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そんな、ちょっと良い話で終演。
めでたし、めでたしとは、サファイアにはいかなかった。
こちらは、今どん底まで気持ちが落ちているというのに。
「嘘よ……。舞踏会に出席するだけでも、こんなに頑張ってやっとそれなりになってきたのに。あ、あんな豪華な衣装」
――絶対似合わない、とサファイアは断言した。
唯でさえ、舞踏もお洒落な会話もできない自分。
だからこそ、少しでも貴族の華やかな存在の影に溶け込めるように、努力して来たのに。
あんな豪華な礼装ではそれも難しい。
しかも、更に恐ろしいのはあれを着て、もし己がなにか粗相をした時だ。
通常の何倍も、悪目立ちすること請け合いだ。
「こ、こんなの、ひどい……第一、私こんな高価な物買ったことないよ……」
サファイアはこの世の終焉を密かに一人迎えようとしていた。
(いやぁーー。それは、大袈裟すぎるから)
トラオアは思わず普通に突っ込みを入れていた。
まさか、支払のことまで気にしていたとは。
トラオアは、高価な商品を手にする女で、自分で支払の心配をする人間と初めて遭遇していた。
普通ならサファイアの考え方が正常なのだが、トラオアの客人にそんな殊勝な思考の女性は皆無だった。
〝正常〟を〝異常〟と無意識に捉えてしまう自分――。
(いやぁーー。……俺も毒されてきたかな。この薄汚い世界に)
トラオアは一人自傷気味に笑みを浮かべた。
すると、今までそんな彼女を見下ろしていた師匠が動いた。
「おい、小娘。よく聴け。――これは、あくまで経費だ」
「け、経費?」
「いいか。お前は、公爵家の屋敷でターコイズの宝石眼の同伴者として、かつサファイアの宝石眼として初めてのお披露目をする」
――それは、言ったな、とタッキーは確認した。
サファイアは意図がわからず素直に頷いた。
「つまりだ。お前はターコイズの宝石眼の隣にいても見劣りしない出で立ちでなければならない」
サファイアはハッとした。
「しかし、そのままのお前ではただの阿呆小娘だ。だからこそ、あの礼装が必要となってくるんだ。あれを着れば多少なりとも、お前のその庶民臭さが隠せ、逆に舞踏会に違和感なく溶け込められるという算段だ!」
タッキーはサファイアを指さし宣言した。
運び屋二人は同時に声を発した。
「いやぁーー!言い過ぎでしょ!」
「言い過ぎですよ。このやろう」
そんなひどいことをよく宝石眼、いや女の子に言えたものだ、と二人はある意味感心していた。
こんなことを言われれば、今の段階でもそこまで舞踏会に乗り気ではないように見受けられる彼女の気持ちが更に落ち込んでしまうだけだろうに。
彼らは、恐る恐るサファイアの方を見た。
そこには、瞳に輝きを戻した宝石眼がいた。
「そ、そっか!さすが、タッキーだわ。そこまで考えてくれてたなんて!」
「「……」」
運び屋たちは、もはや引きつって一歩後退していた。
今の話の流れで、あの動物をさすがと褒め称えるところがどこにあったのだろうか。
二人にはそれが疑問で仕方なかった。
「当然だ。いいか。これは、お前のみに止まらず、果ては過去の宝石眼。そして、未だどこかに隠れている未来の宝石眼の評価となる。つまり、お前自身には関係なく、これくらいの礼装は堂々と身に纏わねばならん運命にあるというわけだ。今回は仕方なく、俺が経費として支払ってやるから、お前はあいつの代償に見合った働きをしろ!」
「はい!」
サファイアは、完全に立ち直っていた。
その瞳の黒き蒼に二人は圧倒されていた。
偽りを述べさせない、その誠実な輝きに。
素晴らしい瞳を間近で見られたことには感謝する。
しかし、できるならその瞳に輝きが戻った理由が、あんな話の流れでなければ、もっと感動も一入だったのに。
喜んで良いのやら、悲しんで良いのやら。
二人はしばし無言となった。
それを尻目にタッキーは合図を出した。
「おい。他の物は?」
「い、いやぁーー、はい!もちろんご用意しております」
トラオアは、まだ気持ちが引きづられていたが、そこは商売人。
〝お客様はユヴェール神も同じ〟
これが、彼の信条だった。
このくらいで、鉄仮面が剥がされては、商売人の名折れである。
そう気を取り直して、トラオアが持ち込んだのは大きめの旅行鞄を持ち運んだ。
いつのまにやら、ハイネの手にも彼女の手にはやっと持てるほどの大きな箱を抱えていた。
「えっ……。ま、まさか――」
「これは、あなたが舞踏会で着用する装飾品類です。希望通り、サファイアの涙は首飾に加工済みです。このやろう」
先に、ハイネが商品の紹介を行った。
サファイアはまた表情が崩れそうになったが、なんとか持ち堪えた。
これは、必要なことなのだ。
そう、自分に言い聞かせていた。
「いやぁーー。そして、こちらが先ほどの礼装以外の比較的過ごしやすい抑え目の夜間礼装です。そして、こちらは私目が厳選した、素晴らしい下――」
ドゴッ――!!
サファイアが耐え切れず悲鳴を上げようとすると同時に、ハイネがそのカモシカというよりは小鹿のような細いおみ足で一切の加減なく、トラオアを蹴飛ばした。
そんな怪力がこの幼女のどこに備わっているかも疑問だが、倒れ込んだ男が旅行鞄だけは無傷で死守する姿もまた、なんとも滑稽に見えた。
いや商売気質なのだろう。
物は言いようである。
ハイネは床に転がってる黒い塊に一切労りの目を向けずこちらを見た。
「……下着類は全て私が選びましたので心配しないで下さい。このやろう」
ハイネの解説にサファイアは酷く安堵した。
なんだか、一気に脱力感も得た気がするが――。




