11 剣のケイコ
「さて。そろそろ、剣の稽古に移ろうか」
ユーリが仕切り直した。ユーリは、その背に剣を一振り背負っている。
「ユジュン。剣を構えてみろ」
「う、うん……」
おれは、おずおずと腰のショートソードを抜いて、両手持ちで構えた。
ショートソードはそんなに重くはないけど、へっぴり腰のせいか、剣先がぐらぐらと揺れる。
「ユジュン。おまえは右利きだろう。握りが逆だ」
ユーリに指摘されて、おれは慌てて、柄の握り手を持ち直した。
初歩的なミス。素人丸分かりだ。
「振ってみろ」
「うん。えいや!」
おれはショートソードを頭の上まで持ち上げてから、勢いよく振り下ろした。そのとき、重心が前に持って行かれて、危うく転びそうになる。
そこからバランスを保って、ショートソードをまともに振れるまで、一時間はかかったと思う。
その間、ナユタは昨日立ち寄った書店で買った、『ヘヴンス・サガ』の第一巻を切り株の上に腰を下ろして読み耽っていた。
「そろそろ、打ち合ってみるか」
ユーリが長剣を抜いて、鞘ごとホルダーを脇に捨てた。
お互い、剣を構えて向かい合う。
漂う、緊張感。
「はぁ!」
ユーリが剣を振り下ろした。
それをおれはショートソードで受けた。
「くぅ」
一撃が、重い。
おれはなんとか弾き返して、今度はユーリに刃を振るったけど、それも難なく受けきられる。
打ち合いの応酬が続く。
鋼と鋼がぶつかり合って、甲高い音と共に、火花が散る。
ユーリってば、一見、ひょろっとして細いんだけど、強いんだ、コレが!
こっちは両手持ちで全力なのに、向こうは片手で軽くいなされる。
「ユーリってレベルいくつなの?」
刃を重ねて押し合いへし合いしている合間に、尋ねた。
「百二十四だ」
「おれ、レベルゼロだよ。ちょっとは手加減してよ」
レベルの差は歴然として現実に横たわっている。
「してるさ。私は片手しか使ってないぞ。踏み込んで来い!」
「えい!」
おれは言われた通りに一歩踏み込んだけど、却ってそこに隙が生まれたんだろう。ユーリの強烈な剣撃を受けきれずに、吹っ飛ばされた。
「ぐあっ!」
大木に強か背を打ち付けて、胃から朝食べたものが逆流しそうになった。
「だからぁ! 手加減しろって言ってんだろ、この、おかっぱ!」
「私はおかっぱではない。おかっぱと言うには、いささか髪が長すぎるのではないか」
反応するとこ、そこ? 真面目か!
「太刀筋は悪くない。素養はあるぞ」
拾ったホルダーに剣を収めながら、こっちへやって来たユーリに、おれは手を貸してもらって立ち上がった。
「うわーキモチわる」
くらくらする。
「今度はそうだな……ナユタ、相手をしてやれ」
「え? 僕?」
ナユタは本から顔を上げて、空想の世界から現実に戻って来た。
「勝負にならないと思うよ」
それでもいいの? とナユタが追従してきた。
おれはちょっと、ムッとなった。
「やってみなくちゃ、分かんないじゃん」
「ま、いいけど」
ナユタは本を閉じると、関節のバネを使って、ひょいと切り株から立ち上がった。
そして、ユーリと立ち位置を入れ替わった。
「ユジュン。身体を膜で覆うイメージで、言の葉を使ってみて。こう『護り固めよ、兵装』って」
すると、どうだろう。ナユタの身体がうっすらと光り、膜が張ったように発光した。
「護り固めよ、兵装」
おれもナユタに倣って、言の葉を使った。断っておくけど、心の目は既に開いてある。
「あ、出来た。これはどういう効果があるの?」
「一撃だけ、剣による斬撃を無力化してくれるんだ」
「へぇー」
って、本気でかかってくる気?
おれは気合いを入れ直して、ショートソードを構えた。
ナユタも、前後のホルダーから短剣を抜くと、低い姿勢で顔の高さにクロスさせて構えた。
体勢が低い。どこから攻撃が繰り出されるのか、予測がつきにくい。
「では、始め!」
ユーリの声を合図に、おれとナユタは同時に大地を蹴った。
ナユタは……右から来る。
そこまでは目視出来たんだけど、両手に握られた短剣の太刀筋の軌道はまるで読めなかった。
無意識で、一撃目をショートソードで受け、続く二撃目を体位を入れ替えることでかわした。
「へぇー、やるじゃない」
仕留める気だったらしいナユタが、想定外と言った表情を作った。
ナユタの一撃はユーリほど重さはない。でも、いかんせん手数が多い。正直、二本の短剣によるコンビネーションのとれた連撃はかわすのすらキツい。
おれと同じリーチのはずなのに、ムチか蛇みたいにしなって伸びる。
おれはほとんど、逃げに徹した。
それでもなんとか見いだしたナユタの隙に、斬りかかった。渾身の一撃。
けど、ナユタはそれをバック転してかわしてしまった。
なんちゅー、身体能力。アクロバティックも過ぎる。
着地点から一転、駆けてきたナユタが、ぽんと軽く飛んだ。
「?!」
おれはナユタの姿を一瞬見失った。
次の瞬間、おれ目がけて降ってきたナユタが、ひたりと短剣の刃をおれの首に振るった。
おれの身体から、光りが弾けて飛んだのと、ナユタがおれの背後に着地したのは同時だったと思う。
身体を覆っていた光の膜が消えている。ナユタの刃を食らったということだ。
「今のを合わせて、三度は死んでるよ、君」
ナユタは短剣をホルダーに収めながら、『解除』と呟いて、言の葉の効果を打ち消していた。
最後のは喉笛をざっくり切り裂かれてただろうけど、その他、二度も死期があったとは気づきもしなかった。
「え? 二回もヤパイとこあった?」
「うん。ユジュン、隙だらけだもの」
「うへぇー」
おれは情けなくって項垂れた。
同い年の同じ顔に、まるで歯が立たないとは。
「ナユタ、手加減してやらないか。ユジュンがかわいそうだ」
ええ、実力差を見せつけられましたとも。
「手を抜いたら、意味ないでしょ」
「だからといって全力でやるやつがいるか」
ポカっと、ユーリが軽くナユタの後頭部を殴った。
「ごめんなさーい」
ナユタはちょろりと舌を出した。
「なによ、ユーリ! ナユタは弱っちいユジュン相手でも、いつだって全力なのよ。一切の妥協がないナユタは、カッコイイわ」
ハートマークを散らして、セラフィータがナユタのもとに飛んで行く。
「そんなことないよ」
そっから、ナユタとラブラブしたやりとりが繰り広げられた。
「いっつも、ああなの?」
「ああ、いつもの風景だな」
おれはあきれ顔で、それでもショートソードを腰の鞘に戻した。ユーリは見慣れてるみたいだけど、おれには完全に目に毒だ。
ユーリは優雅に紫煙をくゆらせている。
ナユタから、大変な煙草呑みだと聞いた。
こんな森の奥まで来て喫煙するんだから、よっぽどなんだろう。
それから、昼休憩を挟んで、午後はユーリに剣術の基礎を学び、一からみっちり叩きこまれた。
そろそろ屋敷に引き上げようかとしていたそのとき、異変は起こった。
虫の知らせでも届いたのか、ユーリとナユタが同時に同じ方向を見たんだ。
「結界が、破られた……?」
ユーリが呆然と呟いた。
「西の方角だよ、ユーリ!」
ナユタがその方向を指さした。
「ど、どういうこと?」
おれだけが蚊帳の外で、事情が飲み込めない。
「ユリシーズ家の土地は古くから、結界で護られている。それを破る者が現れたということだ」
「おそらく、十中八九、賊だろうね」
「指し示せ、立体地図」
ユーリが唱えると、この土地一帯の三次元マップが現れた。
「結界が破られたのは、この辺だね」
青い線が敷地を取り囲んでいるけど、それが不自然に途切れている場所がある。そこを、ナユタが指さした。
赤く点滅しているのが、賊だろう。とある一定の方角を目指して進んでいるように見える。
現在地と賊を結ぶ線を考えても、そう離れてはいないように考えられた。
「やつらが、このまま進むと、妖精の隠れ里にぶつかるわ……!」
セラフィータが青ざめて、声を震わせている。
「なんだと」
ユーリがセラフィータを見た。
「隠れ里の正確な位置は」
「ここ、この辺りよ」
三次元マップは実に精巧に立体化されていて、セラフィータは子細な場所を両腕を広げながら囲んだ。
「目的は妖精狩り、だね」
ナユタの声は固い。
「急ごう。今から走っても、向こうの方に分があるかも知れない」
おれたちは一路、妖精の隠れ里を目指して、山道を走った。
「妖精は人間の目には見えないんじゃなかったの?」
走りながら、おれは素朴な疑問を二人にぶつけた。
「そうだが、何らかの術を用いて、それを破った輩なのだろう」
厄介だな、とユーリがごちた。
「急がなきゃ……!」
ナユタが珍しく焦ってる。
ふと、空を見上げると、黒煙が上がってるのが見えた。
「ね、ねぇ、アレ!」
「ああ。近い。走れ、二人とも」
ユーリが発破を掛けた。
そうして、たどり着いた妖精の隠れ里には、火が放たれていて、阿鼻叫喚の地獄絵図のようになっていた。
逃げ惑う妖精たちと、それを捕縛しようとする賊の男たち。
「一匹残らず捕まえろ! 逃がすな!」
男のがなり声がここまで届いた。
「火であぶり出してるんだ」
ナユタは苦々しげに言い、腰の短剣の柄に手を掛けた。
妖精の隠れ里だ。彼女たちの住処なので、規模自体はそんなに大きくなく、コンパクトだ。本来、人間の目には見えないはずの里の様子さえ、こうして視認出来るのだから、よっぽど大がかりな術がかけられているんだ。
賊は、見たところ、八人……いや、十人いる。
無我夢中で、妖精を狩っているやつらに向かって、ユーリが声を荒らげた。
「貴様ら! ここが我がユリシーズ家の土地と知っての狼藉か!」
「なんだぁ。ここのおぼっちゃんですかい。邪魔するってんなら、その命、もらい受けますぜぇ」
「領分を弁えぬ賊めが! 根絶やしにしてくれる!」
ユーリが剣を抜いた。
「一人でも逃したら、そいつがまた仲間を連れてやって来る。今ここで方を付けるぞ。いいか、ナユタ、ユジュン!」
「え。おれも戦力に数えられてんの?」
おれは思わず後ずさった。
トルキア・コソコソ話。
ナユタ付きの侍女、ナンシーは62歳。ユリシーズ家の侍従たちの中でも最も古株で、ビッグマザーって呼ばれてるんだ。とてもおおらかで優しい。まず怒ることはないよ。




