12-5
タッキーが運び屋二人を鋭い眼差しで睨みつけていた。
そこには、普段のその愛らしい姿とは真逆の、獰猛な獣を感じさせた。
これには、二人も慄いていた。
冷や汗が流れるのを感じ、凍えるほどの冷気が正面から痛いほど振動してきた。
「――どういうつもりだ?」
「いやぁーー。も、申し訳ない。ハイネには後できつく叱っておく」
トラオアが不穏な空気を打ち消そうと明るく告げるが、タッキーの表情はいくらも改善されなかった。
かなりの勢いで怒っている。
そこへ、彼女は近づいていった。
「タッキー。私なら大丈夫よ」
「……」
タッキーは無言を貫いた。
サファイアは、それを横眼で確認すると、ゆっくり二人に近づいた。
そして、静かに頭を下げた――。
「――えっ?」
トラオアの声と共に、運び屋二人は驚愕していた。
「先ほどは、失礼致しました。初対面の方に『猫みたい』なんて。配慮が足りませんでした。本当にごめんなさい」
負けた、と思った。
ハイネはその小さく細い白魚の手をこれ以上白くなれるのかというほど握りしめていた。
謝る気はなかった。
しかし、相手から謝られると、先を越された、と感じさせられた。
謝る機会を失わされた、と。
ずっと、罪悪感を持たなければならない。
こちらの方が、見えない罰。
己は、なにも迷いなどなかったはずなのに。
ハイネが思わず視線を逸らした姿を見たタッキーは、やれやれ、といった顔で怒りを静かに鎮めた。
彼女の罪悪感を感じ取ったのだろう。
「二度目があると思うなよ」
タッキーはそれだけ言って、豪華な椅子に腰かけた。
そして、指でトラオアに次の指示を出した。
それに、彼は大袈裟な動きで反応した。
「いやぁーー、そうでした!この度は我がロイエ商会をご利用いただき誠にありがとうございました。お約束通り、ご注文の品をお持ち致しました。このような、不躾な時間にお届けに参ったことをどうかお許しください。何分、お客様より、絶対に人目に付かないように、との希望がありましたので」
トラオアは、そう言って、扉の外へ一旦退出した。
ハイネもそれに付き従って、出て行った。
(注文の品?タッキーがわざわざ買い物を?)
サファイアには、疑問だらけだったが殺されかけたことより、彼がなにを求めたのかはすごく興味深かった。
(なにを買ったのかしら?やっぱり、『清水』に必要な最新の器具とか?それとも、タッキーの愛飲してる高級な紅茶の茶葉かしら。あれは私も初めて頂いた時、その味わい深い芳醇な香りとコクに驚いたもの。一体どこから仕入れているのか気になってたのよね。ぜひ、姉さまと義兄さまにも御裾分けしたい!)
サファイアは、自分のことのように心躍らせていた。
しかし――。
トラオアが、持ってきたのは、サファイアほどの背丈がある展示箱だった。
そのなかには、眼にも鮮やかなあの礼装が唯一つの存在感を醸し出し、出現した。
圧倒的な優美さ。
そのなかに垣間見える、少女から淑女へと変化していく、その一瞬を切り取ったようなまるで絵画に描かれた女神の衣装。
それを着飾る権利を得た幸運な女性。
なんと羨ましいことよ、と貴婦人たちに囁かれるだろう。
簡単には手に入らない。
様々な一流の素材、人が織りなした最高傑作。
トラオアは、改めて依頼品の出来栄えに満足していた。
また一つ、人に幸福を齎した、と。
そう、依頼人の顔を見れば更にわかる。
その至福に包まれた微笑みを見れば。
その微笑みを見れば。
見れば――。
その幸運な女性は両手を頬に当て、真っ青になっていた。
よく見れば口元が微かに震えている。
典型的な怯えている状態。
「いやぁーー、ってなんで!?」
トラオアは思わず客人のありえない反応に困惑を露わにした。
サファイアは壊れかけた玩具のように、ギッギッ、と顔をタッキーへと向けた。
「タ、タッキー。これは誰が、その……着るの?」
わかっていた。
そこまで粗野ではなかった。
でも、一縷の望みもあるのではと妄想した。
「無論。お前が舞踏会で着る礼装だ」
タッキーは素っ気なく言った。
「イ、イヤーーーー!」
サファイアは絶叫し、その場にしゃがみ込み、床に両手をついた。
その光景に、運び屋二人は唖然としていた。
今まで、数えきれないほどのお客に品物を届けてきた。
誰もが羨む高価な一品から、人にはとても言えないような密かな趣味の一品まで変わらず運び続けてきた。
しかし、変わらないのは受け取った人間の喜び。
それに一点の陰りも感じたことはなかったのに。
「トラ。この人たちおかしいですよ。このやろう」
ここまで不思議な存在のハイネに言われるのだ。
彼らは相当、変だ。
一般から見て、相当変人扱いされてきた自分たちがここまで正常に見える日が来るなんて。
「いやぁーー。やっぱり人生はおもしろい。長生きしてみるもんだ」
そう言って、彼は笑った。
その詞にハイネが一瞬驚き、そして密かに天使の微笑みを紡いだことは、残念なことに誰も気づけなかった。
なんと、惜しいことよ。




