13-3
馬車が揺れる。
サファイアはそれと同様に、いやそれ以上の速度で鼓動が鳴っている。
(発表会前ってこんな感じかしら)
思考が安定しない。
常に雑念が頭を過ぎる。
早く終わらせたいのに、いつまでも訪れなければいい。
緊張で胸が張り裂けそうだ。
「大丈夫かい、サフィー?」
クルスが気遣ってくれている。
こちらが依頼を受けた立場なのに。
なんて、情けない。
本来なら、自分が彼に声掛けを行わなければならない場面なのに。
「はい。大丈夫です」
「……実は、ずっと訊きたいと思ってたことがあるんだけど」
――答えられる範囲で構わないから、と彼は神妙な顔で言った。
「なんですか?」
「その、一体どうやって宝石の買い付けを邪魔されないようにするのか、その方法が知りたくて……」
クルスは言い難そうに伝えた。
無論、呪師の能力を疑ってはいない。
ただ、相手も同じ呪師とあっては、その能力も効果を半減させてしまうのではないか、と不安視してしまうのは心情的には理解できる。
第一、どうやってその呪いが遂行されるのか自体、見当もつかない。
興味本位というやつだ。
「手段はすでに決めている」
沈黙を守っていたタッキーが小声で呟いた。
「聴かせてもらってもいいかな?」
クルスの問いに彼は頷いた。
「実際、競売は一般席と特別席に分かれる」
――俺たちは当然だが、特別席で競売に参加する。
二人は、頷いた。
そうなのだ。
今回の競売は、クヴェレ公爵家内に存在する劇場で行われる。
その昔、アクアマリンの宝石眼が、大変観劇を好んでいたにも拘らず、己の役目に従事するあまり、極端に外出を控えていたことから、両親が憐み、建造を依頼したらしい。
いやはや、することが壮大過ぎる。
自分のためだけに舞台が開かれる。
彼女はどんな気分だったのだろう。
いくら、悪呪師の妨害を阻止できたとしても、彼らが宝石眼であることは隠せない。
大っぴらにムーンストーンを競り落とすことはやはり叶わない。
だからこそ、この特別席が重宝するのだ。
ここから、競売に参加する者は、皆舞台から顔を出さない。
専用の使用人に紙で支払額を提示する。
つまり一切正体を明かさずにムーンストーンを手中にできる絶好の機会なのだ。
(アクアマリンの宝石眼様に感謝しないといけないわね)
奇しくも、過去の宝石眼に助けられた形となったのだ。
一般席と特別席に座る人間の振り分けは、その身分の高さで決定づけられる。
つまり、王族並みの権力を保持するターコイズの宝石眼であるクルス一行は、必然的に特別席での参加が認められているというわけだ。
「これには、一長一短がある」
「どういうこと?」
「例えば、一般席の人間が宝石の競り落としに成功したとする。それは、誰からの目にもそいつが勝者だとわかる。つまり、その後の盗難等から宝石を守れる確率が高くなる」
なるほど、と二人は声を揃えた。
「しかし、逆に特別席だと、誰が競り落としたか判断できないから、その後誰がその品を身に着けていても構わない」
――これもある意味競り落とした人間からは利点となる。
サファイアは、首を傾げた。
その意味が解らなかった。
(利点があるようには思えないけど……)
しかし、クルスは頭を掻きながら苦笑を漏らした。
どうやら、解るらしい。
「どうしてそれが利点なの?」
「……もし、それを身に着けた人間と贈った相手が本来そんな宝石を受け渡す関係であってはならない時に良いんだよ」
クルスが、肩を竦めて大人の事情を話した。
「――あっ!」
要は、愛人への贈物を購入する機会に最も都合の良い場所なのだ。
「そ、そういうことね……」
サファイアは羞恥で顔を下げた。
まだまだ、中身は子供である。
なかなか、貴族や大人の公然の秘密というものには疎い。
それは、致し方ないことだ。
タッキーは、それを軽く無視して密談を続けた。
「奴らの手口から予想されるに、競売自体はなんの小細工もせず参加し、金銭と競り落としに成功した品物の直接交換の際に、なんらかの呪いを相手に掛けている可能性が高い」
「はい」
「しかし、奴らは競売で競り落とした額の金銭を最初から渡すつもりがない。つまり、目当ての商品の金額をどこまででも吊り上げられるということだ」
――相手が白旗を上げるまで。
クルスは深く頷いた。
それこそ、彼が最も危惧していることだった。
終われない戦では挑めない。
確実に終わらせねば手に入らないのだから。
「それで、どうするんですか?」
その詞にタッキーが不敵に微笑んだ。
「俺たちは先手を打つ」
そう言って彼が取り出したのは、清水の瓶ではなかった。
「万年筆?」
クルスがその物の名称を呟いた。
どこから見ても、それは万年筆以外には見えなかった。
「その通りだ」
まるで、誰もが羨む幻の一品でも提示したかのような、レッサーパンダの自慢顔に、彼はどんな反応をすれは良いのか迷った。
「え、えっと……」
「クルス様。それはただの万年筆ではありません。タッキーの呪いの能力が十二分に発揮できる力を封じ込めている武器なんです!」
サファイアが興奮しながら伝えた。
いつの間にか、先ほどの失敗から急浮上していたようだ。
それほどまでに、その万年筆の性能をタッキーから教授された時、彼女は感動したのだ。




