101 リンドールさんの正体!?
バジリスクのタマゴの件はひとまず胸の奥にしまい込み、私たちは再び石造りの通路を進んでいく。
いくつか飼育区画を通り過ぎた先には、分厚い扉があった。
それにグレッタさんが両手をかけ、ぐっと力を込めて押し開く。
扉の向こうには、これまでの閉ざされた飼育区画とは打って変わって、開放的な庭が広がっていた。
「ここは、お店の子たちを運動させたり、必要なときには魔獣使いの方をお呼びして、調教をお願いしたりするための庭なんです! 広くて気持ちのいい場所でしょう!」
「本当ですね、ここならさっきのバジリスクも思いきり走り回れそう……!」
「はい! それに、壁際にはうすーい結界も張ってあって、脱走も防いでくれるんです!」
どこか得意げなピルカさんは、両腕をいっぱいに広げて、庭を紹介してくれた。
確かに壁には術式のようなものが刻まれていて、あれが脱走防止の結界になっているのかな。
それに、よく見ると庭の端っこにはなにやら訓練に使いそうな道具がまとめて置かれている。
あれでお店の子の訓練をするんだろう。
……あれ? よく見ると、庭の奥に先客が三人──いや、一人と二匹。
あの二匹……ガルム、だよね?
私が目を凝らしていると、向こうもこちらに気づいたらしい。
二匹を連れたその人が、ぱっと手を振りながらこっちへ歩いてきた。
「ピルカちゃんにグレッタさん!」
「あっ、トネリコさん! いつの間に来てたんですか!?」
「つい先ほどです。裏門からお邪魔しましてね。少し、庭を使わせてほしくて」
「もちろん問題ございません、トネリコ様。それと、何度も申し上げておりますが、我々に敬語は不要です。……ピルカ。お前は逆だ。トネリコ様に対する言葉遣いを改めろと、何度言えば分かる」
「ははっ、それこそやめてくださいよ。私は翠環府じゃ下っ端なんですから」
ピルカさんは気さくに話しかけてるけど、その隣ではグレッタさんが深々と頭を下げていた。
この様子だと、トネリコさんは二人の上司──というか、かなり偉い人っぽい。
そして、その横では、連れていた二匹の魔獣が低く喉を鳴らしている。
見た目はガルムに似てるけど、どちらも普通のガルムより一回り以上大きくて、ちょっと怖いよ……。
「ところで、そちらの皆さんはお客さんですか?──あれっ、もしかしてリンドールお嬢様?」
「……ごきげんよう、トネリコさん」
「やっぱり! お久しぶりです。いやあ、何年ぶりでしょう? すっかり大きくなられて」
「ええ。トネリコさんも、お変わりないようですわね」
……あれ? トネリコさんとリンドールさん、知り合いだったの?
私が二人の顔を交互に見ていると、その視線に気づいたリンドールさんが、仕方なさそうに口を開いた。
「サキさん。こちらは、緑ギルドの最上位ギルド──翠環府に所属する冒険者、トネリコさんですわ」
「えっ、じゃあトネリコさんって、緑ギルドの最上位ギルドの方なんですか!?」
まさかそんな凄い人と、こんなところで会えるなんて……!
……でも、五大ギルドの偉い人と聞いて、ふとマギド・ゼブラスのことが頭をよぎる。
あのときみたいに、突然勧誘されたり、精神干渉されたりしないよね……?
いや、トネリコさんは見るからに優しそうだし、大丈夫だと思うけど……。
そんな私の警戒など知る由もなく、トネリコさんはあっけらかんと笑った。
「ははっ、所属しているだけで、私は末席ですよ。──それで、こちらは?」
「サキさんですわ。わたくしが現在所属しているギルドのメンバーです」
「サキ──って、ええっ!? まさか、グランベルジュですか!?」
トネリコさんが目を見開き、顎が外れそうなほど口をあんぐりと開けた。
それを見て、リンドールさんはうんざりした顔をする。
「ええ。トネリコさん──というか、誰にも言っておりませんでしたが、わたくしは今、グランベルジュにいますの。……その程度のことすらご存じなかったのですか?」
「ははっ、知っての通り、うちはこういう情報に疎いんで。いやあ、そうですか。リンドールお嬢様がグランベルジュに……これは、いい土産話ができました」
「……父に知らせるおつもりですのね。余計なことはなさらないでください」
「……あのー、さっきから何の話をしてるんですか?」
私が恐る恐る尋ねると、リンドールさんは小さく息をついた。
「……サキさんには、話しておきますけど……。わたくしの父は、翠環府のメンバーなのです」
「ええええええ!?!?」
今度は、私が顎が外れそうなほど口を開ける番だった。
いやお嬢様だとは思ってたけど!!
まさかお父さんが緑ギルドの最上位ギルドに所属してるなんて思ってもみなかったよ!!
……そんな開きっぱなしの顎を、アルテミスが指でそっと閉じてくれた。
「おや、まだお話ししていなかったのですか?」
「……話せばややこしくなりますもの。わたくしはただ、静かに錬金がしたいだけなのです」
「昔から変わりませんね。魔獣使いにはならず、錬金術師になるのだと家を飛び出したとは聞いていましたが……まさか、あのグランベルジュにいらっしゃるとは」
「──ああもう、その話は結構ですわ! それより、トネリコさんはここで何をなさっていたのです?」
リンドールさんが珍しく大きな声を出して、強引に話題を切り替えた。
「ああ、そうでしたね。この二頭のハイガルムを引き取りに来ていたんです」
「ハイガルム、ですか?」
「はい。簡単に言えば、ガルムの上位種ですね。まあ、大した魔物ではないですが、若手の魔獣使いに経験を積ませるにはちょうどいいんですよ」
「大した魔物じゃないなんて言えるの、トネリコさんくらいですよ! ハイガルムって、第四天位相当ですよね!?」
「そうですね、まあ大したことないは言い過ぎましたが……ハイガルムは頭が良いので、単調な調教では、なかなか従ってくれません。しっかり考えてやらないと。だからこそ、若手の訓練にはちょうどいいんです」
ハイガルム──確かに、普通のガルムより目つきが賢そうかも?
でも、さっきから「ぐるるる……」って唸ってるし、警戒心バリバリって感じだ。
このハイガルムくんをきちんと従わせることが、若手魔獣使いの訓練になるってことか。
「ああ、そういえば皆さんもご用事の途中でしたね。私のことは気にせず、どうぞ続けてください。──サキさん、後で少しお話が」
「やめてくださいませ」
「あ、あはは……えーっと、分かりました。それじゃあ──」
気まずい空気から逃げるように、私は庭の中央へ向かった。
散歩、ご飯、トイレ……飼う場合の注意点は一通り聞いたはず。
つまり、ガルムちゃんを正式にお迎えしても大丈夫ということだ。
軽く深呼吸をして、私はいつもの召喚の文句を口にする。
「【低魔召喚Ⅰ】──ガルム!」
私の言葉に応じるように、目前に白い魔法陣が展開される。
そこから現れたのは──真っ白でもふもふの、小さなガルムちゃん。
──ガルムちゃんご本人は、召喚されたことなどまったく気にしていない様子で、
お座りしたまま後ろ脚を上げ、耳のあたりをかいかいしている。
「──かわいい」
私は無言で近づき、ガルムちゃんを抱き上げる。
相変わらず、ふわふわ。そしてちょっと獣臭い。
私が久しぶりのもふもふを堪能していると、背後からグレッタさんたちの声が聞こえてきた。
「……このガルム……私は見たことがないな」
「えっ、グレッタ先輩がですか!?」
「私もです。しかし、私の知らないガルムがいるとは……。──えっ?」
「……わふぅん」
振り返ると、さっきまで低い唸り声を上げていた二頭のハイガルムが、お行儀よく並んで座っていた。
しかも、その瞳にはくっきりとハートマークが浮かび、うっとりとガルムちゃんを見つめている。
……太い尻尾まで、地面をバタバタと叩いていた。
──ちょっと! うちは恋愛禁止だからね!?




