10 品格
滞在四日目の朝も、食堂でユーリと居合わせた。
それが当然であるかのように、オハヨウの応酬が巻き起こってから席に着くと、間もなく朝食が配膳されてくる。
そして、それが自然であるかのように、ゆっくり座って食する。実家では、お客さんの朝食を配膳した後の、少しの合間に、厨房で立ちながらかき込むから、こんなのは夢のような話だ。
「今日はどうする」
向かいの席に座ったユーリが、本日の予定を訊いてきた。
おれはなんにも知らない。
計画を立てているのはナユタだ。おれは彼にスケジュールを丸投げしている。
「森で剣の稽古をするよ。昨日、ショートソードを受け取ってきたんだ。真剣勝負をやるつもり」
おれはブレッドを咀嚼して、音を鳴らして嚥下した。
口の周りにパン屑をくっつけたまんま、
「真剣、勝負?」
さーーっと血の気が引いていくのが分かった。
剣の稽古って木刀かなんかでやるんじゃないの? 初心者相手に真剣勝負って有り得なくない?
「だったら、私も同行しよう。剣の稽古をつけてやる」
ユーリまで乗り気だよ!
「あんたがコテンパンにされるとこ、ばっちり見ててやるわ!」
真っ赤なイチゴにかぶり付いているセラフィータにも毒を吐かれたけど、そんなの気にしてる余裕がなかった。
「良かったね、ユジュン。ユーリは強いから、いい先生になるよ」
ナユタの科白が空しく内耳でハウリングしてたよ。
その朝の食事は砂を噛むようで、味がしなかった。
で、今現在、ナユタとユーリと三人で連れだって、森を抜け、山に分け入っている最中ってワケ。
「スクールで女子に告られるじゃん。で、興味ないとか、好きじゃないとか、率直に答えると泣かれるじゃん。あれ、すげーめんどくさい」
「そうか、ユジュンはモテるのか」
ユーリが含み笑いをしている。
「顔も知らないやつに好きだって言われても、気味悪いだけだよ」
おれにはイリヤっていう、心に決めたひとがいるんだし。
「まぁ! デリカシーの欠片もない! 乙女心をもてあそんで、なんだと思ってるのかしら」
セラフィータがふらっとおれの側に飛んできて、ぷりぷり怒ってからまたナユタの元へ戻っていった。
女心と秋の空って、こんなときに使うのかな。
「クラスのやつらとは、『大きなイチモツを下さい!』とか歌ったり、バカばっかやってるんだけど」
「なんだ、その不謹慎な歌は。意味を分かっていて歌っているのか」
「うん。生徒の間で流行ってる歌ネタだよ」
「思いっきり下ネタじゃない」
先頭を歩いているナユタが苦笑しもって、こっちを振り返った。
「私も十代前半あたりの時分は、惚れた腫れたの話もあったがな」
ユーリが衝撃の発言。
まさか乗ってくるとは思わなかった。
「へーー」
おれとナユタの声がシンクロした。
「それで?」
おれはユーリの恋バナに興味津々だ。
「ただ、歳を重ねるにつれ、男女問わず取り巻きに囲まれていたからな。ほとんど恋愛には発展しなかった」
ユーリの声がミュートしていく。
「好きなひとが出来なかったわけじゃないんだ」
「まぁな」
ユーリは言葉少な。あんまり語りたくないみたいだ。
良い思い出じゃないのかも知れない。
「だが、私が生涯を捧げて愛したのは、ルキさまただひとりだ」
「ルキのこと、語り出すと長いよ」
そんな注釈を加えて、ナユタは獣道をずんずん歩いて行く。
結果的に、おれとナユタはユーリに煙に巻かれてしまった。
「それで? ルキの研究は引き継げそうなの?」
先を行くナユタが、中ほどに続くユーリに話しかけた。
「いや、まぁ……難しいな。方々、手を尽くしてはいるんだが」
「膨大な知恵と知識を無駄にだけはしないでよね」
「おまえたちの成長を見守るのが、いちばんの研究だ」
おれたちの生態についての情報は、ルキの研究成果の中にしかない。それを読み解けるのはユーリだけだ。
頑張ってもらわないと。
「ユーリ、ファイト!」
おれはユーリの背中に向かって気合いを入れた。
「うん、まぁ、気持ち程度に受け取っておこう」
と、再びセラフィータが登場した。ナユタの肩から、おれの方まで飛んできて、
「ユーリやナユタにあって、あんたにないものがなんだか分かる? 品よ。品格ってもんがあんたには足りてないのよ」
と、偉そうに言い切った。
「ぷっ……言い得て妙。セラフィータの言うことにも一理ある」
ユーリが吹き出した。
「なんだよー、ユーリ。あ、ナユタまで!」
先頭でナユタが声を上げて笑ってる。
「いい? 品格ってぇのは、一朝一夕で身につくもんじゃないのよ」
「ほんっとウルサイ」
おれはうんざりして、セラフィータを睨み付けた。
セラフィータはしてやったりってカオだ。
そんな調子で、べらべらだべってたら、目的地に着いた。一昨日も、その前も来た、ナユタお気に入りの山にあって開けた場所だ。
「ここに来ると、気分がいいなぁ。空気が美味しい。魔素も充実してる」
ナユタが両手を広げて、深呼吸した。
「ナユタの剣の師匠は、やっぱり、ユーリなの?」
「ううん、違うよ。僕のは完全な我流。強いて言うなら指南書が先生」
「へぇ~」
おれは笑おうとして、頬が引き攣り、痙攣させてしまった。
「私もおまえたちぐらいの頃は、この山で剣の鍛錬に明け暮れたものだ」
ユーリは昔を懐かしんでいる。
まずは、本物の銃を使っての、言の葉光線の実証実験をすることになった。
ユーリを交えてのデモンストレーションだ。
前と同じように、切り株の上に、持参した中身の入った缶を五つ並べる。
七メートル離れた位置に立ち、右脚に装備していた『ベレッタ』を抜いて構える。
精神を統一して、一度、深呼吸をした。
「起動、シュート!」
同時に、引き金を引く。
弾も込めてないのに、砲身から、光の塊が射出され、線になって缶に命中した。
五発、五命中。
パーフェクトだ。
「やったね!」
おれはガッツポーズをして、その場で跳ねた。
「ほほぅ。面白い使い方だな」
腕を組んで成り行きを見つめていたユーリが、感心している。
「実際に銃を握ると、イメージしやすいみたいだね」
「うん。次は威力のコントロールをしてみる」
おれは切り株まで走って、再び缶を立てて並べた。
火力の調整は、頭に思い描けばいいだけなので、思ったより簡単だった。
一つは軽く当てるだけ、一つは吹き飛ばすくらい、一つは貫通させるくらい、一つは破裂させて中身を吹き出させるくらい、といった風に。威力もおれのさじ加減次第だ。
「すごいじゃない、ユジュン。カンペキ!」
「なかなかどうして、やるものだ」
ナユタとユーリから、拍手された。
「えへへ」
手放しで褒められると、ちょっと照れる。
お次は、魔法を込めた弾を詰めた、『グロック』に持ち替えて、構えた。昨日の晩に、せっせと空の薬莢に言の葉を込めたんだ。
「起動、シュート!」
切り株に向かって放ったそれは、氷結系の言の葉だった。
見る見る間に切り株が凍り付いて、氷の塊になった。
実際に言の葉として使うより、威力は落ちるけど、イメージして言葉を紡ぐ必要がない分、お手軽だ。
他にも属性の違う弾を幾つか放って、その有用性を確かめた。排出された空の薬莢は再利用する為に、拾って集め、ポーチに仕舞う。
「順調そうだね。僕も弾に言の葉詰めるの、手伝った甲斐があるよ」
ちなみに弾の属性は底面の色で見分けられるようにしてある。
おれは弾倉に弾を補填してから、ホルスターに戻した。
「野蛮だわ」
セラフィータだけが、おれに否定的だ。
別にいいけど。
トルキア・コソコソ話。
ユジュンはクラスの人気者で中心的存在なんだ。筆者はどぶろっくは好きじゃないけど、小学生の間で流行ってるって聞いて、安易に取り入れたらしいよ。




