14-4
侯爵とサファイアの宝石眼が、踊る。
確かに、踊ってはいる。
だが――。
「……」
「……」
(私たちって、今、舞踏をしてるのよね……?)
サファイアは、先刻からずっと自問自答を繰り返していた。
夫人の思惑なのか、曲目はしっとりとした遅い速度で、動きも緩やかになっていた。
これの思惑、それは『会話』だ。
踊りが激しくなくなれば、それだけお互い余裕ができ、自然と詞を交わせ、男女の駆け引きが可能になる、という魂胆だ。
そういう、魂胆。
そう、そのはずだ。
「……」
「……」
「……」
(えっ?こういう時って、男性から話始めるのが筋じゃないの?だって、淑女は自分からお喋りするなんて、はしたない行為だって……)
「……教わったのに」
つい、最後の台詞だけ詞にしてしまっていた。
それに対し、やはり侯爵は眉を顰めただけだった。
サファイアは、自分の失態に頬を熱くしてしまい、視線を外し、顔を下げた。
しかし――。
一つ、溜息を吐かれた。
近距離すぎて、誰がその呆れた吐息を漏らしたかも十分すぎるほど、理解できてしまった。
サファイアのなかで、なにかがプツンと切れた音がした。
そして、これ以上ないというほどの満面の笑みを侯爵に向け直した。
「侯爵様。少し、お話してもよろしいかしら?」
シュタオエン侯爵は、相手からの突然の申し出に面を食らったが、無表情に了承を示した。
それも、頭を少々縦に振るだけの簡易的な頷きで。
それにも、サファイアは笑みを引きつらせないよう苦心した。
「ありがとうございます。……私、なにか侯爵様のご不快になることを致しましたか?」
サファイアは、僻んでいるように聞こえないよう努めながら訊ねた。
「いえ……」
侯爵は、すぐに否定したが、またそのまま無言で会話を終了させようとしていた。
(そうは、させないんだから!)
もはや、意地になっている。
そんなことは、認識済みだ。
自分でも明らかに好意を持たれていない相手にわざわざ挑んでいくことが、どれだけ困難かつ物悲しい気持ちにさせられるかも承知の上である。
なら、なんでこんなに必死になる。
わからない。
興味がある。
そんな、感じがした。
宝石を鑑定するみたいな気分がする。
彼は、宝石ではないのに。
(フランソワーズに感化されているのかしら?それで、人間にも関心を抱き始めて来たのかしら?)
この、あまりに両親からかけ離れた息子の存在に。
サファイアは、最近己の感情がまるで振り子のように左右に傾き続けるのを感じる。
一定に収まってくれない。
感情を秘めたままでいられなくなっている――。
「本当に素敵な宝石ばかりですね。クヴェレ公爵様は審美眼まで優れておりますのね」
まずは、改めて公爵の賛辞をする。
そこから、一気に本題を攻める。
「……恐れ入ります。父も喜びます」
「シュタオエン侯爵様も、宝石にご興味はおありですか?」
「……私は不作法もの故、そういった華美な話題にはあまり」
全く、響いていない。
宝石眼と己の家で開催される大々的な宝石の競売を目前にしてこの言い草。
逆に、凄い。
「……そ、そういえば侯爵様は、乗馬が非常にお得意だとか?よく遠乗りされますの?」
サファイアの切り替えしに侯爵は、少し目を見開いた。
「……どうして、そのようなことまで?」
「シュタオエン侯爵様の乗馬の腕前は、皆さまから羨望の的ですよ。どこからでも噂は耳に入ってきます」
もちろん実際の噂の出所は、運び屋からの紙一枚きりだが。
サファイアは、なんとか会話を続けようと相手の気を持ち上げようとした。
しかし、なぜか侯爵には逆効果となり視線を外された。
気分を害したようだ。
(えっ、なんで?だって、眼を見張る腕前だって書いてあったのに)
サファイアはまさか、誰かと情報を見間違えたのだろうか、と繋いだ手に汗を掻いてしまいそうだった。
彼女の焦りに気づかず、侯爵は、またサファイアへ視線を戻した。
そして、一言呟いた。
「……あなたは、なにをしにここへ来られたのですか?」
「えっ……?」
「なぜ、この舞踏会に出席されようと思ったのか、その真意を訊かせて頂きたい」
侯爵の問いに、息を呑んだ。
なぜ、そんなことを訊く。
いや、まさか。
なにかを感付かれた。
ということは、まさか彼が――。
ううん、そんなはずはない。
公爵家の持ち物は彼の所有物も同然。
卑怯な手で略奪する必要はない。
でも、ならなんで?
サファイアは、慎重に回答した。
「……先ほど申し上げた通りですわ。宝石にも、話題の公爵様ご夫妻にもお目通りしたかったからです」
詞を終了したのと同時に手を離された。
それは、まるで突き放すような。
崖から突き落とされるような。
冷淡な別離を突き付けられたような。
なんとも無慈悲な扱いだった――。
サファイアは、それを行った相手を茫然と見つめた。
それを真っ直ぐ受け止め、彼は言った。
「――今のあなたに宝石眼という名以外の価値はない」
詞とは裏腹に彼は丁寧な礼をして踵を返した。
彼女を一人取り残して――。
えっ、なにを、私は、言われたのだろう?
〝宝石眼としての価値がない〟
そう、確かに聞こえた。
サファイアは、激しく鼓動し始めた己の不正音を抑え込もうと胸に強く手を押し当てた。
それでも、当然止まない。
誰かに聞こえてしまいそう。
それほどの衝撃。
いつだって、自分自身は思い悩んできた詞。
でも、他人から宣告されたことはなかった。
言われることもないだろう、と感じ取っていた。
だから――。
サファイアは、今の己の感情を自分でも解説不可能だった。
(だって、今、私、――、と思っているもの)
「麗しのサファイアの姫。次の舞踏の御相手を決める長い待ち順に、私を割り込ませては頂けないでしょうか?」
そんな、心の感情さえはっきりわからぬまま時は過ぎる。
なぜ、私を待ってくれない。
今はまだ、気持ちの収拾がついていないのに。
人から向けられる多種多彩な感情に慣れていないの。
お願いだから、一遍に来ないで。
だって私は、黒目の忌まわしき娘と中傷されていた人間だったんだから――。




