110 ガルムロード
ガルムたちをぞろぞろと引き連れ、さらに洞窟の奥へ進んでいく。
案内された先にあったのは、洞窟の最奥にぽっかりと広がる、ひときわ巨大な空間だった。
それまで通ってきた通路とは比べものにならないほど広く、天井も首が痛くなりそうなくらいに高い。
天井にはいくつか細長い亀裂が走っていて、そこから差し込んだ光が、部屋をうっすら照らしていた。
──不思議なことに、ここまで私たちについてきていたガルムたちは、この空間の手前まで来ると揃って足を止めた。
さっきまでミルちゃんに目をハートにしていた子たちが、急に姿勢を低くして、静かにその場に伏せている。
……どうやら、ここから先は誰でも好き勝手に入っていい場所じゃないみたい。
ガルムたちが静かになると、場は不気味なほどの静寂に包まれた。
聞こえてくるのはガルムたちの小さな息遣いと、天井のどこかから落ちる水滴の音だけ。
──ぽちゃん。
その音が、私の耳にやけに大きく聞こえて、思わず肩を揺らしてしまう。
何となく、大きな音を立ててはいけないような気がして、私も足音をできるだけ小さくしながら先へ進んだ。
ふと横を見ると、部屋の両側には、巨大な魔物の骨がいくつも飾られていた。
きっと、どれもこの群れがこれまで狩ってきた魔物たちなんだろう。
かつて倒した強敵を誇示するように並べられた骨からも、この群れが積み重ねてきた歴史と強さが伝わってくる。
そして、そんな空間の入口の左右には、普通のガルムとは明らかに雰囲気の違う個体が二匹、並んでいた。
体格だけならハイガルムとそこまで変わらないんだけど、なんていうか、歴戦の猛者感があるというか……。
一言で言えば、"別格"だ。
そのうちの一匹と目が合った瞬間、ぞくっと背筋に冷たいものが走った。
「彼らはガルムガードと呼ばれる、ガルムロード直属の精鋭個体です。第五天位冒険者に相当する強さを有するとされています」
「第五天位!? すごい……!!」
第五天位といえば、この前の昇格試験の相手だったレグさんやアッシェさんたちの階級。
あれほど凄い冒険者たちと同じくらいの強さを持つ個体が、今、目の前に二匹もいるということになる。
きっとこのガルムガードたちもたくさんの戦闘を経て、何度も死地をくぐり抜けてきたんだろう。
それを物語るように、ガルムガードたちの顔には、大きな傷跡が走っていた。
そんなガルムガードに心の中で敬意を抱きつつ、私はさらに奥へ視線を向ける。
そこには──ルドルフをさらに二回りほど大きくしたような、巨大なガルムが伏せていた。
「……で、でっっかいですわね……!」
リンドールさんが素っ頓狂な声をあげるのも頷けるほどの迫力……!
「お、ギガントガルムまでいるじゃん。いや思ってたよりだいぶ本格的な群れだなー」
名前の通り、めっちゃ大きなガルムをギガントガルムって呼ぶらしい。
そのままだけど、めちゃくちゃ強そうだね……!
ガルムガードにギガントガルム、そしてこの洞窟で暮らすたくさんのガルムたち。
群れというより、まさに一つの軍隊だ。
そして、その軍隊の頂点に立つ主は、空間の最奥──円形に削り出された巨大な石の玉座に、静かに横たわっていた。
身体は普通のガルムよりずっと大きいけど、ルドルフほどではない。
毛並みは真っ白で、身体は正直、痩せこけているという感じだった。
それなのに、その痩せた身体からは、ギガントガルムさえ霞んで見えるほどの威圧感が放たれていた。
そして何よりも特徴的なのは、頭部から伸びる、巨大な漆黒の二本角。
大きく湾曲したそれらは、正面から見ると、まるで王冠のような輪郭を作っていた。
「……やっぱり、この群れの長はガルムロードか。そりゃ、この規模にもなるわけだ」
「ガルムロード……!!」
ほぼ全てのガルムが本能的に服従するとされる、ガルムたちの王──ガルムロード。
さっきトネリコさんから話を聞いたばかりだけど、まさか早速お目にかかれるとは……!
でも正直……私の中ではもっとデカくてムキムキなのを想像していた……。
「ですが、かなりの老体に見えますね。きっと長い年月、この群れを率いてきたのでしょう」
「そうみたいですわね……」
ガルムロードは身体を起こすことすら辛そう……。
ガルムガードとギガントガルムも、ガルムロードを守るのに集中しているように見える。
……もしかして、これだけの数のガルムがいながら、群れ全体が全力で戦えていない理由って──。
「じゃ、まずはガルムロード本人に話を聞いてみるか」
そう言って、ソヨゴさんがガルムロードに近づこうとした、その瞬間。
入口にいた二匹のガルムガードが、一瞬でソヨゴさんの前へ回り込んだ。
──速い!!
私には、二匹が動き出した瞬間すら見えなかったよ……!
そして同時に、奥で伏せていたギガントガルムもゆっくりと頭を上げ、洞窟全体を震わせるような低い唸り声を漏らす。
三匹から放たれた恐ろしいほどの殺気に、部屋の空気が一瞬で張り詰めた。
「待った待った。戦いに来たんじゃない。話を聞きたいだけなんだがー?」
ソヨゴさんが両手を上げてそう弁明するけど、ガルムたちの殺気は収まる気配がない。
今にも戦いが始まってしまうんじゃないか──そう思ったとき。
ガルムロードが、片目をうっすらと開いた。
その瞬間、場の空気が一変した。
ガルムガードは一歩下がり、ギガントガルムも殺気を消し、皆ガルムロードへ深く頭を垂れたのだ。
「……お、話の分かるやつで助かる。ソヨゴだ。あんたたちに何があったのか、聞きに来た」
ソヨゴさんが名乗ると、ガルムロードはゆっくりと両目を開き、ソヨゴさんをじっと見つめる。
そして、低い声を漏らした。
「……ウォゥ……グルル……」
「……なるほどね。そういうことか」
ガルムロードの声を聞くたび、ソヨゴさんの表情が少しずつ険しくなっていく。
やがて一通り話を聞き終えたのか、ソヨゴさんが私たちへ振り返った。
「このパラグナ湖盆には、百を超えるガルムが暮らしてる。普段は群れごとに別の縄張りで暮らしてるけど、ガルムロードが一声上げれば、全部の群れが一つにまとまる。で、全てのガルムが、このガルムロードの指示一つで動くってさ」
「百を超えるガルムが、一つの指示で動く……。もはや軍隊ですわね」
「そう。これだけの数が一つになって戦えば、これまで負けなしだったはずだ。でも今回は──」
「それができなかった。ガルムロードが、ほとんど動けない状態になってしまったからですね」
トネリコさんはそう言って、横たわるガルムロードへ視線を落とした。
「相当な老体みたいだな。ずっとずっと、このパラグナ湖盆のガルム全体をまとめてきたわけだ。だからガルムロードが動けないと、全体も動けない。しかも、後を継げる個体もまだいないってさ」
「なるほど……」
ガルムロードが動けなくなり、全体へ指示を出せなくなった。
それでも、ガルムたちは何もしなかったわけじゃない。
自分たちの縄張りを守るために、いくつもの群れが、侵入してきた何かに戦いを挑んだらしい。
けれど、ガルムロードの指示がないため、全ての群れが一つになることはできなかった。
それぞれの群れが、それぞれ個別に戦いを挑むことになってしまったのだ。
そして──返り討ちにされた。
さっき見かけた傷だらけのガルムたちも、その戦いから何とか戻ってきた個体だったんだ。
「ガルムガードとギガントガルムは、ガルムロードを守る役目があるから、ここを離れられない。その間にも獲物は減って、腹を空かせた連中がどんどん弱ってる」
「……完全な悪循環ですわね」
大きな群れだからこそ、それをたった一匹でまとめていたガルムロードが動けなくなった影響も、それだけ大きかったんだ。
私は、石の玉座に横たわるガルムロードを見つめる。
苦しそうだけど、その目だけはまっすぐにこちらを見つめていた。
「……その、ガルムたちをここまで追い詰めた相手って、どんな魔物なんですか?」
私が尋ねると、ソヨゴさんがその言葉をガルムロードへ伝えてくれた。
ガルムロードは、再び低く、長い声を上げる。
「ウォォ……グルルル……」
ソヨゴさんはじっと耳を傾ける。
そして、聞き終えたところで、一度だけ小さく息を吐いた。
「二本の後ろ脚で立って走る。長い尾と短い前脚があって、全身は硬い鱗に覆われてる。後ろ脚には大きな鉤爪がある……らしい」
「それは……まさか……」
トネリコさんとソヨゴさんが、お互い頷いた。
「──恐竜種だな、たぶん」




