13 レベル上げ
「ユジュンも剣の使い方を覚えたことだし、レベル上げに行こう」
滞在五日目の朝、朝食の席で、ナユタが高らかに宣言した。
「レベル上げ!」
おれはその言葉の響きに、心がうきうきと浮き足だった。
「初心者のレベル上げにおあつらえ向きなのは、ハーラル平原あたりだな」
ユーリが新聞から顔を上げた。
「うん、そこに連れて行くつもり」
「街の外だ。いちおう警戒を怠らず、くれぐれも油断しないことだ」
「はーい、分かってまーす」
ナユタの口調は軽々しい。
ハーラル平原ってどんなとこかなぁ。おれはなんとなく、だだっ広い野っ原をイメージした。
馬車に乗り込み、街の最果てまで行く。
「ねぇ、ナユタ」
「うん?」
「ユーリがおれたち子供にも、同じ目の高さで対等に接してくれるのって、やっぱり、ルキ…さま? の、遺したホムンクルスだから?」
おれはルキについてはよく知らない。知っていることといえば、故人であること。『ゼラ』の称号を与えれた高名な魔導師であったこと。五十年前、アースシアに魔人を封印したこと。おれたちホムンクルスを器として転生しようとしたこと。それくらい。
「んーん。もともと、そういう視座の持ち主なんだと思う。頭が固くて誤解されやすいけど、根っこは良いヤツなんだよ」
「ふーん」
馬車の中で、そんな他愛もない会話をナユタとした。
目的地にたどり着き、馬車を降りたおれたちは、城壁の門の外に出た。
目の前に広がる景色は、おれの想像通りの平原だった。途中に森が点在し、金色の街道が伸びている。
「見渡す限りの平原だぁ」
「ここにはスライムの生息地なんだ。レベルゼロにはうってつけ。あ、いた」
近くの草むらから、ぴょーんと青色の軟体生物が飛び出して来た。
身体は透き通っていて、向こう側の景色が透けている。
初心者が初めて通るべき関門としては、スライム退治がお約束だよね。
「えい」
ナユタは右の短剣を抜くと、スライムを一刀両断した。
スライムが黄色い光になって大気に消えていく。
「モンスターは魔素の塊。だからやっつけると光になって消滅する。で、スライムの中に核みたいなものが見えたでしょ?」
「うん。種みたいなやつが見えた」
「エクスペリエンティア・シードって言って、それを壊すと、モンスターは死ぬワケ。同時に、経験値が変換されて、オビイト・ジェムに蓄積される。そういう仕組み」
「へーえ。よく出来たシステムだね」
ナユタの説明によると、エクスペリエンティア・シードは略して、EXPシードって呼ぶらしい。
「モンスターを倒すと、アイテムをドロップすることがある。ま、まだ今は先の話だね。とにかく、最初のノルマは、スライムを十匹倒すこと。そうしたらレベルが一つ上がるよ。じゃ、がんばってね。あ、銃はなしで。剣を使って倒すことが条件だよ」
ナユタは草原におれを放り出して、自分は木陰に腰を下ろし、『ヘヴンス・サガ』の第二巻を読み始めた。
「ま、がんばんなさいな」
セラフィータにまで、そんなあしらいを受ける始末。
「ムム」
そんなナユタをあっと言わせてやろうと思って、おれは平原にスライムの姿を探した。
と、呑気に平原をうろつく一匹のスライムをみっけた。
おれはショートソードを抜いて、そっと近寄った。
背後から、不意打ち。
一撃が、決まった。
スライムがこちらを振り返り、おれを敵として認識した。
おれの脳内で、勇猛果敢なBGMが再生される。
スライムは、にゅっと軟体を生かして、触手を伸ばし、攻撃してくる。
「おっと」
それを、おれはすんでの所でかわす。
その隙に、二太刀目を叩き込む。
返す刀で三太刀目を決める。
「きゅーー」
スライムが鳴いて、その身体が分解され、黄色い光になって消えていった。
勝利のファンファーレが頭の中で鳴る。
EXPシードを壊した手応えもあった。
「『グロウ』」
指輪をジェムに変化させて、その変容を確認する。
卵形の瓶の底から、ちょうど十分の一くらいの辺りまで、金色の液体で満たされている。
経験値を獲得した証だ。
「やったね!」
初めてのモンスター退治に、おれは有頂天になった。
スライムはおれの三太刀でやっつけられることが分かったので、リズム良く、野っ原を駆けずり回ってショートソードでスライムをボコった。
十匹倒して、おれは無傷。
なかなかやるじゃん? おれ。
急いでジェムを確認すると、金色の液体が満杯になって、また空になるところだった。容器の表面には『1』という数字が浮かび上がっていた。レベルアップした証拠!
テケテケッテッテテテーン。
今度はレベルアップ祝福のファンファーレが鳴った。頭の中で、だけど。
「『リストア』」
ジェムを指輪に戻して、ステータス画面を確かめてみる。
「『システムコール・ステータス』」
力と素早さと体力が上がってる。最大HPも微動ながら増えてる。
おれがステータスの数字に一喜一憂していると、どこから湧いたのか、スライムが集まってきた。
一匹、二匹、三匹と積み上がって、最終的には十匹が合体した、巨大なスライムへと進化した。
こんなのってアリ?
「ナユターー!」
おれは踵を返すと、三十六計逃げるにしかずの言葉通り、逃げをうった。
「スライムが、デカくなったぁーー!」
「あー。キングスライムだよ。工夫次第で倒せるよ。ガンバッテー」
ナユタはちらっとこっちを見ただけだった。
「あはは! ユジュンったら、おっかしー」
セラフィータが指をさして笑ってる。
ええい、なにくそ。
キングスライム。
キングというだけあって、王冠なんか被ってるよ。
「ちぇーすとーー!」
おれは振り返ると、キングスライムを迎撃した。でも、ぶよぶよの巨体に阻まれて、刃が通らない。
ダメージは与えてるはずなんだけど。
このまま、ちまちま削るしか出来ないんだろうか。
そんなの待ってたら日が暮れちゃうよ。
ナユタは工夫次第で、って言ったよね。
だったら、こうだ。
おれはキングスライムと距離を取って、左脚の『グロック』を抜いて氷魔法の薬莢を装填してから構えた。
「起動、シュート!」
引き金を引くと、氷魔法の元素が銃口から吐き出され、真っ直ぐキングスライムに命中した。そこから、氷結魔法の効果が全体に行き渡り、スライムをカチンコチンに凍らせた。
「えいやっ!」
おれは飛び上がって、キングスライムの脳天にショートソードを振り下ろした。
氷の塊と化していたスライムはひとたまりもなく、砕け散った。その際、光り輝く何かを落としたように見えた。
分解されて光と化して消えたので、無事、退治出来たはずだ。
オビイト・ジェムを確かめると、容器が金色の液体で満たされて、空になり、また満たされて空になった。つまりは、一気に二つレベルが上がったってこと。
ジェムの表面に、『3』と刻まれているのがその証拠。
ステータス画面を確かめてみても、力と素早さと体力と魔力の数値が上がってた。
キングスライムが落っことしたものを拾いに行く。それは分かり易くキラキラと輝きに包まれていた。液体の入った細い小瓶を拾い上げる。
「それがドロップアイテムだよ。ポーションみたいだね。HPをちょっとだけ回復してくれる、初心者向けのアイテムだ」
いつのまにやら背後にナユタがいた。
「うっわ!」
おれは驚いて、飛び退いてしまった。
「なんだよ、不意打ちかよ!」
音もなく忍び寄って来て、なにもんだよ、一体。
「レベルが3に上がったんなら、今度は森へ一角ウサギ退治だ」
ナユタが次の指令を出した。
近くの森に移動する。
「ユジュンって、人間はダメでも、モンスターならいいなんて、意外と白状だね」
「別に博愛主義者じゃないし……」
完全にゲーム感覚でした。
「一角ウサギは臆病な上、夜行性なんだ。今は巣穴で眠ってる。そこを一網打尽にするよ」
「寝込みを襲うの? それって卑怯じゃない?」
「心外だな。戦略的と言ってほしいな」
森の中で、おれはナユタに言われた通り、一角ウサギの巣穴の出入り口を探した。
しばらく地面を舐めるように見つめて観察していたおれは、不自然に隆起した場所に空いた穴を見つけた。
「ナユタ! これじゃない?」
近くにいたナユタがゆっくりした足取りでこっちにやって来た。
「ああ、そう。これだよ。炎系の言の葉で蒸し焼きにしちゃって」
えー。蒸し焼き?
おれは気が進まなかったけど、言われた通りにした。
「炎よ舞え、交声曲」
おれの両手から炎が放たれて、巣穴の中を襲った。
「あー、ちょっと火力が弱すぎたかも」
ナユタの声は残念そうだった。やれやれ、みたいな感じ。
「え、威力、足んなかった?」
いまいち力加減が上手くいかないんだよな。今後の課題。
「だらしないわねぇ」
セラフィータにだけは言われたくない。
「この分だと、別の出入り口から、逃げ出してくるヤツがいるかも」
巣穴の出入り口は一つじゃなく、複数あって、そこから群れが出入りする仕組みだそうだ。
「えーlそういうの、先に言ってよ」
おれが顔色を曇らせていると、茂みから次々に額に角の生えた、大型のウサギが顔を出した。一角ウサギのご登場だ。
眠っているところを焼け出されて、怒り心頭っぽい。
おれとナユタをターゲットとして定めたらしく、次の瞬間、一斉に襲いかかって来た。その数は十じゃきかない。十五、いや、二十はいる。
「ともかく、開けた場所まで逃げるよ」
「え? ナユタ、やっつけてくんないの?」
「僕が手出ししたら、意味ないじゃない」
「あーまぁー、うん」
おれは分かったような、だまくらかされたような、複雑な気分で一角ウサギに背を向け、スタコラサッサと逃げ出した。
「いい? ユジュン。ヤツらをまとめて気絶させる方法を考えて」
「え、えー?!」
おれはナユタから出された課題に、脳みそをフル回転させて、考えた。
森の出口で後ろを向き直ったおれは、勢いで地面を滑りながら、両手を前に突き出した。足下に土煙が立つ。
一角ウサギの群れに向かって、言の葉を放つ。
「吹き上げろ、騒乱!」
風の渦が一角ウサギの足下をすくい、一匹残らず空高く巻き上げた。風の渦の中で、きりもみ状態になり、風が収まって地面に落ちてきた一角ウサギはどれも気絶していた。
今度は威力の加減も上々。上手くいった。
よくよく見てみると、身体の一部が焼けただれているヤツもいる。
「悪いね」
おれはショートソードで、一匹一匹、トドメをさして回った。
オビイト・ジェムにどんどん経験値が溜まっていく。
「ほらね。目で見ると、快感でしょ?」
「あーうん。分かり易くていいね」
容器の表面には『5』の表示。金色の液体も半ばほどまで溜まってる。
「や、やるじゃない」
ナユタの左肩の上に立ったセラフィータが、ツンと横を向いている。前に、ツンデレって表現したけど、こいつに『デレ』の部分はあるんだろうか。
「次は、キラービーかな」
ナユタが次のターゲットを設定した。
少し進んだ先には、ただ、だだっ広い草原が広がるばかりで、敵からもこちらからも、姿が丸分かりだ。
出たとこ勝負ですか。
遠目に、女王蜂を巨大化したような、ハチ型のモンスターが空中を徘徊してるのが視認できた。
「あれがキラービーだよ」
「空を飛んでくるってぇーなら、コイツの出番でしょ」
おれは右脚の『ベレッタ』を抜いた。
敵の索敵範囲のギリギリ外まで近寄って、狙いを定め、最大火力で打ち抜いた。
「起動、シュート!」
一発必中。
地面に落ちたキラービーは分解され、光になって消えた。
「やったね! 一撃必殺だよ」
喜び勇んで跳ねるおれの背中に向かって、
「まーいっか。ナントカとハサミは使いようだもんね」
ナユタが何かを呟いていたけど、
「何か言った?」
おれの耳には届いていなかった。
その平原で、しばらくキラービーを狩り続けた。
一日がかりでその辺り一帯のモンスターを狩りまくったおれは、黄昏どきにはレベル十に達していた。
あるいは、ショートソードで、あるいは、言の葉で、あるいは、銃で。持てる限りの手段を尽くしてモンスター相手に戦いを繰り広げた。
「はぁはぁはぁ」
さしものおれも、疲労困憊の色が隠せない。
「一日でレベル10か。良くやった方だと思うよ。『駆け出し』から『端くれ』ぐらいにはなったんじゃない」
「それって、レベル上がってんの?」
微妙な表現すぎる気がする。
「よくやったわ! ユジュン!」
セラフィータが何故か監督ばりに偉そうだ。
「でもねぇ。大変なのは、ここからだよ。これから相手にするモンスターはそれなりに知能も上がってくる。殺られそうになると、逃げ出すんだ。だから、如何に逃げられないように手を打つのかがポイントになってくる」
「逃走すんの? ムカつくなぁ」
「逆に、手負いのモンスターは、他の冒険者がダメージを与えてくれてるから、ラッキー」
「逃すと、他の冒険者が良い思いするのかぁ。それもシャクだなぁ」
「だから、逃さないように、きちっと対処する!」
ナユタがおれの背を平手打ちした。
「あのさ」
おれは言い難かったけど、その質問をナユタにした。
「昨日みたいに、人を殺して、何が手に入るの?」
「うーん。名声?」
ナユタは顎に指を当てて、首を傾いだ。
「確かに、経験値も手に入らないし、クエストみたいにお金ももらえないけど、ユリシーズ家の土地に無断で押し入って、妖精の隠れ里を襲うっていう悪行を二つも働いたんだ。殺されても文句は言えないと思うよ?」
「そんなもんかなぁ」
「それが世の常だよ」
なんだか、ナユタに良いように言いくるめられた感はする。でも、納得せざるを得ない。
城壁の門まで戻る頃には、太陽が山の稜線に半分沈み始めていた。門の中にはナユタが手配してあったらしい、馬車が既に待機していた。
屋敷までの道のりで、疲れ切ったおれは、自分でも知らないうちに馬車の中で船をこいでいた。
ん、まぁ、充実した一日だった。
有意義に時間を使えたと思うし、冒険者の気分もたっぷり味わえたし。
何より楽しかったから、いいや。
短い時間のなかで、おれはテンちゃんと、ヒースと、イリヤと四人でパーティーを組んで、ダンジョンに潜って冒険する夢を見た。
トルキア・コソコソ話。
「ヘヴンス・サガ」は筆者の中学時代の友達の作品のタイトルなんだ。残念ながら未完に終わったらしいよ。




