105 アステルガルムとソヨゴさん
現れた少女は、私よりも小柄だった。
でも、彼女が跨っている魔獣は、ビルの二階に届きそうなほど巨大だ。
魔獣は壊れた入口の外に巨体を残し、頭だけを店内へ差し入れていた。
「ひいい!?」
私はすぐにアルテミスの後ろに隠れる。
さっきまでミルちゃんにメロメロだった二匹のハイガルムくんも、すっかり怯えてしまって、お腹を地面につけて伏せていた。
すると、アルテミスはその巨大な魔獣を見上げ、ボソッと呟いた。
「……アステルガルム?」
「アルテミス、知ってるの?」
「はい、マスター」
「アルテミスさんもご存じですの?」
アステルガルム──それが、あの巨大な魔獣の種類らしい。
リンドールさんも反応的に知っていたみたいだ。
お父さんが翠環府のメンバーらしいし、知っててもおかしくないか。
「──噂をすれば、ですね。この人です」
トネリコさんがアステルガルムに跨る少女を見上げ、口を開いた。
「この人……?」
「ガルムと会話できる、うちのメンバーですよ。──ソヨゴ、駄目じゃないですか。店を壊したら」
トネリコさんが穏やかにたしなめる傍らで、グレッタさんは壊れた入口を見つめながら、「ああ……うちの店が……首になる……」と力なく呟いていた。
グレッタさん、苦労人すぎる……。
一方、店をぶっ壊した当の少女は、舞い上がっていた木屑がようやく収まると、アステルガルムの背からトンっと飛び降りた。
結構な高さがあったと思うけど、少女は何でもないことのように軽やかに着地し、そのまま真っすぐ私を見つめてくる。
「な、なんでしょう……?」
私がおそるおそる尋ねると、少女は私──というより、腕の中のミルちゃんを指さす。
「その子かー? うちのルドルフをたぶらかしたの。……いや、何してくれてるんだー?」
店内に少女の大きな声が響き渡る。
その横では、ルドルフと呼ばれたアステルガルムが、ミルちゃんなど気にしていないと言わんばかりにそっぽを向きながらも、目だけはしっかりとこっちを見ていた。
「た、たぶらかす……?」
誑かした覚えは──ある? ミルちゃん。
……なさそう。
それにしても、あんな大きな魔獣を前に、ミルちゃんはまるで動じていない。
ハイガルムくんはすっかり怯えてるのに。
流石、傾国種……なのかな。
「ルドルフが急に言うこと聞かなくなってさー。ここに来るって聞かないんだよ。なので来た」
「な、なるほど……?」
「ルドルフがここまで言うこと聞かないの、初めてなんだがー? で、原因は……その見るからに雑魚そうなガルム。君の仕業だな?」
「ざ、雑魚!?」
……正解です。
飼い主に似て、ミルちゃんはよわよわなんです。
「ソヨゴ、やめてください……」
「ん、トネリコもいたのかー」
「最初からいましたよ……」
「……ん、ルドルフ、どした?」
トネリコさんのことなどどこ吹く風で、ソヨゴさんはルドルフを振り仰ぐ。
すると、ルドルフは応えるように巨大な顔を下ろし、口元をソヨゴさんの耳元へ近づけた。
……今にもぱくっと食べられちゃうんじゃないかと怖いよ……。
「……え、まじ? まあ、そういうことなら応援するけど。──というわけで」
再びこちらへ向き直ったソヨゴさんは、今度はミルちゃんをビシッと指さした。
「その子、うちのルドルフのお嫁さんにください!」
──店内に、何とも言えない沈黙が流れた。
「……あれ、違った? じゃあ──結婚を前提に、うちの子とお付き合いさせてください! これならどうだ」
「いやソヨゴ、言葉の問題じゃないんです……常識の問題なんです」
トネリコさんが、すかさず間に入ってくれた。
「自己紹介もまだでしょう。すみません、サキさん。……ピルカちゃん、グレッタさん。お店の修繕費はこちらで出すので……」
その一言を聞いた途端、グレッタさんの顔がぱっと明るくなった。
すごい、なんだか板挟みの中間管理職を見ている気分だ……!
「こちらは、ソヨゴ。翠環府には魔獣の言葉を聞き取れる者がいる、と言いましたが、彼女がその人なんです」
「ソヨゴだ。末永くよろしく」
末永く……?
私が不穏な一言に気を取られている間にも、トネリコさんが紹介を続ける。
「そしてこの魔獣が、アステルガルムというガルムの一種です。名前はルドルフ」
「アステルガルムは、魔獣の中でも最強の一角なんだぞ。どうだ、優良物件だろー?」
「……へえ、すごいですね!」
まあ、明らかに大きいし強そう。
最強の一角なのも頷ける。
でも、まだミルちゃん召喚して一時間も経ってないよ!?
いきなり結婚とか言われても……!!
「強くて大きくて一途。結婚相手として悪くないと思うんだがー?」
「……。あの、私はサキといいます! こっちはアルテミスで、こっちは──」
リンドールさんのことは……言わない方がいいよね。
実際、リンドールさんも気まずそうに顔を背けていた。
「──同じギルドのメンバーです!」
私が上手いこと濁した気になった直後。
「……おい、リンドールじゃん。何で他人のふりしてるの?」
ソヨゴさんがリンドールさんの顔を見て、平然とそう言い放った。
……バレました。
「くっ……。──あら、ソヨゴじゃありませんこと。お久しぶりですわね」
「なんだよー。君がいないせいでエンジュがめちゃくちゃ大変なんだが? そろそろ一回くらい帰ってやれよー」
「か、帰りませんわ」
「でも、リンドールのお父さんも普通に心配してるぞ。顔くらい見せた方がいいんじゃないかー?」
「か、かえらないのです」
「いや別に家に戻れとは言ってない。顔を見せて親を安心させるくらいはしてもいいだろ、という話なんだがー?」
「……うぅ…………」
えっ、めっちゃ正論!?
リンドールさんはぐうの音も出ず、ソヨゴさんから目を逸らした。




