12-3
「もうすぐ、客が来る」
辺りはすでに一面闇に包まてている。
灯りがなければ快適には過ごせない。
そんな静けさが広がる時間帯。
すでに本日の課題を終了し、また一歩、仮初の淑女に近づいた頃だった。
サファイアはタッキーが珍しく夜更けまで寝ずに過ごしていたため、彼の好きな紅茶を入れようと支度を整えているときに、突然彼が知らせた。
「えっ、お客様?タッキー二つも依頼受けるの?大丈夫?」
「依頼人じゃない。客だと言っただろう」
依頼人ではなく、客?
この食肉の館に?
なんだか響きが合わない。
「そう……。あっ、姿は隠さないの?」
「心配いらない。客だが、昔の依頼人だ。……その時に面は割れてる」
えっ、と呟く間もなくその者は訪れた。
しかも、一人ではなく二人でだ。
黒ずくめだ。
サファイアの第一印象はそれに尽きた。
訪室した客は、二人とも黒ずくめの衣装だった。
まるで葬式帰りのような出で立ち。
人間は男と女だった。
男は、黒の礼服姿だった。
かなりの長身で平均的な男子のそれをかなり上回っている。
入口の縁に頭上がぶつかりそうなほどで被っていた帽子はすでに脱いだ後だった。
しかし――。
これは礼服と呼んでいいのだろうか。
首にはなにも絞めておらず、手袋までもが黒一色でとても紳士の格好とは言い難い。
なにより、そのどれもがボロボロで使い古した感がある。
どちらかといえば、浮浪者のような格好だった。
それを裏付けるなによりの理由は、その黒髪だ。
(どうやったら、あんなにくせ毛になるのかしら?)
寝起きでも、あそこまで四方八方に飛び跳ねないだろう。
むしろ態とだと言われた方が、まだ納得感がある。
そして、その男の陰に隠れていて、最初よく見えなかった塊。
女、いや、限りなくこれは幼女だろう。
身の丈も、男の横にいることもあるが、サファイアの半分程度にしか満たない。
しかし、驚いたのはそこではない。
影から現れたその幼女を一目見た瞬間――。
(か、かわいい!)
サファイアは思わず卒倒しかけた。
まるで、画廊に飾られた西洋人形が命を吹き込まれて立っているかのようだった。
燃えるような赤髪は腰まで流れるように真っ直ぐ伸びており、頭上には元来、既婚者の女性のみが着用したと云われる白黒で彩られた絹の帽子を被っている。
澄んだ青い瞳は一点の曇りもなく、肌はまるで陶磁器のように滑らかで、触れたい、という衝動が抑えられなくなってしまいそうな完璧な美貌。
黒の洋服も胸元や手首に淡水パールがあしらわれており、更に彼女の人形度を上げている。
黒の編上げ靴も、あれはまちがいなく本革製だ。
(本当に人形だったら、金貨が一山いりそう……)
サファイアは不躾にも彼女の価値を思考していた。
思わず、じーーっと凝視していた。
すると、幼女と眼が合った。
見つめられると、更に胸が高鳴る。
黒服に身を包まれていても、眩しすぎる。
サファイアは、とにかく挨拶しようと口を開いたのだが――。
「なに、見てやがるんですか。このやろう」
「……」
いけない。
あまりに美しい者を見たせいで幻聴が。
サファイアは声の方向を確かめようと辺りを見回した。
「こっちですよ。このやろう」
「……」
まさか。
いや、違うはずだ。
確かに声は彼女にお似合いの天使の音色だが、天使はそんな詞使いはしない。
うん。
やっぱり聞き間違いだ。
「聞き間違いじゃないですよ。このやろう」
「心を読まれた!」
知らぬうちに全て表情に出ていたらしい。
今度は疑う余地がない。
確かに声を発しているのは、皆の憧れの西洋人形だった。
なんだか、夢を裏切られた気がする。
サファイアが密かに落ち込みを見せると、幼女の隣の男がハハハッと笑った。
「いやぁーー。ごめんね、お嬢さん。うちの子は口がちょっとだけ悪くって」
〝ちょっと〟というのは語弊だ。
どうしたら、こんな詞を使うようになるのだろう。
サファイアは彼女の生活環境を心配した。
そんな、余計なお世話を焼いていることもお構いなしに彼らは自己紹介を開始した。
「いやぁーー。初めましてですね、お嬢さん。まさか、こんな小汚い身分の私目が、宝石眼に挨拶する日が来ようとは!いやはや、人生とは本当に不思議!いや、光栄の極みです」
男は、そう言って軽やかな足取りでサファイアの前に進み、礼をした。
「私目は、トラオア・ロイエと申します。ロイエ商会という事業を営んでおりまして、『運び屋』をやっております」
「運び屋、さん?」
サファイアは眼を丸くした。
その名に聞き覚えがあったからだ。




