106 リンドールさんの裏切り……!?
……何とも言えない沈黙が流れる中、私は思い切って声を上げることに。
聞きたかったのは、さっきから名前が出ているエンジュという人について。
「あの、話の途中ですみません。……エンジュさんって、どなたなんですか?」
トネリコさんの反応を見るに、何やら警戒した方がいい人らしいけど、
ソヨゴさん曰く、リンドールさんがいなくなったせいで大変なことになっているとか。
つまり、リンドールさんとかなり親しい人……なのかな。
私の質問に、リンドールさんは凄くイヤそうに目を伏せつつも、答えてくれる。
「……わたくしと同い年の、血の繋がりのない姉ですわ」
「あ、お姉さんだったんですね!」
「アレは姉妹愛で片づけていい感情には見えないんだがー?」
「……最近はどのような様子ですの」
「そうだなー。毎日『今日は帰ってくるか』って聞いてるらしいぞ。リンドールのお父さんが何とか誤魔化してたけど、最近は『自分で探しに行く』とか言い出した。そろそろ限界だなー」
「リンドールさんのことをすごく心配してるんですね……!」
「……心配しているというか、なんというか……」
トネリコさんが何とも言いづらそうな顔をしたそのとき、リンドールさんが話を打ち切るようにパンッと両手を叩いた。
「それよりも! ソヨゴは何をしていたんですの?」
「あー! そうだった。仕事の途中なんだった。今からパラグナ湖盆に行くところ」
パラグナ──どこかで聞いた名前だと思ったら、私が召喚できる植物の一つに、パラグナ草というものがあった。
もしかして、パラグナ草が群生しているから、そう呼ばれているのかな。
「パラグナ湖盆へ? どのような依頼ですか?」
「あそこ、ガルムたちの根城だろ? 最近、群れごと人里に下りてきてるらしくてさー」
「なるほど。魔獣と会話できるソヨゴに、ガルムたちから事情を聞いてほしいということですね」
「そういうことだなー」
なるほど。魔獣と話せるなら、こういう依頼にはうってつけだよね。
……というかそもそも、魔獣と会話できるって何なんだろう?
まあ緑ギルドの最上位ギルドに所属している人だし、何でもありなのかもしれないけど……魔法か何かなのかな?
「ガルムって、普通は縄張りから出ないだろ? なのに、いくつもの群れが揃って人里まで下りてる。どう考えても普通じゃないんだよなー」
「そうですね。……それにしても、パラグナ湖盆ですか。あの一帯では最近、外来種らしき魔物の目撃情報も出ていますね」
「へえ、外来種。じゃあ、そいつに追い出されて、ガルムたちが逃げてきた可能性もあるな」
外来種って、ブラックバスとかアメリカザリガニとか、そういうやつ……?
少し気になって、私は尋ねてみる。
「あの、外来種って……もともとその土地にいなかった魔物が、どこかから移り住んできたってことですか?」
「はい、おおむねその認識で合っています。外来種は、生態系に大きな影響を及ぼすことが多いんです。もともといた魔物を縄張りから追い出し、その魔物が人間の居住区へ流れ込んだり、天敵がいないうえに餌が豊富なため、異常繁殖したり……」
めっちゃ前の世界と同じだ……。
魔物になっただけで、起きる問題は変わらないんだね。
「でしたら早く向かった方がよろしいのではありませんの? こんなところで油を売っていないで」
「そのつもりだったんだよ。なのにルドルフが、その白いのに夢中で全然言うこと聞かない。困ってるんだがー?」
「そ、そうでしたわね……」
ソヨゴさんはルドルフを見上げた。
ルドルフは壊れた入口から頭を突っ込んだまま、やっぱりそっぽを向きつつ目はミルちゃんを見つめている。
ちょっとかわいいかも。こんなに大きな魔獣だけど。
「ルドルフがいないと、行くだけでも時間がかかるんだよ。それに、ガルムの群れを探すのもこいつ頼み。──おい、ルドルフ。そろそろ言うこと聞いてくれよー」
ソヨゴさんが呼びかけると、ルドルフは低く喉を鳴らした。
「ヴォウ……ウォゥン……」
「……いや、まじか」
「なんて言ってるんですか?」
「『彼女にも来てほしい』だって」
「え、ええっ!? 彼女って、ミルちゃんですか!?」
「そう。……え? なになに……。『俺の活躍する姿を見てほしい』……なんだよ、直接言えよー」
「恥ずかしいんでしょうね! こんな上位個体でも、そういうところがあるんだ……」
ピルカさんは、新しい発見でもしたように目を輝かせていた。
「というわけで、サキ。ついてきてくれ」
「何でですの。わたくしたちには関係のない話ですわ。ね、サキさん!」
「え、ま、まあ……。午後は特に予定ないですけど」
「余計なこと言わなくていいですわ。さあ、お二人ともさっさと帰ってくださいま──」
「来ないとリンドールがここにいるってエンジュに伝えるけど」
「──サキさん。考えてみれば、ソヨゴが一緒なら危険は少ないですわ。外来種の件も気になりますし、ガルムたちが人を襲うような事態になる前に、早急に解決すべきではありませんか?」
「寝返った!?」
「……すみません、サキさん。私も同行し、危険な目には決して遭わせませんので。……はあ、午後の仕事を調整しなければなりませんね」
……えっ、もう私も行くことになってる?
まあでも、同行するソヨゴさんとトネリコさんは、どちらも緑ギルドの最上位ギルドのメンバーだし、アルテミスも一緒。
目的はガルムたちから事情を聞くことだから、危険が少ないのは本当かも。
それに、野生の魔物を見られる良い機会かもしれない。
もしかしたら、パラグナ草も見られるかもしれないしね。いつか召喚する前に、本物を見ておきたいし。
……そういえば、肝心のミルちゃんはどう思ってるんだろう?
「……分かりました。私たちも一緒に行きます!──なんですが、ちなみにミルちゃんは何て言ってるんですか?」
「……『お手並み拝見』だって」
「見た目に似合わず硬派ですわね!?」
「よしルドルフ。格好いいところ見せるぞー」
ルドルフはそれに応えるように、店内を震わせるほど大きな遠吠えを上げた。




