12 フェアリーゴーン
「きゃー、助けてー!」
大男の手に握られた一人の妖精が、甲高い悲鳴を上げた。
「カロリーヌ!」
セラフィータが反応した。
「我が呼び声に応えよ! 空斬裂破」
ユーリが構えて剣を振るうと、風の刃が発生し、長距離にも関わらず、大男の二の腕を真っ二つに切断した。
「ぎゃあああ! 腕が、俺の腕があぁ!」
大男が断末魔の悲鳴を上げた。
腕ごと地面に落っこちたカロリーヌは、その下敷きになって自力で這い出せそうにない。助けなきゃ、とは思うんだけど、この戦場において、おれの身体は上手く動かない。
賊も、もちろん言の葉を使う。
「防ぎ守れ、盾!」
ユーリが賊の放った魔法を、跳ね返している。そして、言の葉できっちり標的を弱体化した上で、剣でトドメをさしている。
ナユタも身軽さを生かして、縦横無尽に駆け回って賊を攪乱し、短剣で正確に急所を狙い澄まして処理していく。副次効果のある言の葉を使って、身体能力を上げつつ。
おれはショートソードの柄に手を掛けようとしたけど、まるで手につかなかった。
動かないおれに、
「殺すらなきゃ、殺られる! 命のやりとりだよ。出来ないなら、ユジュンは下がってて! 邪魔だよ。セラフィをよろしく!」
ナユタはセラフィータを押しつけて、戦場に飛び込んで行った。彼はもう既に、返り血を浴びて濡れていた。
とある賊の男の両肩に飛び乗ったナユタは、
「お兄さんは妖精のこと、なんだと思ってるの?」
と、にこやかに問うていた。
その微笑が、おれには酷く恐ろしいものに見えたんだ。
「あぁ? 花の蜜さえ吸ってりゃ生きてける羽虫だろうが!」
「じゃ、死んでて」
これまたにこやかに、男の首筋に短剣を押し当てて引いた。いとも簡潔に頸動脈を掻き切ったんだ。鮮血のシャワーが男の首から吹き上がった。
ナユタは倒れる男の体躯から、ひょいと飛び降りると、次の標的を求めて走って行った。
言の葉を使っての実戦は、煌びやかなショーを見ているようで。目まぐるしく戦況が変わる。
「…あ!」
乱戦の中にあって、右往左往しているやつを発見した。
おれは右脚の『ベレッタ』を抜いて構えた。
射線上には邪魔者も、遮蔽物もない。
ここからなら絶対に当たる。外さない自信があった。
でも。
これ、心臓に命中させたら、死んじゃうのかな。
「ダメ、撃っちゃ、ダメ、ユジュン。殺しちゃ、ダメ……」
おれの右肩にしがみついているセラフィータの声が震えている。
「あんたは、ナユタのいる世界に行っちゃ、ダメ」
「………っ!」
手が震えて銃口はブレブレ。引き金を引けやしない。膝がガクガク笑う。おれはその場にへたり込んだ。
セラフィータに言われたからじゃない。おれには、人、一人の命を背負う、そんな度胸も覚悟もない。決心がつかなかったんだ。
結局、その賊はユーリが片付けた。うつ伏せに倒れた賊を、右足で転がすように蹴り、仰向けにさせていた。そして、おれに向かって叫ぶ。
「どうして撃たない、ユジュン! その銃は飾りか」
おれは言い返す言葉を持たない。ユーリは生死の確認をしていたんだろうけど、おれはよくもそんな死者を貶めるような真似が出来るな、とさえ思っていた。
賊の連中は全て、ユーリとナユタの二人で倒した。いや、殺した。
殺戮が終わった頃には、里を包んでいた炎も自然鎮火していて、我に返ったおれは、大男の腕の下敷きになってしまったカロリーヌなる妖精を救助しに行った。
「よいしょっと」
大男の二の腕から先をどかしても、カロリーヌは動かなかった。
「だいじょうぶ?」
「カロリーヌ!」
セラフィータが側まで飛んで行って、カロリーヌを揺り起こした。
「う、うぅぅん……」
カロリーヌが目覚めて、身じろぎし、やがて立ち上がった。
「あんた……! セラフィータじゃない! 生きてたのね、しぶとい」
んー。妖精ってみんなこうなのかな。
良く言えば勝ち気。身も蓋もなく言えば独善的。
「あんたからは血の臭いがしないわ!」
カロリーヌが飛翔して、おれの顔の高さまで上昇してきた。
セラフィータと違って、羽根を羽ばたかせるその都度、金色の鱗粉をまき散らす。
「これが、ホンモノの妖精……」
おれは飛び回るカロリーヌを目で追った。
「なによ、あたしがまがい物みたいに!」
セラフィータが猫みたいにおれの右肩に爪を立てた。
おれの知らない所では、ユーリとナユタがハイタッチをして、賊を片したことを祝勝していた。
「ひどいな……」
焼け落ちた里を歩きながら、辺りを見回す。
時折、倒れている妖精を見かけるけど、生死は不明だ。
花が咲き乱れ、小川がせせらぎ、木漏れ日がささやく。この世の楽園と謳われた妖精の里が、今は見る影もない。
あちらこちらに、賊の死体が転がり、そのいずれもが身体の一部を欠損している。血糊がバケツでまき散らしたみたいに、里の大地を汚している。
人間の血は妖精にとっては、毒。穢れでしかないので、セラフィータもカロリーヌも気分が優れないようだ。おれの両肩にそれぞれとまって、言葉少なげだ。
「女王さまのところまで、連れてってちょうだい」
カロリーヌがそう、手短に言った。
「どこにいるの?」
「里の中心の奥、あの大木よ」
妖精族を統べる女王は、ユグドラシルの挿し木に宿るという。
物語の通りなら、ここから見える、細い枝が密集して出来たような大樹がそうなんだろう。
途中で、ユーリとナユタと合流した。
けど、セラフィータはナユタの元へと帰ろうとはしない。
「どうしたの、セラフィータ。ナユタんとこ、行かないの?」
「……血よ。血の臭いがきつすぎるのよ」
帰りたくても帰れないと、セラフィータは焦れったそうだった。
ナユタは顔の血こそハンカチで拭っていたけど、身体に付着した返り血はそのままだ。ユーリも同じく、血塗れだ。
「なにも殺すこと、なかったんじゃあ……」
それがおれの素直な気持ちだった。
「甘いよ、ユジュン。こうやって人間とぶつかることもあるんだ。冒険者を志すなら肝に命じて。それから、言の葉じゃ致命傷は与えられない。最後は武器が物を言うんだ。それも覚えておいて」
刃物で確実に息の根を止める、か……
「ナユタの言う通り、当然の報いだ」
ユーリはどこまでも非情だ。容赦ってもんが一切ない。
ユグドラシルの根元まで行くと、難を逃れた妖精たちが、わらわらと集結し始めていた。
ふと、見上げるほど大きく、大地に根を張ったユグドラシルの表面に人の顔らしきものが浮かび上がったかと思うと、ゆっくりと女王が姿を成し始めた。彫刻を掘り出すように、だんだんと立体になってゆくんだ。最終的に六枚の羽根を持つ、キレイな女の人の姿になった。
その姿は自ら光を放っているかのように、まばゆい。そして妖精の王と言うにはあまりにも大きい。
「長老!」
「ヘカティアさま!」
セラフィータとカロリーヌが同時に呼びかけた。
『……まぁ、随分と懐かしい顔だこと』
妖精族の女王、ヘカティアが目を開いた。
「女王さまって呼びなさいって、言ってるでしょ!」
「いいじゃない、別に!」
二人がおれの頭を挟んで言い合いを始めた。
「女王さま! はぐれもののこいつがニンゲンと結託して、里に手引きしたのよ!」
「なんですって! あんたが命ほしさに案内したんでしょ!」
濡れ衣を着せられたセラフィータはお冠だ。
「だって、案内しないと殺すって言うから……」
里の場所が割れたのは、何らかの理由で賊の手に落ちた、カロリーヌのせいだったようだ。
『嘘はいけません、カロリーヌ』
「ごめんなさい……」
自らが招いた悲劇を、この妖精は理解してるんだろうか。
『それが、破滅を呼ぶのです』
まったくだ。
『犠牲者は出ましたが、全滅は免れました。邪な人間から我らを救ってくれたこと、感謝します。若者たち』
女王ヘカティアの声は、まるで空から降ってくる曙光のよう。
『ここは人間の血で穢れてしまった。この土地は死んでしまったのです。我らはこの土地を捨て、新天地を目指します』
里のあちこちに倒れている妖精たちが、光になって女王のもとへ還っていく。魂の昇華だ。
『瓜二つのあなた方』
突然、女王に水を向けられて、おれは緊張で背筋が伸び、
「は、ハイ!」
引き攣った声を出してしまった。
ナユタは無言で視線を投げただけだった。
『強い力をお持ちだわ。ゆめゆめ、使い方を誤らぬよう……では、さようなら』
はらはらと、ユグドラシルの根元から、皮が一枚剥がれるように、女王の姿が消えていく。まるで、花が散っていくようだった。
集まっていた妖精たちは、女王の光に包まれて、次々姿を消して行く。カロリーヌもおれの肩から飛び立って、その光の中へ飛び込んだ。
「あ……!」
もしかしたら、セラフィータも一緒に行きたかったんだろうか。光に手を伸ばして、飛ぼうとしたけど、真似だけで思いとどまったみたいだ。
あとに残されたのは、枯れた巨木と、光を失った土地だけだった。
「あ、あ、あああ!」
おれの肩から降りて、死んだ大地にうずくまったセラフィータが、声を上げて泣き始めた。
澄んだ空気は灰で汚れ、大地は血に濡れ、川に水は流れず、厚く空を覆う雲のせいで日の光も差さない。
唯一、焼け残った花も、やがて枯れ落ちる運命にあるのだろう。
妖精は女王の祝福を受け、花の蕾から生まれてくるという。
女王が去った今、あの蕾から妖精が生まれてくることもない。
「ああああ、ああああ!!」
セラフィータの泣き叫ぶ声が、あまりに悲痛で、普段、敵対するおれも同情を禁じ得なかった。
「ユジュン。セラフィータの記憶を消してあげてくれない?」
ナユタが、おれの肩を叩いた。
「え?」
「インパクトも強いだろうけど、本人も忘れ去りたい記憶だと思うから。追い出された里を恨むどころか、心の拠り所にしてたんだ。これは僕も思ってもみなかったことだ」
悲しみに暮れるセラフィータを見たナユタは、苦渋に顔を歪めていた。
「分かった」
おれは、セラフィータを両手ですくい上げると、目の高さに持ち上げた。
「セラフィータ、おれの目を見て」
「うっ、うっ、うう……」
泣き濡れた瞳で、セラフィータはおれの目を見た。
目が合った瞬間、時が止まる。
セラフィータの頭の中が見える。幾つも並んだ記憶の層から、最も新しいページを選び取る。そこには、不安定で、まだ定着していない記憶があった。これならおれでも剥がせるかも。
おれは『里が全壊した』ことに関連する記憶を、ごっそり消すことに成功した。
仕事を終えて、周りの景色が元に戻ってくると、ぼんやりしていたセラフィータが、コテンとおれの手のひらに転がった。
精神的ショックで、気絶しちゃったみたい。
「記憶、消せた?」
「うん。首尾良く行ったと思う。目を覚ましたら、このことはすっかり忘れて、またもとの小生意気なセラフィータに戻ってるはず」
「では、仕上げに破られた結界を結び直しに行くか」
ユーリが率先して、結界の途切れた場所までおれたちを案内した。
「ここだな」
山と森の逆目に、人の足で踏み荒らされた場所があった。
「結び治せ、修復」
ユーリが言の葉を使うと、途切れていた青い線と線が繋がった。
「これで良し。近いうちに、結界全体を一新する必要があるな」
思えば遠くまできたもんだ。おれたちはほとんど山を半周して、もとの森に戻り、屋敷に帰った。帰り着く頃には、とっぷり日が暮れていた。
夕飯どき、目を覚ましたセラフィータは、元気にブドウにかぶり付いていた。
「セラフィータ、里に帰りたいと思わない?」
おれはそう、確認の為、彼女に振ってみた。
「ふんだ。あんなところ、頼まれたって帰るもんですかっ!」
「里ってどんなところなの?」
「風光明媚な肥沃な土地よ。他のやつらはよろしくやってるんじゃないの?」
「ふぅん」
それを聞いたおれは、記憶を消すことに成功したことを確信するに至った。
「セラフィータは里にいるより、僕と一緒にいるほうがいいよね」
ナユタが優しい声でセラフィータに確認した。
「ええ、そうですとも!」
それは、古い約款が踏みにじられ、ユリシーズ家の土地から、妖精の隠れ里が失われた、史実に残る汚点のあった日の出来事だった。
トルキア・コソコソ話。
セラフィータが「長老」って呼んでたから、ナユタはてっきりヨボヨボのおじいさんを想像してたらしいよ。実際、女王さまを目の当たりにして、内心、驚いてたんだって。




