13 舞踏会は誤解から
長い長い回想が終わりを告げるの同時に意識が現在へと急激に戻ってくるのを感じた。
「サフィー?どうかしたかな?」
クルスの声がやっと脳に伝達された。
思い出に浸り過ぎたようだ。
「いえっ!なんでもありません。それより……」
サファイアは失礼だと思いつつもクルスを観察してしまった。
やはり俄仕込みの己とはなにもかもが違う。
クルスの礼服姿は、すごく自然体だった。
正装が、きちんと彼の引き立て役に収まっている。
欲を言えば、若干その童顔には大人過ぎる気もするが。
「よく、お似合いです」
「あなたの隣で、見劣りしない程度にはなっているといいんですが」
クルスの完璧な世辞に、サファイアはほんのり頬を染めた。
言われて悪い気はしない。
それもつかの間、サファイアはクルスの違和感に気付いた。
(どこにも身に着けてない……ターコイズを)
サファイアですら、その身の中心にサファイアの涙を着飾らせた。
宝石眼として、それは当然の義務だと思っていたのに。
だから、今度こそ彼のターコイズの涙をこの眼に映せると期待した。
しかし、胸元はおろか、その身の端に至るまで宝石を携えてはいなかった。
もちろん、彼のその瞳があればそんな小道具は必要ないと断言されてしまえば、その通りなのだが。
なぜか、本人に直接聞けなかった。
身に着けることを、彼が忘却しているとは考えにくい。
つまり、態とであるということだ。
サファイアはどの詞を次に述べれば良いのか言いあぐねていた。
すると、傍観に徹していた動物が口を開いた。
今日から三日間は、弟子の愛玩動物として過ごす彼。
きちんと首輪らしき物を締めている。
そこは、徹底している。
己よりも仕事の遂行を優先している。
感服に値する行為だとサファイアは思った。
「おい、無駄話はそれくらいにしておけ。ここから公爵家は遠い。今すぐ出発するぞ」
「あっ、はい」
サファイアは返事をして、後ろで控えていたフランソワーズに向き直った。
「じゃあ、今日から三日間よろしくお願いします」
サファイアは丁寧に礼をした。
「はい、お嬢様。私侍女として頑張ります。館のことは娘たちにお任せください」
やはり、貴族の舞踏会に侍女を一人も付けないのは、悪目立ちしてしまう。
それに礼装の着付け方や化粧の施し方を学んでくれた味方が自分の傍にいてくれるのは、本当に心強い。
そう、心強いのだ。
(たとえ、相手が本当は人間ではなくリスで、私のお世話というより、人間の生活を間近で見学、研究したいだけだったとしても……)
サファイアは贅沢を言える立場ではない。
たとえ、自分の優先順位が一番でなくとも構わない――。
「……」
(でも、十番手くらいだったらどうしよう……)
サファイアは満面の笑みで自分を見つめる女性の真意を判断しきれなかった。
クルスの方は、サファイアの後ろに見知らぬ女性がいたことに一瞬焦りの色を見せたが、呪師が己の正体を堂々と晒している。
信用のおける者であることには間違いないだろう。
「それでは、参りましょうか」
クルスがゆっくり自らの手をサファイアに向けた。
サファイアはその美しい手を見つつ大きく息を吐いた。
彼と最初に出会った時も、その姿より先にこの手を瞳に映した。
自分はこの手に誘われて、そして自分で選択したのだと感じた。
結局、依頼を受けるタッキーを強く止めなかった。
それが、私の意思だったのだろう。
サファイアは改めてそう納得した。
それよりも今感じるのは――。
(まさか私が男性から舞踏会に出席するために儀礼的護衛をされる日が来るなんて……。しかも相手はターコイズの宝石眼だなんて……。改めて恐ろしい。でも、これは仕事で修業!)
サファイアは動揺を隠し、ゆっくり微笑み返してその手を取った。
フランソワーズはその後ろで二人の姿を恍惚とした表情で見つめている。
まちがいなく、今彼女は最も贅沢な光景を見ているリスであろう。
しかし、その横でまるで絵画のような奇跡的な光景に対し、一切の関心を持たない存在がいた。
その存在は、隠し持っていた二枚の紙を取り出して、なかの文字の羅列を心底厭そうに見つめた。
一枚は、タッキーが別の要件でトラオアたちに依頼した結果の報告書。
できれば、予想が外れればいい。
そう、思った時ほどそれは外れない。
(本当に面倒な)
タッキーは顔を歪めた。
そして、もう一枚。
タッキーはクルスと談話するサファイアを見た。
サファイアが暗記を要求された一覧の紙は、一枚だけタッキーによって抜かれていた。
それは、もはや改めてサファイアが覚える必要のない人物。
(こっちもまた相当面倒だ……)
『クヴェレ公爵家舞踏会参加者名簿』
〝ツァール国 第一王子 ヴィレ・シュタルカー・ツァール〟
〝ウンシュルト公爵家嫡男 ユーリ・アンヘンガ―・シリンフォード侯爵〟
「本当に、絶対お前は三大公爵家から嫌われてる。……もしくは、好かれてるな」
タッキーは緊張で前しか向いていない弟子に届かぬ声で呟いた。
嵐が来る。
みんな、隠れないと。
でも、物語に障害は必ず向かってくるものだから。
応援してあげて。
舞台の主人公たちが、それを撥ね退けられるように――。




