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第一章 第三節「揺らぐ同盟」中編

-1924年9月14日 午前10時20分-

オーストリア=ハンガリー帝国 ウィーン 陸軍省



 ウィーンの空には、薄い雲が広がっていた。

 ドナウ川の流れる帝都では、戦争の始まりを告げる新聞が街角に並び、人々の間には期待と不安が入り混じっていた。

 オーストリア=ハンガリー帝国は、すでにセルビア王国と交戦状態に入っていた。

 しかし、戦争が始まったからといって、すべての問題が解決したわけではなかった。


 むしろ、軍部と政府の間では新たな対立が生まれ始めていた。

 陸軍省の会議室では、セルビア戦線の作戦計画を巡って議論が続いていた。

 机上にはバルカン半島の地図が広げられ、セルビア国境方面の部隊配置が記されている。


「セルビア軍は、我が軍の攻勢に耐えられまい」

 一人の将軍が言った。

「早期にベオグラードを制圧すれば、戦争は短期間で終結する」

 別の将校が頷いた。

「我が帝国の軍事力を示す絶好の機会です」

 しかし、会議に出席していた政府高官は険しい表情を浮かべていた。

「問題はロシアだ」

 その言葉に、将校たちは黙り込んだ。

「ロシア帝国がセルビアへの支持を表明した」

 高官は続けた。

「もしロシアが軍事介入すれば、我が帝国は二つの戦線で戦わなければならなくなる」

 一人の将軍が答えた。

「ドイツ帝国が我々を支援するでしょう」

「それは確かだろう」

 高官は頷いた。

「しかし、ドイツが参戦すれば、フランスも動く可能性がある」


 会議室が静まり返った。

「その場合、戦争はセルビアだけの問題ではなくなる」

 将軍は腕を組んだ。

「しかし、今さら引き下がるわけにはいかん」

「その通りだ」

 高官は答えた。

「だからこそ、早期に戦争を終結させる必要がある」

 しかし、軍事的な勝利が外交的な解決につながるとは限らなかった。


 セルビアを屈服させれば、ロシアの反発はさらに強まるかもしれない。

 逆に、攻勢を緩めれば、帝国内の強硬派が政府を批判するだろう。

 オーストリア=ハンガリー帝国は、すでに難しい立場に置かれていた。




-同日 午後1時15分-

ドイツ帝国 ベルリン 皇帝宮殿 会議室



 ベルリンの皇帝宮殿では、ヴィルヘルム二世が政府高官と軍首脳を招集していた。

 壮麗な会議室には、帝国の軍旗と皇帝の肖像画が掲げられている。

 中央の長机には、欧州全域を描いた地図が広げられていた。


 ヴィルヘルム二世は、険しい表情で報告書を読んでいた。

「ロシアがセルビアを支持したか」

 皇帝は静かに呟いた。

「予想していたことではあるが、好ましい展開ではないな」 

 シュタインベルク大将が答えた。

「陛下、現時点でロシア軍の総動員は確認されておりません」

「しかし、準備は進めているのだろう?」

「その可能性はございます」

 皇帝は机上の地図を見つめた。

「オーストリアは我が帝国の同盟国だ」

 彼は続けた。

「我々が支援を放棄すれば、同盟の信頼は失われる」

 政府高官たちは頷いた。


「しかし、ロシアとの戦争は避けたい」

 ヴィルヘルム二世は静かに言った。

「ニコライとは長年にわたり複雑な関係にあるが、互いに戦争を望んでいるわけではないはずだ」

 シュタインベルクは頷いた。

「陛下のお考えは理解しております」

「では、軍としてはどう考える?」


 シュタインベルクは一呼吸置いた。

「現段階では、軍事的な準備を進めつつ、外交交渉を継続するべきと考えます」

「総動員は?」  

「まだ、その段階ではございません」

 皇帝は静かに頷いた。

「よろしい」

 彼は続けた。

「オーストリアへの支援は継続する。しかし、ロシアとの戦争を避けるため、外交的努力も続けるのだ」

 政府高官たちは深く頭を下げた。

 ヴィルヘルム二世は窓の外を見た。

 ベルリンの街には、午後の陽光が差し込んでいた。

「……10年前、サラエヴォ危機の時ですら、我々は戦争を避けることができた」


皇帝は静かに呟いた。

「今度は、どうなるのだろうか......」




-同日 午後3時40分-

ドイツ帝国 ベルリン 帝国参謀本部



 午後の参謀本部では、各部署が慌ただしく動いていた。

 フリードリヒは作戦課の執務室で、ロシア軍の動員能力に関する資料を整理していた。

 そのとき、ブラント中佐が姿を現した。

「ヴァルテンベルク大尉」

「ブラント中佐殿」

 フリードリヒは立ち上がった。

「海軍から新しい情報が入った」

 ブラントは机上に一枚の報告書を置いた。

「英国海軍が、北海方面の警戒を強めている」

 フリードリヒは眉をひそめた。

「英国が?」

「ああ。先日の巡洋艦爆沈事件以来、英国海軍は神経を尖らせている」

 ブラントは続けた。


「現時点で英国が参戦する兆候はない。しかし、ドイツとロシアの戦争が始まれば、英国がどう動くかは分からん」

 フリードリヒは静かに頷いた。

「英国が参戦すれば、海上封鎖の危険があります」

「我が帝国の海外貿易は、英国海軍の行動によって大きな制約を受ける可能性がある」

 彼は机上の地図を指した。

「北海を封鎖されれば、海外からの物資輸入は困難になる」

 フリードリヒは報告書を見つめた。


「食糧、石油、銅、ゴム……」

「それだけではない」

 ブラントは続けた。

「海上輸送が制限されれば、工業生産にも影響が出る」

 フリードリヒは静かに息を吐いた。

「戦争が長期化すれば、軍隊だけでなく国民生活にも影響が及びます」

「そういうことだ」

 ブラントは頷いた。

「だからこそ、海軍としても戦争拡大は望ましくない」

 二人はしばらく黙っていた。

 やがて、フリードリヒが口を開いた。


「中佐殿」

「何だ?」

「我々は、まだ戦争をしていません」

「ああ」

「しかし、すでに戦争になった場合のことばかり考えています」

 ブラントは苦笑した。

「それが参謀の仕事だからな」

 フリードリヒは静かに頷いた。


 その言葉は正しかった。

 しかし、どこか不安が残った。

 戦争に備えることと、戦争を避けること。


 その二つは、必ずしも同じ方向を向いていなかった。




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