107 魔獣ヴァルプニル
パラグナ湖盆へ向かうことになった私たちは、移動用に緑ギルド保有の魔獣を借りることになった。
一瞬、この際だからグラニルを召喚しようかとも考えたけど、そもそも今の私の魔力が足りなくて断念。
無理やり【低級魔石の指輪】を着けまくっても足りないし、【時短召喚術】を使って召喚しても一度きりしか召喚できない。
つまり、行き用に召喚したら帰りに困ることになるわけだ。
──というわけで、私たちはお店の近くにある緑ギルド管理の魔獣小屋に向かった。
魔獣小屋と聞いていたので、小さな厩舎みたいな場所を想像していたんだけど……。
着いた先にあったのは、高くて頑丈そうな壁に囲まれた、厩舎というより砦のような場所。
入口には分厚い扉が設けられ、その左右には警備の人まで立っている厳重さ。
しかもよく見ると、その扉には細かな術式まで!
「すごい厳重なんですね……!」
私が思わずそう呟くと、トネリコさんが笑って答えてくれる。
「ええ。魔獣は大切な財産ですから。特に我々緑ギルドにとっては。それに、脱走でもされたら街が大騒ぎですからね」
トネリコさんは扉の横まで歩くと、短く何かを唱え、壁に埋め込まれた金属板へ手をかざす。
すると、重そうな扉が自動でゆっくりと開いていく。
扉の向こうには、中央を真っすぐに伸びる広い通路と、その両側に頑丈な柵で仕切られた飼育区画が並んでいた。
魔獣小屋という名前から、もっと薄暗くて独特な臭いのする場所を想像していたけど、床も壁もすごく綺麗で、魔獣の臭いもほとんどしない。
よく見ると、天井や壁のあちこちに何か魔術具のようなものが設置されているように見えた。
あれが、換気や消臭の役割を果たしているのかも。
そして、各飼育区画では、さまざまな魔獣が飼育されていた。
パラッパ・レードとのギルドバトルで見た、馬のような魔獣──グラニルや、
初めて見る大きな枝角を生やした鹿のような魔獣、
そして……。
「あっ、ワイバーン!」
そこには鎖で繋がれている、以前灰焔の地下溶岩洞で見た、空飛ぶ魔物のワイバーンが。
「はい。緑ギルドでは、飛行型の魔獣も数多く保有していますので」
「飛行騎獣隊もいるぞ。中には、蒼穹大翔天の選手までいる。空で相手したら、まあ面倒だなー」
蒼穹大翔天って、どこかで聞いたような……。
──あ、パンさんが大好きらしい、空のレースだったっけ。
そんなレースに出場する選手まで所属している飛行騎獣隊──敵に回したら、確かにかなり厄介そう。
別に緑ギルドと戦う気はないけど。
なんて考えながらさらに奥へ進み、案内された先にいたのは、グラニルみたいな馬型の魔獣が二頭。
でも、体つきがグラニルとは全然違う。
グラニルが筋肉質でがっしりとした体つきなのに対し、目の前の二頭はすらりと細身。
四本の脚も驚くほど長く、全体的に無駄のない、いかにも速そうな体つきをしている。
「ヴァルプニル……随分と良い魔獣を用意してくださいましたのね」
「当然ですよ。こちらから同行をお願いしたのですから」
この二頭は、ヴァルプニルというらしい。
「ヴァルプニル……」
「初めて見るのか? ヴァルプニルはグラニルの上位種。あと、普通に引くくらい高い」
「我々緑ギルドでも、保有しているのは百数十頭ほどですから」
「ひ、百!?」
「いや当たり前だが。緑ギルド、三万人くらいいるんだがー?」
「ええええええ!? そんなに!?」
「正確には、約三万一千人、ですね。もちろん、関連ギルドを含めた緑ギルド全体の人数ですが。五大ギルドの中では、緑ギルドが最も所属人数が多いんですよ」
「へえー、そうなんですね……」
そもそも、冒険者ってそんなにいたんだ……。
でも、三万一千人に対して百数十頭しかいないのなら、確かにかなり少ない。
選ばれた人だけが乗れる、特別な魔獣って感じなのかも。
「一頭は、私がここまで乗ってきた子です。もう一頭は、緊急時の移動用として、こちらで管理してもらっている子ですね」
「なるほど……」
それほど希少な魔獣まで預かっているのなら、警備が厳重になるわけだね。
「それでは、二頭にどう分かれて乗るかですが──」
「マスターは私の後ろに」
「──アルテミスさんは、騎乗の経験がおありなのですか?」
「当然だ」
「じゃあ、お願いねアルテミス!」
というわけで、私とアルテミスが一頭。
もう一頭には、トネリコさんが前、リンドールさんがその後ろに乗ることになった。
そして、ソヨゴさんはもちろんルドルフだ。
アルテミスが先に、慣れた動きでヴァルプニルの背へ跨る。
……様になるなあ。
続いて、私も手を借りながら、その後ろへ乗せてもらう。
ミルちゃんは、さっきお店で買った抱っこ袋の中だ。
「マスター、私の腰へしっかりと掴まってください」
「え、うん」
私は言われた通り、アルテミスの腰へ腕を回す。
「……もっと強くお願いします。走行中に振り落とされては危険です」
「分かった」
さらに力を込め、アルテミスの身体へぎゅっと抱きつく。
するとアルテミスは前を向いたまま、満足そうに小さく頷いた。
「準備できたかー? よし。行くぞ、ルドルフ!」
ソヨゴさんはそう声を上げると、すさまじい跳躍力でルドルフの背へ飛び乗る。
こうして私たちは、パラグナ湖盆へ向けて出発した。




