100 魔獣ショップ リーフェン②
ついに100話! でもまだまだ続きます……!
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「どうでしょう、せっかくなのでこの機会に一匹」
店員さんがぐいぐいと身を乗り出してくる。
その圧に、私は思わず──
「う、うーん。どれにしようかな……」
「どれにしようかな、じゃないですわ。サキさん、白もふさんの件で来たんですわよね?」
──はっ!
そ、そうだった……! 危うく店員さんの営業トークに乗せられるところだった。
「そうなんです。店員さん、実は──」
私がようやく、本来の用件を切り出そうとしたとき。
「ピルカ、あんたまた何してるのよ!」
「いてぇ!」
ごつん、とピルカさんの頭に後ろからげんこつが落ちた。
「──グレッタ先輩!」
ピルカさんが涙目で振り返る。
そこに立っていたのは、同じ緑色の作業着を着た、ピルカさんより少し年上の眼鏡をした女性。
肘までまくった袖の先、褐色の腕には細かな傷がいくつも走っている。
見るからに魔獣の扱いに慣れていそう。
呼び方からすると、どうやらピルカさんの先輩みたいだね。
「全く! どう見ても、そちらのお客さんは別の魔獣について相談に来たんだろう? 用件も聞き終わってないのに、店の子を片っ端から紹介してどうする」
「で、でも先輩、このお客さん絶対押しに弱いですよ……? あと一押しで買ってくれそうで……」
「それ目の前で言いますの……?」
それはそう。
そして私が押しに弱いのも、そう……。
「そうだとしても、だ。勢いで買わせた挙句、『やっぱり飼えませんでした』じゃ、魔獣もお客さんもみんな不幸になるだろう! この子たちは商品である前に、生きてるんだから、考えて勧めな」
「は、はい……」
グレッタさんは、しゅんと肩を落とすピルカさんから私たちへ視線を移すと、軽く頭を下げた。
「すみませんね。この子、馬鹿がつくほど真面目で……というか馬鹿で」
「い、いえ! かわいい子をたくさん見られたので、私は楽しかったです!」
「ほ、ほら……」
ピルカさんが控えめに主張する。
「ほら、じゃない! どう考えてもお世辞だろう!」
「はい……」
もう一度げんこつを落とされそうになったピルカさんは、反射的に両手で頭をかばう。
……目の前でお世辞扱いされると少し気まずいよ!
「ほら。最初に応対したのはあんただろ。今度こそ、ちゃんと用件を聞きな」
「は、はい!──それで……なんでしたっけ?」
「あ、あはは……実は──」
私はやっと、召喚で出てくるガルムちゃんの話をした。
「えっ、召喚士だったんですか?」
「じ、実は……」
「へえ……お客さん珍しいですね。召喚士でうちに来るなんて」
「そうなんですか?」
「はい。うちに来るのは大抵、魔獣使いか、ペットに魔獣を飼いたいお金持ちですね。あとは、ギルドでグラニルを飼ってる場合とか?」
「なるほど……」
「まあとにかく、召喚で出てくるガルムを飼いたいから、飼育上の注意点を知りたい──ということですね?」
「はい、お願いします!」
「分かりました。……ピルカ、今度こそ頼んだよ」
「はいっ!」
ピルカさんは元気よく返事をすると、カウンターの下から一冊の薄い冊子を取り出した。
表紙には、『初心者でもわかる!──ガルム編』と書かれている。
……あるんだ、そういうの。
「では、最初から説明しますね!」
ピルカさんは冊子を開き、指で文字を追いながら話し始めた。
まず何といっても、ガルムは肉食の魔獣。
見た目こそ普通の犬や狼に近いけれど、その身体能力は比べものにならないらしい。
じゃれているつもりで噛みついたり、勢いよく飛びついたりしただけでも、大ケガにつながることがある。
そのため、一般家庭で愛玩目的に飼われることは、ほとんどないんだとか。
基本的には、魔獣使いがしっかりと躾けたうえで、戦闘要員や番犬目的として飼うものなんだって。
確かに、ペットとして飼うなら、さっき見せてもらった可愛らしい子たちを飼う……かも。
「あとは……散歩を欠かさない、とかも大切です」
「散歩! やっぱり必要なんですね」
「はい。ガルムは本来、広い縄張りを走り回る魔物ですから。毎日の散歩に加えて、できれば自由に走り回れる場所があるといいですね!」
「それなら大丈夫ですわね。ギルドルームには庭もありますし、散歩も皆さんで代わりばんこに行きましょう」
「えっ、いいんですか……?」
「もちろんですわ。わたくしたちも、いつもサキさんにはお世話になっていますもの。何なら、モーリーさんがやってくれそうですわね」
「……確かに」
白亜の像が、ガルムちゃんを散歩させているシーンが脳裏に浮かぶ。
……異常な光景すぎる。
ピルカさんは、そんな私たちのやり取りをよそに、次のページをめくった。
「次は、食事とトイレについてですね」
ガルム用──というか、肉食の魔獣用のごはんも、この店で販売しているらしい。
乾燥肉を固めた安価なものから、栄養を考えて配合された高級なものまでピンキリで、味も色々あるんだとか。
最初はいくつか少量ずつ買って、ガルムちゃんの好みに合うものを探す感じかな。
そして、トイレ。
当然ながら、何も教えなければ好きな場所で用を足してしまう。
最初のうちは、決まった場所でするよう根気よく躾ける必要があるらしい。
「ですが! なんとこちら──最新式の魔術具をご利用いただければ、大変な躾も簡単に! これをトイレの下に置いておけば、自然とそこで用を足してくれるようになるんですよ!」
「おお、それはすごい!!!」
「しかもお値段、なんと銀貨八枚!」
「それはお値打ち価格! ──なのかな?」
「……通販ですの?」
銀貨八枚が安いのかは分からないけど、幸い、今日は十分なお金を持ってきている。
そう、なんと今日のために金貨を三十枚も用意してきたのだ!
これだけあれば、ガルムちゃんに必要な飼育用品は一通り揃えられるはず。
「私、今日は色々買って帰るつもりなので、便利そうな飼育アイテムがあれば何でも教えてください!」
「おおっ! 先輩、これはチャンスですよ!」
「思ったことをすぐ口に出すんじゃないよ。……とにかく、そのガルムちゃんとやらを、一度見せてもらうことはできますか? 同じガルムでも種類によって色々変わってきますから」
「そうですよね……ここで召喚しても大丈夫ですか?」
私が尋ねると、ピルカさんは勢いよく頷いた。
「もちろん大丈夫です!──よね、先輩?」
「良く分からずに頷くんじゃないよ。……奥の庭でお願いできますか?」
「──だ、そうです!」
「分かりました!」
というわけで、私たちはグレッタさんに案内され、店の奥へ向かうことに。
売り場の奥にある頑丈そうな扉を抜けると、その先には石造りの通路が続いていた。
左右には、太い鉄柵や分厚いガラスで仕切られた飼育区画が並んでいる。
さっきまでいた小さくてかわいい愛玩用の魔獣たちとは違い、ここにいるのはどれも明らかに大きくて凶暴そう。
「グルルルル……」
低い唸り声がして、思わず足を止める。
鉄柵の向こうにいたのは、黒い鱗に全身を覆われた、巨大なトカゲのような魔獣。
「あれって……バジリスクですか?」
「そうですよ。まだ若い個体ですけどね」
バジリスク──灰焔の地下溶岩洞にいた魔物だね。
レストランに卸す【バジリスクのタマゴ】を落としてくれる、稼ぎ頭の筆頭。
柵に掛けられた札を見ると、値段は金貨八枚と銀貨五枚とのこと……結構高価だね。
いや、戦力をギルドポイントで買えると考えたら、安いのかな?
そんなことを考えながら隣の飼育区画へ目を向けると、そこにも一匹のバジリスクがいた。
見た目も大きさも、さっきの個体とあまり変わらない。
けれど、こちらは私たちを見ても唸ることはなく、伏せた姿勢のまま静かにこちらを眺めていた。
そして、こっちの子はなんと、金貨三十枚!
さっきのバジリスクの四倍近い値段……何がそんなに違うんだろう? 優秀な個体なのかな?
そう思い、聞いてみることに。
「同じバジリスクなのに、どうしてこんなに値段が違うんですか? 個体の強さが違うとか……?」
「強さも違いますが、一番大きいのは育て方ですね」
グレッタさんは、最初に見たバジリスクを指差した。
「こっちは野生の個体を捕獲して、後から人の命令を聞くように調教したものです。それで、隣の子は──」
「タマゴから孵して、大切に育てた子なんですよ!」
ピルカさんが得意げに説明を引き継いだ。
「あ、そういう違いなんですね!」
「はい! タマゴから育てた個体は人に慣れているので、ずっと従順なんです。それに、幼いころから餌や訓練を管理できるので、野生の個体より強く育つんですよ!」
ピルカさん曰く、成長した大型魔獣を捕獲し、一から人間に慣れさせるのは、とても難しいらしい。
何とか命令を聞くようになっても、野生で身についた気性の荒さまでは、完全に消えないことが多い。
戦闘中に興奮して指示を聞かなくなったり、飼い主以外の人間を襲ったりする危険も残るんだとか。
一方、タマゴから育てれば、幼いころから人との信頼関係を築ける。
成長に合わせた餌や訓練も行えるので、身体能力も段違いだし、人間の指示を理解する力も伸ばしやすいらしい。
というわけで、同じバジリスクでも最終的な強さと扱いやすさには、かなりの差が出るんだって。
「野生の調教個体でも、腕の良い魔獣使いが扱えば、第三天位の冒険者に匹敵する戦力になります。タマゴから育てた個体なら、育て方次第ではそれ以上に強くなることもありますよ」
「第三天位の冒険者に……!?」
なるほど……魔獣使いによる飼育という必要経費はあるけれど、一度買えば、ずっと第三天位冒険者級の働きをするって考えたら確かにいいかも。
「ですから、タマゴから育てられたバジリスクはとても貴重なんです。そもそもバジリスクのタマゴが市場に出ること自体、滅多にありませんからね」
「何といっても、バジリスクのタマゴは超レアですから! 熟練の魔獣使いじゃないと交配させるのは難しいですし、野生の巣から取ってくるのも命懸けです!」
「ダンジョンのバジリスクが、ごく稀にタマゴをドロップすることもあるらしいですけどね。まあ、そんな幸運、滅多にありませんから」
……バジリスクのタマゴって、そんなに貴重だったんだ。
私は思わず、リンドールさんと顔を見合わせる。
「……黙っておいた方がよさそうですわね。食材としてしか使っていないこと」
「うん。ムースにして食べたね……」
……この話は、黙っておこう。




