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ブラックサファイア  作者: 早紀
63/227

12-4


 ロイエ商会。




 それは、(あきない)を行っている者なら誰でも一度は見聞きする名称。


 一代で築き上げられたその商会は、瞬く間に相当な勢力を誇っている大豪商。


 国中の上流階級に位置する者たちがこぞって贔屓にしている。


 利用額も半端ではないが、その品質や受け渡しの速さも折り紙つきである。


 だからこそ、ロイエ商会から客足は遠のいたことがない、とまで云われている。


 〝ロイエ〟を名乗っているということは、この男がその最高経営者ということか。


 はたまた、その身内か。


 どちらにしろ、かなりの重要人物ということは間違いない。


 にしては、やはり服装が変だが。




「いやぁーー。いかにも!この世で私目に運べない物はないでしょう。どんな代物でも、この私目が捜し出し、その手にお持ち致しましょう!」

 ――ですからご利用は、ぜひ我が商会で、と男は笑顔で宣伝した。


 なんと、商売気質の男なのだろう。


 サファイアも宝石鑑定士としての肩書だけでなく、ハルトで宝石の売買も行っていたが、こんな熱烈な勧誘はしたことがなかった。


 これが本来の商売の仕方なのだろうか。




 そして、なぜか話すときの最初の反応(リアクション)が一定なのも気になる。


 すごく表情豊かに明るく話すのに、どこか無機質にも思える。


 すごく、正反対。


 そう、男はとても中と外がバラバラに見えた。




 繋がっていない――。 




 サファイアは唐突に理解した。


 これが正解だと。


 なんの解を己が導き出したかもわかっていないのに――。


 それにもっと、大きな謎がある。




「トラ。煩いですよ。このやろう」


 この幼女はなんなのだろう。


 助手?


 でもうちの子って。


(まさか子供!?……には見えないな)


 幼女の冷ややかな視線もなんのその。


 男は、気にせず笑みを浮かべ続けた。


 そして、恭しくサファイアの右手の甲を取り、挨拶の口づけを施した。


「いやぁーー。以後、お見知りおきを」


 普通なら、そんな高度な挨拶には一切親しみが皆無なサファイアは、飛び上がって後ずさってしまうところだが、今は違う。


 今日までに、すでに淑女の礼儀(マナー)の一つとして、この程度で動揺してはいけないと習っていたのだ。


 どんなことでも、積み重ねればそれなりになるものだ。




 それにしても。




(なんだか、いつの間にか懐に入ってくるこの感じ。(トラ)というよりは……)




「猫みたい」




 サファイアは無意識に、最後の(フレーズ)だけを声に出してしまっていた。


 おそらく、男のくせ毛も相まってそう感じるのだろう。


 触れたら、柔らかそうだし。


 単に、それだけの意味で言った。


 そこに、悪気もなんの意図もなかった。




 ピリッ――。


 それなのに、空気が変わった。


 サファイア以外の全員が目を見開いて彼女を見つめた。


 それは、驚きから警戒の色へと変貌していった。




 ヒュッ、と服が擦れたような音が聞こえた。


 それと同時に、影と化していた塊が動いた。


 俊敏すぎるその動きに皆、反応が遅れた。




 幼女の懐からキラッと光る(ナイフ)が見えたのはわかったが、サファイアは動けなかった。




(やっぱり、西洋人形(ビスクドール)じゃなかったんだ)


 なぜか、サファイアはゆっくりと迫る人間に対し、そんなことを悠長に思考していた。


 どこかで、己の身の安全を少しも疑わなかったからだ。


 自分でも、それに気づかず。




「ハイネ!!」


 ビクッ――!




 名を呼ばれた幼女は機械のように動きを止めた。


 よく見れば、サファイアのすぐ傍まで切先(きっさき)は届きそうだった。


 幼女は、罰が悪そうに男の方を振り返った。


「戻れ。お客様だぞ」


 トラオアの制止にハイネと呼ばれた幼女は一度サファイアを睨んでから、定位置に戻っていった。


 サファイアは何が起きたのか全く理解できなかったが、トラオアが止めなければ、自分が危うかったことだけはおそらく当たっているだろう。


 どうして、そんな目に遭ったのかは未だに見当もつかないが。


(猫って言ったのがそんなに気に障ったのかしら?)


 サファイアは驚きすぎて、冷静に物事を判断していた。



 

「――おい」




 今度は、自分の隣から地を這うような声が聞こえた。


 冷静でない者もいたようだ。


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