序章 第五節「双頭の鷲の苦悩」前編
―1924年9月5日 午前8時30分―
オーストリア=ハンガリー帝国 帝都ウィーン
9月のウィーンには、早くも秋の気配が漂い始めていた。
帝都を流れるドナウ川の水面には朝日が反射し、街を走る路面電車の鐘の音が、石畳の通りに響いていた。
リングシュトラーセ沿いには壮麗な建築物が立ち並び、カフェでは紳士たちが新聞を広げながら朝の珈琲を楽しんでいた。
その光景は、10年前とほとんど変わっていなかった。
かつて欧州の政治と文化の中心として栄えたハプスブルク家の帝都ウィーン。
今もなお、華やかな帝国の威容を保っていた。
しかし、その華やかさの裏側では、巨大な帝国が深刻な問題を抱えていた。
オーストリア=ハンガリー二重帝国
600年以上にわたるハプスブルク家の統治を受け継ぎ、欧州中央部に広大な領土を有する多民族国家である。
その領内にはドイツ系住民やマジャール人をはじめ、チェコ人、スロヴァキア人、ポーランド人、クロアチア人、セルビア人、ルーマニア人など、数多くの民族が暮らしていた。
それぞれが異なる言語と文化、歴史を持ち、帝国の統治は複雑な政治的均衡の上に成り立っていた。
そして近年、その均衡は次第に崩れ始めていた。民族自治を求める声は年々高まり、帝国議会では各民族の代表者たちが激しい論争を繰り広げていた。
特に南部のバルカン地域では、セルビア王国を中心とする南スラヴ民族主義の高まりが、帝国政府にとって大きな脅威となっていた。
そして、ついにそれは起きた。
1914年6月28日。
オーストリア=ハンガリー帝国の皇位継承者フランツ・フェルディナント大公夫妻が、ボスニアのサラエヴォで暗殺された事件は、欧州全土に衝撃を与えた。
当時、帝国政府はセルビア王国に対して厳しい要求を突きつけ、ロシア帝国はセルビアへの支持を表明した。
さらにドイツ帝国、フランス共和国、大英帝国がそれぞれの立場から外交交渉に加わり、欧州は全面戦争の瀬戸際に立たされた。
しかし、列強諸国の外交的仲介によって戦争は辛うじて回避された。
セルビア政府は一部の要求を受け入れ、国際的な調査委員会が設置されたことで、事態は一応の収束を見たのである。
後に「サラエヴォ危機」と呼ばれることになるこの事件は、欧州諸国に大きな教訓を残した。
少なくとも、当時の政治家たちはそう考えていた。だが、事件から10年が経過した現在も、バルカン半島を巡る対立は解決していなかった。
むしろ、各国の軍備拡張と民族主義運動の高まりによって、情勢は以前よりも複雑になっていたのである。
現在の二重帝国は皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の死去を経て、皇帝カール1世が統治していた。
若き皇帝は帝国内の民族問題を緩和するため、行政改革や自治権の拡大を模索していた。
しかし、帝国の保守派や軍部は、そうした改革が国家の分裂につながることを恐れていた。
そして今、帝国は再びセルビア問題を巡って重大な決断を迫られていた。
―同日 同時刻―
オーストリア=ハンガリー帝国 帝都ウィーン
マルガレーテン大通り
雑貨屋や喫茶店が立ち並ぶ大通り一角を、一人の男が歩いていた。
アレクサンダー・フォン・ホーエンフェルト。
30歳。
オーストリア=ハンガリー帝国外務省政治局に勤務する外交官であった。
濃紺の背広に身を包み、右手には革製の書類鞄を提げている。整えられた黒髪と端正な顔立ちからは、いかにも若い官僚らしい生真面目さが感じられた。
彼はサラエヴォで生まれ育った。
父は帝国政府に仕えるドイツ系官吏、母はクロアチア系の教師であった。
幼い頃からドイツ語とクロアチア語の両方に親しみ、帝国各地に暮らす様々な民族の文化に触れてきた。
そのため、彼は帝国への忠誠心を抱く一方で、南スラヴ系住民が抱える不満についても理解していた。
帝国の繁栄と民族の共存。
それは彼が外交官を志した理由でもあった。
しかし、近年のバルカン情勢は、彼の理想とは正反対の方向へ進んでいた。
アレクサンダーは街角の新聞売りから一部の新聞を購入した。
見出しには大きな文字が並んでいた。
『セルビア政府、我が帝国の要求に一部回答を拒否』
『国境付近で両軍の警戒強化』
『ロシア帝国政府、セルビアの主権尊重を強く要求』
「……またか」
アレクサンダーは小さく呟いた。
10年前も同じような見出しを見た記憶があった。当時、彼は二十歳の若者であり、サラエヴォで官吏としての仕事を始めたばかりだった。
大公夫妻の暗殺を知った日のことは、今でも鮮明に覚えている。
街には兵士が溢れ、警察は厳戒態勢を敷き、人々は不安げに噂を交わしていた。
誰もが戦争になると恐れていた。
しかし、戦争は起こらなかった。
その時、アレクサンダーは外交の力を信じた。
どれほど国家間の対立が深刻になろうとも、話し合いによって解決することは可能なのだと。
だが、10年後の今、彼は再び同じ問題に直面していた。
「.....今度も、話し合いで済めばよいが」
「.....いや、済まさなければならない」
新聞を折り畳むと、彼は大通りから外務省へ向かって歩き始めた。
第五節 中編へ




