114 姫と雄叫び
ガルムロード、ガルムガード、そしてギガントガルムの次は、洞窟内にいるガルムたちの番。
【完全食ニョキモチ】の想像以上の効果のおかげで、一回の召喚だけでもみんなにごはんを食べさせてあげることができそうだった。
というわけで。
みんなでニョキモチセットを作っては、その辺にあった大きな岩板の上に並べていく。
完全食ニョキモチの穂には、白いおもちのような実がびっしりと連なっている。
一房から取れる数もかなり多く、百匹分を作ってもまだ余りそうなほど。
白いニョキモチがずらりと並び、その表面にはミルちゃん用ご飯がまぶされている。
見た目としては、きなこ餅みたいな感じだ。
──しばらくして、大きな岩板の上に、ニョキモチセットが山のように積み上がった。
「では、外にいるガルムたちのところへ運びましょうか」
「じゃあ、みんなで持ちましょう!」
「マスター、私がお持ちします」
腕まくりする私の横で、アルテミスがひょいっと岩板を持ち上げる。
「おー、流石アルテミス。力持ち!」
「この程度、造作もありません」
大きな岩板を、お盆でも持つみたいに片手で軽々と……。
あの細い腕のどこにそんな力があるの……?
◇
最奥の空間を出ると、そこにはたくさんのガルムたちが集まっていた。
というか──ついてきていた。
みんなの目は未だにハートのままで、抱っこ袋から顔を出してるミルちゃんを見ている。
ミルちゃんにメロメロになって勝手についてきてくれてたおかげで、集める手間が省けた……。
アルテミスに岩板をガルムたちの前へ置いてもらい、ソヨゴさんに簡単に説明してもらう。
あとは順番にニョキモチセットを配っていくだけ、なんだけど……。
「おーい、押すな押すな。ちゃんと順番守れよー」
ソヨゴさんが声をかけるものの、ガルムたちは我先にと岩板へ詰め寄ってくる。
群れ同士で押し合ったり、横入りしようとしたり。
中には、怪我をしている子を押しのけて前へ出ようとするガルムまでいた。
きっと、それだけお腹が空いてるのだ。
あちこちから唸り声が聞こえ始め、今にも群れ同士でケンカが始まりそうになった。
そんな中。
「ガルル……」
洞窟の最奥から、唸り声が一つ響いた。
──その瞬間、ガルムたちの空気が変わった。
さっきまでの混乱が嘘みたいに、整然と並びだしたのだ。
ガルムリーダーの群れ、ハイガルムリーダーの群れ──きちんと列を成している。
「すごい……。あんなに混乱してたのに」
「さっきまでこっちが何言っても好き勝手してたのに、ガルムロードの唸り声一つでこれだ。あいつの指示さえあれば、百を超えるガルムが一つになって動く。軍隊みたいなもんだなー」
そうか、ガルムロードが立ち上がったことで、この群れは本来の姿を取り戻し始めているんだ。
……あと、ミルちゃんのおかげね。
「それじゃあ、順番に食べてもらいましょう!」
まずは先頭にいたガルムリーダーへ。
ガルムリーダーは鼻を近づけ、何度か匂いを嗅いだあと、ぱくりと食べた。
「……グル?」
飲み込んだ途端、少し驚いたように目を見開く。
そして、その後ろに並んでいたガルムも。
さらに、その後ろのガルムも。
列の先頭から順番に、次々とニョキモチセットを食べていく。
──ぱくっ。
──もにゅもにゅ。
──ごくん。
「ワフッ!」
「ウォゥ!」
「グルルル!」
洞窟の中に、さっきまでとは全然違う、明るい鳴き声が満ちていく。
「良かった、みんな気に入ってくれたみたいですね!」
「ええ。空腹が満たされ、ガルムロードも立ち上がり──あとは白もふさんのおかげで、群れの活気は完全に元通りですわね」
リンドールさんがそう言って苦笑した、そのとき。
──ガリッ。
地面を踏みしめる音が、最奥の空間から響いた。
ガルムロードが、石の玉座から降りて、こちらへ歩いてきていた。
痩せ細った脚は、小さく震えている。
それでも、ガルムロードは高く頭を掲げ、一歩、また一歩と、ゆっくり前へ進んでいく。
そして、一段高い岩の上へと立った。
──ガルムロードは、眼下に集まるガルムたちを静かに見渡す。
その姿は、老いた魔獣には到底見えない。
さっきまで騒がしかったガルムたちも一斉に静まり返り、ただ一匹の王を見上げていた。
やがて、ガルムロードが大きく息を吸い込む。
痩せた胸が、大きく膨らんだ。
そして──。
「ウォオオオオオオオオオオーンッ!!」
凄まじい遠吠えが、洞窟全体を震わせた。
低く、大きく、力強い声だ。
びりびりと空気が震え、天井から細かな砂や石粒がぱらぱらと降ってくる。
思わず耳を塞ぎそうになるほどだった。
「ウォオオオオーンッ!」
「ヴォオオオオオンッ!」
「アオオオオオオン!」
ガルムロードの遠吠えに応えるように、今度は百を超えるガルムたちが一斉に吠え始めた。
一匹、また一匹と遠吠えが重なり、やがて一つの巨大なうねりとなって洞窟の中を駆け抜けた。
洞窟の壁が震え、足元の小石が細かく跳ねる。
私はそのあまりの迫力に耳を塞ぎながら、ソヨゴさんへ尋ねる。
「な、何て言ったんですか!?」
「『立ち上がれ。我らの地を踏み荒らす外敵を、一匹残らず討ち払う』──だってさー」
「おお……!」
ついに、ガルムたちがオロデュラスと戦うんだ……!
──ガルムロードの号令を聞き、皆が一斉に動き始める。
ガルムリーダー、ハイガルムリーダーたちが、それぞれ自分の群れをまとめ、来たる戦いの準備を始める。
さっきまでご飯を求めて押し合っていたのが嘘みたいに、次々と隊列が出来上がっていった。
ギガントガルムも立ち上がり、地面を踏みしめる。
それだけで、洞窟全体が小さく揺れた。
ガルムガードのうち一匹はガルムロードのそばに残り、もう一匹は出陣する群れの先頭へと駆けていく。
誰かが一匹ずつ細かく指示を出しているようには見えない。
それなのに、すべてのガルムが自分の役割を分かっているみたいに、淀みなく動いていた。
「それと、もう一つなんか言ってるぞー」
「もう一つ?」
「『我らが姫に力を示すとき』だってさ」
「ひ、姫!?」
誰のことかは、考えるまでもない。
抱っこ袋へ視線を落とすと、当のミルちゃんは相変わらず何の気なしに、ぞろぞろと動き始めたガルムたちをぼーっと眺めていた。
ミルちゃん、あなた分かってる? ガルムたちの姫になっちゃったよ?
そして最後に、出陣を告げるような、今日一番の遠吠えが上がった。
「ウォオオオオオオオオオンッ!!」
その号令を受け、先頭に立ったガルムガードが洞窟の出口へ向かって走り出す。
その後を、ガルムたちが次々と追っていく。
最後に、地響きを立てながらギガントガルムが歩き出した。
「始まるのですね。わたくしたちはどういたしましょう?」
「ひとまず見届けるだけにして、手は出さない……ですかね」
「助力はしないんですか?」
「ガルムたちはこれまでも、自分たちの力で縄張りを守ってきたはずです。我々よそ者の力を借りるのは、嫌がるはずです」
「なるほど、そういうものなんですね」
私はそう言って、洞窟の出口へと遠ざかっていくガルムたちの背中を見つめた。
ガルムの軍勢と、オロデュラスの軍勢。
パラグナ湖盆を巡る戦いが、始まろうとしていた。




