11-3
カクッ――。
「「!?」」
思わずよろめいてしまった。
先ほどまでの深刻な場の空気を、一瞬で吹き飛ばす場違いな発言に、もはや完全に呆気にとられたことを隠せなかった。
それほどの威力だったのだ。
(やっぱり空気が読めないんだわ、この人)
サファイアは、もう無理だと否定するのを止めた。
タッキーに至っては、もはや確信の域に達していたようで、目を細めてクルスを憐れんで見ていた。
「え、えっと……。じゃあこれはなんのためのお話だったんでしょうか?今までの時間を費やした意味は?」
サファイアは、再確認していたが、彼の関心はそこではなかった。
「それよりーー、まだ俺のことをターコイズの宝石眼って呼ぶの?もう名前教えたでしょう?ほら、呼んで」
――俺は、なんて呼ぼうかな。
クルスはサファイアたちには聞き取れないほどの小さな独語で、サファイアの呼び名でしっくりくるものを色々思案していた。
どうやら、サファイアの問い掛けはその耳には全く届いてはいないようだ。
(タ、タッキー)
サファイアは思わず声にならない助けをタッキーに求めていた。
(耐えろ。奴を人間だと思うな。サツマイモと思え)
彼女の無言だったはずの訴えを、タッキーはしっかりと受け止めてくれた。
(――っ!び、びっくりした。そうだった。タッキーとはこうやって会話できたのよね。……でも、サツマイモって)
どこぞの演劇に出演してるわけじゃないんだから。
しかも、微妙に喩えの野菜を間違えてる。
(あれだけサツマイモを食ったんだ。凝視し続ければ、いつかは視える!)
タッキーは、もちろん声にはしなかった。しかし、目が本気だった。
(……)
(おい、俺を無視するな!)
(……うん。でも、私は別に緊張してるわけじゃないよ)
(俺は、こいつの頭が本気で湧いてるんじゃないかと緊張しているぞ)
それは、ただの悪口では。
どうも、タッキーは己の美的感覚から外れた者への扱いが残酷で容赦がないらしい。
(私も、もっと淑女としての勉強をしないとまずいかな……)
(おい、なに脈絡ないことを考えてる?)
タッキーが横目でサファイアを見た。
(ううん、なんでもない。そんなに邪険にしないであげて。ターコイズの宝石眼様だって、なにかお考えがあるのよ)
サファイアがクルスを庇うと同時に彼が顔を上げた。
なにか、決定したようだ。
「よし、決めた!サファイアちゃんにしよう!」
「サフィーとお呼びください」
そこに、一瞬の隙もなかった。
好きに呼べと彼に告げたことは、サファイアの頭からは完全に消去されていた。
「えぇーーー!?」
案の定、クルスからは非難の声が上がったが、サファイアは無視した。
(お前の方が、余程奴をぞんざいに扱ってないか?)
タッキーは、サファイアには思念を届けず密かにそう思っていた。
しかし、すぐに本題に戻ることにした。
それが、一番平和的かつ最も己の精神的負担が減ると踏んだからだ。
(おい、どうでもいいから本来の望みを訊き出せ)
それでも自分で訊く気はさらさらないのも、また彼らしい。
「あ、あの。では……クルス様。本当の望みをお聞かせ下さいますか?」
サファイアは、名前についてこれ以上余計な手間を省くため、望み通り彼の名を呼んだ。
それに対し、クルスはこれ以上ないという程に不気味な笑みで上機嫌を示した。
「へへへっ。そうだよね!やっぱり、名前呼びはいいよね」
鼻歌でも始まりそうな声にサファイアは視線を鋭くした。
「……クルス様」
サファイアの声にはクルスが笑みを浮かべるような甘さはなかった。
クルスもさすがにその冷気を一心に浴びるのは堪えたらしい。
表情が、変わった――。
「――そうだね。こちらから依頼しといて申し訳ない。――俺の望みは、ある宝石の買い付けなんです」
静かな囁きだった。
そう、とても静かな。
それが、彼の望みだった。




