11-4
彼は、本当にそんな些細な幸せを望んでいたのだろう。
誰もが、手に入れられるはずの――。
「宝石の買い付け?」
サファイアが、繰り返した。
「はい。本日より十日後に、ある貴族の屋敷にて大々的な宝石の競売が開催されるんです。そのなかで、目玉商品の一点として挙げられている宝石を、どうしても手中に収めたいんです」
――どんな代償を払ってでも。
クルスが鋭い眼光を向けて宣言する。
「競売か」
タッキーは、合点が付いたように呟いた。
「もちろん。宝石の買い付け自体は、なんの裏工作もするつもりはありません。ただ……」
「その目玉商品を卑怯な手で横取りされないようにしろってことだな」
「その通りです」
クルスが真剣な眼差しで頷いた。
(本当にきちんとした望みがあったんだ……)
サファイアは、そのことの方が驚きだった。
ということは、今度こそ――。
「……つまり、ご自分の宝石であるターコイズを、卑怯な手を使って買い占めようとする人間に奪われないようにするんですね?」
「えっ?違いますよ」
ガタタッ――!
大衆演劇かと思うほど、サファイアは椅子から転げ落ちそうになってしまった。
さっきの比ではない。
なんだか辛くなってきた。
どうしてここまで話がかみ合わないのだろうか。
サファイアは段々と、己の理解力の方を疑い始めていた。
「ち、違うんですか!?じゃあ、被害に遭った人のことはどうでもいいんですか!?」
サファイアの正義感ある発言の横で、タッキーは腕を組んで唸っていた。
「実際のところ、犯人はその宝石に見合う額は渡さなかったが、主催者側がその瞬間納得する金銭を直接渡している。なかなか悪事だとは言い辛いところがミソだな」
タッキーが、犯人の巧妙さに微妙に感心していた。
「タッキー!」
サファイアの強い叱咤に、さすがの彼も少し慌てて口を窄めた。
「――過去は取り戻せないし、興味もないよ。宝石は、一粒ずつが銅貨一枚に至るまでの細かな適正価格は存在しない。だから、一度金銭を受け取れば、それは取引が完了されたことを意味する。そこに口を出すつもりはない」
ただ、驚いた。
彼のあまりに冷たいその声に、表情に。
その晴天の瞳が、薄暗い曇天へと移り変わったような気がした。
タッキーは、その表情を深く読み取ることはしなかった。
誰であろうと、依頼人は依頼人。
仕事相手を選ぶつもりは彼にもない。
闇なんて、持ってない方が人間としてどこか壊れてる――。
それが、タッキーの持論だった。
「まあ、まだ悪呪師の仕業だと決まったわけでもない。それに必ずその競売に件の犯人が出没するかも定かではない。もし、なにも起きなかったらどうする?」
「それなら、それで構いません。代償は先払い致します。返却を求めるつもりは毛頭ありません」
彼の詞にタッキーは溜息を吐いた。
断る理由がなくなってしまった。
「――ったく、本当に面倒な。それで?その貴族ってのはどの家名だ?」
タッキーの詞に彼は一呼吸置いた。
一瞬、サファイアは自分を視線で捉えられた気がした。
「――クヴェレ公爵家です」
「「!」」
一瞬、呼吸をすることを忘却してしまった。
クヴェレ公爵家。
三大公爵家の残りひとつ。
三大のなかで最も新興の公爵家である。
この時、確かに二人は同じ思想に囚われていた。
((また、公爵家がらみなのか!))
「おい、小娘。お前、前世でなにか三大公爵家に恨みでも買ってるんじゃないだろうな?」
「タッキーこそ、長生きなんでしょ?前世と言わず、今世でなにか悪いことしてない?」
お互い、横目で見つめ合いながら相手の所為にしていた。
しかし、ここでタッキーはハッとしたようにクルスを見返した。
「そ、そういえば。クヴェレ公爵家といえば、あの別名で有名な?」
タッキーにしては珍しく、身を乗り出し興奮したようにクルスへ問い掛けていた。
クルスはその異常さに僅かながら引き気味になっていたが。
「えっ?……あぁ。確かに有名ですよね。『水の公爵家』として」
「えっ!?水?」
サファイアも驚いたが、クルスの方は理解できなかった。
「は、はい。元々、他方の二大公爵家と異なり、クヴェレ公爵家は、初め侯爵家の一つで、そこまで拡大勢力はなかったんですよ」
クルスは、話の流れ上、その遥かなる昔話をすることとなった。
確かに、彼女は知っておいても損はないだろう。
俺たちの先輩の生き方だしな。
彼は、その美しい囀りでゆっくり語り始めた。




