109 パラグナ湖盆
ガルムたちに先導され、私たちはヴァルプニルに乗ったまま、その後を追う。
大きな岩と岩の隙間にある細道を通って、緩やかな坂を上ると、
そこには巨大な岩山に周囲をぐるりと囲まれた、とんでもなく広い盆地が広がっていた。
見渡す限り青緑色の草原が広がっていて、ところどころに大小さまざまな湖が点在している。
「ここが、パラグナ湖盆です。青緑色のパラグナ草が一面に広がる景観で知られていて、時折、観光目的で訪れる方もいるくらいですよ」
「まあ、ここまで来るの普通に大変だし、魔物も出るからな。護衛を雇ってまで見たい物好きな金持ちくらいしか来ないぞー」
確かに、これはわざわざ護衛を雇ってでも見に来る価値はあるかも……!
そんな壮観な景色に目を奪われていると、ひゅーっと風が吹き抜けて、青緑色だった草原が白銀色に塗り替わっていく。
パラグナ草の細長い葉が風にあおられて裏返り、銀白色の葉裏が一斉に姿を見せたのだ。
白銀の波は草原の端から端へと走り、そのまま湖の水面へ消えていった。
「すごい……。とても綺麗ですわね……」
「綺麗だな。……いや、綺麗すぎないか? 前に来たとき、ここまでじゃなかったぞ」
「ええ。おそらく、例年よりもパラグナ草が多く残っているせいでしょうね……」
「……というか、魔物が全然いないの何?」
トネリコさんとソヨゴさんは、何か考えながら、険しい顔で草原を見渡していた。
話についていけてない私は、素直に二人に聞いてみることに。
「パラグナ草が多い? 魔物がいない? どういうことですか?」
「例年よりパラグナ草が多く残っている。つまり、それを餌にする草食魔物の数が減っているように見える、ということです。実際、この時期なら見えるはずのタラプの群れが、一つも見当たりません」
トネリコさんの言葉を受け、リンドールさんも改めて草原へ視線を巡らせる。
「なるほど……何らかの原因で草食魔物が減り、その結果、食べられずに残ったパラグナ草が、これほど美しい景色を作り出している……ということですのね」
「そういうこと。前に来たときは、ここまで観光名所みたいじゃなかったぞ。この時期なら、そこら中にタラプの群れがいていいはずなんだがー?……これじゃ、ガルムが湖盆の外まで餌を探しに出るのも当然だな」
「草食魔物が激減した原因が、どこかにあるということですね。それが噂の外来種によるものなのかは──この先で話を聞けば、はっきりするでしょう」
二人の話を聞いているうちに、さっきまであんなに綺麗に見えていた草原が、急に寂しい、そして不穏な場所に見えてきたよ……。
私たちはガルムたちの後を追って、湖盆の奥──岩山の麓へと進んでいくと、洞窟が見えた。
ここが、ガルムたちの住処みたい。
最初は自然にできた洞窟なのかと思ったけど、それにしては入口の形が整いすぎているような……。
ガルムたちが頑張って掘ったのかな?……でもこんな硬そうな岩をどうやって?
そんな疑問を抱いている間にも、ガルムたちはためらいなく洞窟へ入っていく。
洞窟の入口でヴァルプニルから降り、二頭にはその場で待っていてもらうことにして、
私たちもその後を追って中へ足を踏み入れると──。
「すごっ……ガルムだらけですわね……!」
リンドールさんの言葉通り、洞窟の中には、大小さまざまなガルムたちの姿があった。
しかも、普通のガルムばかりじゃない。
一回り大きなガルムリーダーっぽい子や、魔獣ショップリーフェンで見たハイガルムっぽい子もちらほらいる。
ざっと見ただけじゃ、とても数えきれないほど。
しかも洞窟はさらに奥まで続いているみたいだし、この群れ……もしかして、百匹くらいいるんじゃないかな!?
「なんだか、群れっていうより、一つの村みたいですね」
「実際、近いものだと思いますよ。ほら、あそこを見てください」
「えっ……岩を食べてる!?」
トネリコさんが指差した先では、ずんぐりとした体つきの、銅褐色のガルムが岩壁に噛みついていた。
──がりっ! ごりっ!
めちゃくちゃ硬そうな岩を、まるでクッキーでも齧るみたいに、次々と噛み砕いていく。
砕いた岩の一部はそのまま飲み込み、残った欠片を前足で器用に後ろへ掻き出していた。
「ロックイーターと呼ばれる、珍しいガルムですね。ああして岩を食べるのですが、ここではああして岩壁を削り、棲み処を広げる役割を持っているようです」
「顎強いですわね……」
それぞれが役割を持ってるなんて、本当に人間社会みたいだ。
……だけど、そんな立派な棲み処とは対照的に、ここのガルムたちはなんだか元気がないように見えた。
エサが足りないのもあるんだろうけど、それだけじゃなくて、群れ全体の活気がないというか……。
同じことを感じたのは、私だけじゃなかったみたい。
「……何だ? ここの連中、揃ってずいぶん元気ないな」
「そうですね……。ですが、空腹で気が立っている様子もありません」
「……あー。これ、もしかして」
「何か思い当たることがあるんですか?」
「……まあとにかく奥で話を聞いてからだ」
ただ、そんな中でも一部のガルムには、よーく見ると身体に傷を負っている子もいるみたいだった。
片脚を引きずっていたり、まだ乾ききっていない血がこびりついていたり。
……もしかしてあの子たちは、何かと戦って、それでも何とかここまで帰ってきたガルムたちなんじゃ……。
「……なるほどね。戦おうとはしたらしいなー」
ソヨゴさんは、傷ついたガルムたちの声に耳を傾けるように目を細めそう言った。
つまり、ガルムたちは戦おうとしなかったわけじゃないみたい。
一部のガルムは、縄張りに入り込んだ何かを追い払おうとして、できなかったんだ。
これだけの数のガルムがいて……?
しかもハイガルムのような上位個体もいるのに……?
それとも、群れ全体で戦えない、何か別の理由が……?
私がそんな疑問を抱いたときだった。
「ヴォル──わふぅん」
「グルル──わふぅん」
洞窟のあちこちにいたガルムたちの目が一斉にハートになった……!
もしかして……と思い、抱っこ袋を見ると、そこからひょっこりと白い顔が覗いていた。
……ミルちゃんが顔を出したんだ……。
さっきまでぐったりと伏せていたガルムたちまでもが、目をハートにしてこっちに集まってくる。
尻尾まで振って、ついさっきまでの元気のなさが嘘みたい……。
「──これは……」
「すごいな、その白いガルム! さっきまであんなに沈んでた群れが、一気に元気になったぞ」
「単純ですわね……。いえ、それだけ白もふさんの美貌が凄まじい、ということでしょうか……」
ミルちゃんに目を奪われ、ぞろぞろと私たちの後ろについてくるガルムたち。
何だか一気に洞窟全体が活気を取り戻した気がするよ……。




