102 傾国のガルム
二匹のハイガルムくんは、相変わらずガルムちゃんに釘づけだった。
試しに、私は抱きかかえているガルムちゃんを右へ動かしてみる。
──すると、二匹のハイガルムくんの顔も、揃って右へ動いた。
今度は左へ。
──やっぱり、二匹の顔も左へ。
さらにガルムちゃんを高く持ち上げてみると、二匹とも座ったまま、ぐいっと顔を上げた。
やっぱりこれは……。
「……完全に白もふさんしか見えておりませんわね」
「やっぱりそうですよね」
リンドールさんの言う通り、二匹のハイガルムくんはどう見てもガルムちゃんにメロメロだった。
さっきまで私たちに向かって唸ってたのが嘘みたい……。
これを見ると、頭が良く、調教も難しい第四天位相当の魔獣だとは思えないよ。
「えっ、あれ? どういうことですかこれ!? このハイガルムたちって、まだ調教前なんですよね!?」
「そうなんですが……これは……」
トネリコさんは戸惑いながらも二匹の前にしゃがみ込み、その目の前で何度か手を振る。
けれど、二匹はトネリコさんを見向きもせず、ガルムちゃんに釘づけのまま。
その様子を見て、トネリコさんは少し考え込む。
何か心当たりがあるのかな?
「……魅了? いや、少し違う……」
トネリコさんは立ち上がると、二匹の引き綱を軽く引いた。
けれど、二匹とも四本の脚に力を入れて踏ん張り、ガルムちゃんのそばから離れようとしなかった。
その一方で、ガルムちゃんが小さく首を傾げるだけで、二匹のハイガルムくんは同時に頭を低くした。
まるで、命令を待っているみたいに。
「……これは……」
「な、何か分かったんですか……?」
「いえ、何も分かりません」
「分からないんですか!?──いてぇ!」
すかさずグレッタさんのげんこつがピルカさんの頭に落ちた。
トネリコさんはそれを特に気にした様子もなく、話を続けた。
「ははっ。私なんて分からないことだらけですよ。ただ、まさかガルムのことで分からないことがあるとは思いませんでしたが。どうやらこの子たちは、その白いガルムに服従しているようです」
「服従……つまり、この白いガルムは、ハイガルムの上位種……ということでしょうか」
「うーん……それとは少し違うように見えますね」
トネリコさんはグレッタさんの問いにそう答えながら、一匹のハイガルムくんの頭を撫でる。
それでもやっぱり、ハイガルムくんはガルムちゃんを見つめたままだった。
「ハイガルムもまた群れを作り、その主に従います。その群れを率いるのは、ハイガルムリーダーと呼ばれる上位個体。しかしそのさらに上には、ほぼ全てのガルムを束ねるガルムロードが存在するんです。ガルムたちは、ガルムロードを前にすれば本能的に服従する。そしてごく稀にですが……そのガルムロードすら従える最上位個体──グレーターガルムロードが現れるとも言われています」
「グレーターガルムロード……!」
名前を聞いただけで、ものすごく強そう……!
──ん? ということは、このガルムちゃんがその、グレーターガルムロードだったり……?
そんな私の「まさか」な予想は、トネリコさんにすぐに否定された。
「上位個体に従うのは、ガルムが本能的に序列を感じ取るからです。そのとき彼らが見せるのは、畏怖の感情。……少なくとも、こんなふうに尻尾を振って喜んだりしません」
二匹のハイガルムくんは、相変わらず目をハートにして、ガルムちゃんへ熱い視線を送り続けている。
太い尻尾も、さっきから地面をバタバタと叩きっぱなし。
……確かに、どこからどう見ても"畏怖"ではなさそう。
むしろ、嬉しそう、というか……。
デレデレしてる……?
「つまり、この反応は上下関係による服従じゃない……ということですか?」
「ええ。強者として恐れているわけではなさそうです。この子に自ら従いたい──そう思っているように見えますね」
「自分から……? そんなことってあるんですか?」
「私も魔獣使いになって長いですが、初めてですよ、こんなことは。実に興味深い。ハイガルムほどの上位種の心を奪い、本能的な序列とは全く異なる形で付き従わせる。だとすれば、サキさんが召喚したこのガルムは──」
トネリコさんは、私の腕の中にいるガルムちゃんを見つめながら、面白そうに笑った。
「"傾国の美女"──ガルムたちにとって、信じられないほどの美人なのかもしれませんね」
私は、腕の中のガルムちゃんへ視線を落とした。
当のガルムちゃんは、そんな話など知ったことかとばかりに、大きなあくびをしている。
その姿に、群れを従える王のような威厳は一切ない。
というか、今にも寝そう。
……美人というか可愛い系じゃない?
そう思ったところで、ふと、黒塔でのイッシキさんの言葉を思い出した。
「……そういえば以前、この子を魔物に詳しい方に見ていただいたときは、ただ可愛いだけの"愛玩種ガルム"って言われたんですけど、結構いい線いってたんですね……」
私がそう話すと、トネリコさんはまた楽しそうに笑った。
「ははっ、愛玩種ガルムですか。なるほど、確かに言い得て妙かもしれません。ですが、このガルムはただ愛玩されるだけの存在ではないように思います。強いて言うなら──"傾国種ガルム"といったところでしょうか」
「傾国種ガルム……」
なんかカッコいい呼ばれ方だけど、要するにめっちゃ可愛いってことだよね。
これも"異常個体"なのかな。
でもまさか、ガルムちゃんの異常性が、かわいさだけで同族を付き従わせることだとは思わなかったよ……。
いや、かわいいけど。めちゃくちゃ。
「そうだ。せっかくですし、この子のステータスも測ってみませんか? 何か分かるかもしれませんし」
「あっ! 確かに測ってみたいかもです!」
トネリコさんの提案に、私は二つ返事で答える。
やっぱり一度きちんと調べてもらった方がいいよね、実はめっちゃ強いかもしれないし。
でも戦わせないけど。私の一存で。
「お願いします!」
「では、店の中へ戻りましょう」
……未だに、二匹のハイガルムくんは私の腕の中のガルムちゃんをうっとりと見つめていた。
「(マスターの方が可愛いですよ)」
「(そのフォロー要らないから)」




