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ブラックサファイア  作者: 早紀
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15 彼の過去


 暗い室内――。


 そこで、二人の人物が言い争いをしている。


 一人は、激しい憤りを相手に向け。


 もう一人は、単調な返答を繰り返す。




 一人目が、言う。


 なぜ、今回は宝石を手に入れられないのか、と。




 もう一人が、答える。


 今回は、成功しないだろうから、と。




 一人目は、それに取り合わない。


 今回ほど、あの会場に並ぶ宝石を欲したことはない。


 なにしろ、本物の宝石眼(ユヴェールアオゲ)が加護を与えた宝石。


 どれでも、競り落とした後の価値は倍増する。


 それを、見送るなど言語道断である。


 怒りのまま、相手を蔑む。


 今更、怖気づいたのか、と。




 もう一人は、それに対し、ただ肩を竦める。


 掴みとれないその態度が、余計に一人目を苛立たせる。




 一人目が、宣言する。


 誰が止めようと、己一人でも続ける、と。


 そう吐き捨て、室内を後にする。




 もう一人が、一人きりとなった室内で嗤う。


「これだから、ただの人間は美しくない」

 ――あなたと違って。


 誰かに話すように、独り言を呟く。


 傍にあった燭台(しょくだい)の炎が、なぜか黄玉(おうぎょく)のように妖しく揺らめいた――。






 豪華な、彼らのために設えられた客室。


 外では、未だ華やかな舞踏会が継続して行われ、紳士淑女が煌びやかな世界を創りだしている。


 そこから僅かな距離を挟んだだけの場所。


 所在地は同じクヴェレ公爵家の敷地内。


 それなのに。




 まるで北方領土のような、この猛吹雪に凍えそうなのはなぜだろう。


 暖炉からは熱いほどの炎の揺らめきを感じられるのに、一片たりともその恩恵に与れない。


 その冷えた空間の中心で、ターコイズの宝石眼(ユヴェールアオゲ)は、ただ深く頭を下げることしかできなかった。




「本当に申し訳ない!」


 宝石眼(ユヴェールアオゲ)として生きてきた長い年月で、これほど自分が下手(したて)に出なくてはならない相手に遭遇してしまうとは。


 しかも、反論すらできない。




 確かに、守ると誓ったのに。


 視線を総て奪われてしまった。


 あの、魔性の宝石に――。




 その間に、もう一粒の宝石に逃げられてしまった。


 あんな素晴らしい宝石を二粒も追いかけてはいけない。


 眼を離せば、それは憤慨してそっぽを向いてしまうから。


 他に気を取られたような男に興味はない。


 昔から、なにも学習しない。




 『二兎を追う物は一兎も得ず』


 


 知らず、震えていたらしい。


 それに気付いたのだろう。


 呪師(ツァオベラー)に付き従っていた侍女が、主の行為を(たしな)めた。




主人(マスター)。お嬢様は無事です。そうでしょう?意地悪が過ぎます」


 その詞に彼は、そろりと顔を上げた。


 しかし、呪師(ツァオベラー)の表情は冷酷無慈悲そのまま変わらず自分を見下ろしていた。


「――無事なのは当然だ。一応、宝石眼(ユヴェールアオゲ)なんだからな。それでも、あいつに傷一つでもついていたら、この取引は白紙に戻すぞ、いいな」


 そう言って、呪師(ツァオベラー)は苛立たしげに足で床を何度も踏み鳴らした。




 相当な怒りを感じる。


 大事にしているとは思っていたが、これほどとは想定外だった。


 彼の言う通り、おそらく彼女は無事だろうと予想できるのに。


 それだけでは、満足できない。


 あの天真爛漫な笑顔に一欠けらの陰りも赦されないのだ。


 この師匠にとっては。




 まだ、言い足りない自分への不平不満を彼がぐちぐちと告げようとした瞬間。


 神が、やれやれ、と助け舟を出してくれた。




 バンッ!!


 淑女とは思えない、その扉の開け方に誰が入室したか一目瞭然だった。


 話題の中心。


 今、まさに再度捜索するため行動に移そうとしていた、捜し人。




「ご、ごめんなさい!」


 その瞬間、愛らしい愛玩動物(ペット)が獰猛な獣と化した。


 クワッ――。


 まるで、般若(はんにゃ)天狗(てんぐ)か。


 とにかく、形容しがたい実在できるか知れない、そんな恐ろしい化物の表情だったことだけは記憶できる。


 それは、彼女に知らず涙ぐませるほどの。


「この、阿呆小娘ーー!!」


 そのまま突進して来ようとした師匠に、サファイアは思わず秘密兵器を差し出していた。


「あっ、あっ――タ、タッキー!これ!」


「「――っ!」」


 師匠と侍女が声にならない驚愕を示した。


 心配をかけた娘の手の中に、あれほど飲みたいと望んだ酒があった。


「よ、よかったら……飲みませんか?」


 サファイアは、恐る恐る誘った。






 一時(いっとき)の後――。




「いいか。目を瞑るのは今回だけだからな」


 これ以上ないというほどの機嫌の良さで、タッキーが喉を潤している。


 先ほどの、怒りはどこへ行ったのやら。

 

 他の三人が脱力しながらも、ホッと安堵する。


 どうやら、最悪の事態だけは免れたようだ。




「――よく、手に入ったね、あれ」


 クルスが内緒話のように横にいるサファイアへ囁く。


 それに、彼女は曖昧に微笑む。


(別に努力して、手に入れたわけじゃないんだけどな。でも、あれがなかったら、今頃どうなってたのかしら?)


 恐ろしすぎて想像もできないが、自分の行末は真っ暗だっただろう。


(きちんとお名前を伺っておけばよかったわ。また、お逢いできるかしら)


 サファイアは、先ほどの執事の姿を思い起こしていた。


 余裕のある、落ち着いた姿。


 押し付けられたような形で得た戦利品が、これほど重要な役割を果たすとは。


 本当に彼の言った通りになった。


 サファイアはタッキーの満足そうな顔を、頬杖をつきながら観察しながら不思議がった。




 そろそろ、本題に戻るべき時間だ。


 しかし、タッキーは、しばらく一人で酒をたしなむらしい。


 こちらの会話に加わろうとしない。


 余程、飲みたかったと見える。




 サファイアは、とりあえず自分たちだけで先に話し合うことにした。


「それで、クルス様。ムーンストーンは見られましたか?」


 サファイアは結局、件の宝石をこの眼で拝めなかった。


 何粒か宝石は見られたのだが、やはりどれかの宝石を優先的に見つめる行為を(はばか)れて、見ないように努めてしまったため、じっくり宝石を捜せなかったのだ。


 サファイアの問い掛けに、クルスは一度瞳を閉じた。




 脳裏に過ぎる。


 すぐに眼の前に現れた、あの宝石を。


 それを直に見たのは、あれで二回目だった。


 あの時より、今日の方がなぜか数倍輝いて見えた。


 それは、彼女の加護を得たからだろうか。


 それとも、当時は、あの宝石よりも美しいムーンストーンの存在を知っていたからだろうか。


 そして、ゆっくり開眼する。


 間を開けてから、答える。


「――うん。見つかったよ」


 その回答に、サファイアは安心した。


 とりあえず、目的の宝石は確かに存在していたのだ。


 後は、競売(オークション)を待つばかり。


 サファイアは、少し気楽になっていた。


 だって、あんなに恐ろしかった舞踏会をどうにかこうにか、乗り切ったのだ。


 多少、気持ちが緩むのは仕方ない。






 どうして、忘れていたのだろう?


 相手は、(ユーベル)の名が付けられた呪師(ツァオベラー)であるかもしれない可能性を。


 それが、どんなに恐ろしい人物であるかを。




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