してるだろ? ありゃ、わざとだなー」
「ほ、本当だ……!!」
オロデュラスたちは、ガルムたちを振り払おうと暴れているうちに、少しずつ別々の方向へ引き離されていた。
そして気付けば、五匹とも孤立している……!
……もしかして、私より知力あるんじゃ……。
「ウォオオオオオンッ!」
再びガルムロードの遠吠えが響くと、オロデュラスに食らいついていたガルムたちが一斉に離れる。
そして入れ替わるように、今度は別の群れが飛び出した。
あれは……ハイガルム?
「きちんと考えて戦っていますね。通常のガルムでは、あの分厚い鱗に牙を通すのは難しい。ですが、ハイガルムであれば話は別です」
「なるほどなー。ガルムでかく乱して、バラけたところにハイガルムをぶつけるわけか」
トネリコさんたちの言う通りのことが、目の前で起こっていく。
孤立したオロデュラスが甲高い鳴き声を上げ、目の前のハイガルムたちへ突っ込んでいく。
だけど、闇雲に群れに突っ込んでも、上手くいくはずもなく……。
正面にいたハイガルムたちが一斉に左右へ跳んだ。
オロデュラスの突進が、何もない草原を突っ切る。
そして、完全に無防備になったその横っ腹へ、ハイガルムたちが次々と体当たりを叩き込んだ。
巨体が大きく傾き、そのまま横倒しになる。
そこへハイガルムたちが一斉に飛び掛かった。
首元、脚、腹と、次々に牙が突き立てられる。
「ギャアアッ……」
さっきの、ガルムたちに飛び掛かられたときとは、明らかに違う叫び声。
ハイガルムの攻撃なら、オロデュラスに通用するんだ……!
ハイガルムたちが群がり、オロデュラスが暴れる。
──やがて、オロデュラスの動きが小さくなっていき……。
完全に動かなくなった。
別の場所でも、ハイガルムたちに囲まれ、次々と地面へ倒れていくオロデュラスたち。
「……勝ちましたわね」
「はい。ガルムロードが指揮を執れる状態であれば、そう簡単に敗れるような群れではない、ということでしょう」
「そりゃそうだぞー。こいつら、ずっとここを縄張りにしてきた連中だからな。弱いわけない」
……私は、しばらく呆気に取られていた。
あんなに強そうなオロデュラスを、ガルム軍はほとんど損害も出さずに倒しちゃった。
もし私がガルムロードの立場だったら、絶対こうはならない。
やっぱり戦いって、個々の強さだけじゃなくて、戦い方も大事なんだね──なんて、感心していたとき。
「お、オロデュラス……が、いっぱい!?」
岩陰、湖のほとり、奥の方……至る所から現われたのは、オロデュラスの群れ。
それが、一つ、二つ、三つ……。
私が数えている間にも、新しい群れがどんどん現れる。
私が目を回していると、トネリコさんが冷静に口を開いた。
「……五匹前後の群れが、十ほど、ですか。少なくとも五十匹はいますね」
「ええええええ!?」
「……いや、これはガルムたちもマズいなー。ガルムロードも、まさかここまで増えてるとは思ってなかったんじゃないか?」
「そうでしょうね。……おや?」
──ズンッ。
これまでとは比べものにならないほど、大きな足音が響いた。
戦場にいたガルムたちの耳が、一斉に立つ。
──ズンッ。
──ズンッ。
パラグナ湖盆の奥から、大きな影が近づいてくる。
やがて草を掻き分け、姿を現したのは──これまでの個体を、ずっとずっと大きくしたオロデュラスだった。
……それも、五つも。
「な、何ですの、あれ……!?」
「……!! そういうことですか……!」
いつも冷静なトネリコさんの声が、わずかに震えている。
「な、何か分かったのですか!?」
「これまで私たちが成体だと思っていた個体──あれは、まだ幼体だったんです……!」
「……え?」
トネリコさんの言うことがまだ理解できない私の横で、ソヨゴさんもようやく合点がいったように声を上げた。
「あー、なるほどな! こいつら、デカすぎるせいで、こっちが勝手に成体だと思い込んでたのか。成体が日ごとに増えるのはおかしいと思ってたけど、あれが幼体なら納得だわ」
「……つまり、今出てきたあの大きな個体こそが、本当の成体ということですの……!?」
「おそらくは。それであれば、辻褄が合います」
「……いやー、おっそろしいな。今いる幼体が全部あそこまで育ったら、かなり面倒だぞー」
「面倒程度なんですか!?」
「まあでも、あれくらいならいけるよなー? ルドルフ?」
ルドルフは静かに頷く。
……そして、ミルちゃんをチラッと見た。
それからもう一度、巨大なオロデュラスたちを見て、胸を張った。
……強がってない? ねえ、ルドルフくん……!




