第50話「未来へ」前編
「皇太子派帝国軍総司令部から、降伏を受諾したと返答がありました。全軍へ武装解除も出されました」
「総司令官からですか?」
「いえ、参謀長のコーウェン中将です。防衛総司令官スヴェルチャスク大将および副司令官ハーヴィ大将は戦死したとのこと」
「そうですか……分かりました。では、フィダール大将に伝えてもらえませんか?」
「了解しました」
ハデスの爆発が観測されてから約30分後。皇太子派の総司令部はゴタゴタから立ち直り、ようやく降伏を受諾した。
とはいえ最前線では無人仕様ジャッジメントに対する共闘が行われており、その流れで部隊ごとの降伏が行われていた。総司令部の判断も今さらといった感じがする。
味方であるはずの量産仕様ジャッジメントに襲われ、指揮系統が混乱していたため、仕方のないことではあるが。
『殿下、降伏が受諾されました』
「ええ、承知しています。降伏部隊への対処はどうしていますか?」
『総司令部の受諾前より、武装解除は順調に進んでいます。我々皇女派帝国軍で主に行っておりますが、他国の部隊からも問題があるとは報告を受けておりません』
「武装法務隊はどうでしょうか?」
『壊滅状態となっており、障害とはなっておりません。隊長を含め、主だった幹部が戦死したためでしょう。むしろ大破した機体から救出しなければならないほどです』
「ではそれを続けてください。処遇の判断は終わってからですね」
『了解しました』
その指揮系統に含まれていない武装法務隊は、完全に崩壊状態だ。隊長を含む幹部の大半が戦死した上、両軍から集中砲火を受けては当然だろう。
上手く生き残ったのは規模拡張のために無理矢理入隊させられた、皇女派寄りの考えを持つ面々のみ。何だかんだで理由を付けて出撃しなかったのが功を奏したらしい。
『しかし、新型のジャッジメントが停止して助かりましたな。アレが未だに暴れていたとすれば、被害はこの数倍になっていた可能性すらあります』
「止めるために尽力した者達がいることも留意してくださいね」
『もちろん分かっております。勲章を贈らなければなりませんな』
「その時は私自ら行いましょう」
『そのように手続きを進めておきます』
フィダール大将との話を終えた後、マイリアは背もたれへ体を預ける。その顔には疲労の色がかなり濃く見えていた。
それを僅か17の少女が、可愛がっている凛斗達と同学年の少女が見せるのだ。伯父貴をはじめとした面々が心配になるのも無理はない。
「殿下、お疲れでは?」
「あと少しです。休むにはまだ早いでしょう。それよりもアキヤマ中将、そちらの被害は?」
「コクロウ隊は大破10、未帰還8です。日本国防軍派遣艦隊としては2割の損失、即戦力として使えるのは6割といったところになります。それに加え……」
「分かっていますよ。捜索状況はどうですか?」
「すぐ近くにいた部隊をお借りし、全て向かわせました。しかし範囲が広く、なかなか……」
「そうですか……では、何かあれば教えてください」
「了解です、殿下」
そう告げた後、マイリアは指に込める力を強める。
「無事でいてくださいね……メイ、リント……」
スサノオは行方不明となっていた。
「……ント、リ…ト、リント」
「……ん?」
「あ、やっと起きた。良かった……」
「メイ……?」
凛斗が目を開くと、顔を覗き込むメイが見えた。無重力に揺れる髪が印象的だ。そんな戦場らしくない思考に違和感を覚えた凛斗が手を頭に当てると、自分のヘルメットも外されていることに気付く。
その後見回したスサノオのコックピットは真っ暗だ。メインモニターは完全に停止しており、サブモニターが薄く灯っているのみ。メイの顔を認識するレベルの光しか無かった。
「これは……ジェネレーターが落ちたか?」
「うん。今は非常電源で生命維持装置が動いてるけど……ごめん、失敗しちゃって」
「あの命令を出したのは俺だ。メイの失敗は俺の失敗、だろ?」
「もう」
サブモニターの通知を読むと、非常用の救助要請ビーコンは自動で発信されたらしい。出力が低いため届く距離は短いが、無いよりはマシだ。
とはいえ、それに頼るだけではダメだろう。
「ただまあ、長くは保たないな……ジェネレーターを再起動させるか。メイは現在位置を確認してくれ。非常電源はセンサーにも通ってたはずだ」「分かった」
万が一の時に備え、非常電源にはある程度の電力が溜められていた。それを使ってジェネレーターを再起動させられれば、長距離通信などもできる。
また、メイも自分の席に戻り、サブモニターを操作した。現在位置の確認も重要なことだ。
「万が一のために、非常電源を使ってジェネレーターを起動させることもできたはず……これか」
「できそう?」
「調べるだけなら問題は……」
システムチェックの途中、スサノオの自己診断結果にも凛斗は目を向ける。
ハデスの爆発に巻き込まれた結果、スサノオは四肢が全て無くなり、翼も外側の2つは完全に喪失している。内側の翼の稼動率は50%程度残っているが、ジェネレーターが動かないため無意味だ。武装はほぼ全てが消失、ビームボーゲンがいくつか残っている程度。
SAGAとしての機能の大半を失っている上……再稼動は不可能だった。
「……非常電源からジェネレーターに繋がるケーブルが切れてる。それどころか、ジェネレーター中心部が融解してるな……くそ!」
「やっぱり、無理?」
「ああ、誰かが回収してくれるのを待つしかない。メイ、そっちはどうだ?」
「私はもう少しだよ。あ、って、え?嘘……」
凛斗が苛立ちを隠さず叫んだ後、メイも突然困惑した声を上げる。
「どうした?」
「こ、これ……」
「これは……」
メイが見ていたデータ。その内容を理解した時、凛斗も絶句した。
「地球からの離脱軌道、か。しかもこの距離……ジェネレーターもスラスターも動かないんだぞ……」
「リント、どうしよう……?」
「どうしようにも……この状態だと、打てる手は無い。生命維持装置の残りは5時間、酸素ボンベを使っても10時間が限度だな。コックピットの方を止めて、パイロットスーツの生命維持装置だけにしたとしても……20時間が限度か」
「そう、だよね……」
宇宙が過酷な空間であることは、この時代でも変わっていない。酸素供給と二酸化炭素吸着、そして温度維持機能が止まってしまえば人はすぐに死ぬ。
絶望感に襲われてしまうのは仕方ない。
「ねえ、リント。そっち行っていい?」
「ん?ああ」
先にそれに触れたからか、立ち直ったのはメイの方が早かった。
彼女は自分の席から浮かび上がると、凛斗の膝の上で横座りになる。無重力なので、無茶な体勢でも問題は無い。
「ここ、初めてかも」
「そういえば……確かに」
「少しだけ距離取ってたもんね、リント」
「仕方ないだろ。居心地が良すぎて、スパイってことを忘れそうになったんだぞ」
「じゃあ、私が天敵だったんだ」
「ハニートラップなら完璧だな」
「もう」
凛斗もそれを気にすることなく話始めた。
結婚を前提というか、将来的に結婚する予定を覆すつもりは更々ない2人なので、問題は無いらしい。
「リントが違ったらどうだったんだろ」
「スパイじゃなくて、普通に入学しただけの日本人だったら、ってことか?」
「うん」
「案外、同じだったかもしれないぞ?」
「最後はここにいるってこと?」
「さあ?ただルシファーを盗られる時、俺がどこにいるか分からないっていう不安はあるか。良くて捕虜、悪かったら……」
「大丈夫だよ。リント強いもん」
「明けの明星に入ってなかったらただの素人だからな?多分、メイに勝てない」
「そんなことないよ」
「どうだろうな」
2人が顔に浮かべている感情の中に恐怖は無い。いや、恐怖を奥底に仕舞い込んでいるだけだが、それでいい。
最期になるかもしれない、なんてことはどちらも考えたくないのだから。
「そうかも。どうなるか分からないけど……でも、楽しかったよ。リントに会えてずっと」
「俺も楽しかった。スパイだってことを忘れるくらい。正直……人生で1番、だな」
「私も。みんながいたから良かったけど、リントがいたからもっと楽しかったんだ」
それに、双方とも相手といる時は楽しかった経験が圧倒的に多い。
ここ半年だけでなく、3年半前からの付き合いなのだから。
「そういえば、入学式の後に俺の所に来たのはどうしてだ?聞きに来ただけか?」
「うん。でも……」
「でも?」
「何となく、会った方が良い気がしたんだ。成績のこと聞く前から」
「まあ、俺も不思議と嫌悪感は無かったな。最初は警戒した程度で」
「運命かな?」
「多分」
そんな2人の仲が良かったのは最初からだ。
それに、運命なんて言葉を素直に信じるくらいには、2人はまだまだ若い。
「初デートはあれか。買い出し」
「初デートか……うん、そうだね」
「嫌か?」
「そうじゃないけど、意識してなかったもん。悔しいよ」
「いや」
「え?」
「私服選びに付き合わされただろ。正直、緊張してたぞ」
「そうなんだ……美少女だった?」
「当たり前だろ」
いや、逆かもしれない。
運命を信じているからこそ、ここまでの仲になったのだと。
「それにしても、メイには振り回されたな。主導権を握られ続けて」
「ううん、全然。リントは慣れるの早すぎだよ」
「メイに慣れるわけないだろ。演技に慣れただけだ」
「ふーん。じゃあ、ドキドキしてた?」
「毎回な」
「そっか、良かった」
それを知れたのが嬉しいのか、それとも応答が琴線に触れる内容だったのか、メイは上機嫌だ。
それでも恥ずかしいらしく、軽く頬を赤らめているのだが、凛斗は見なかったフリをする。気付かれているからこそ必要だ。
「あ、そうだ」
「ん?」
「リントってどの服が1番好きなの?何となく分かるけど」
「それなら言わなくても良いだろ?」
「ダメ、言って」
「まったく。せーの」
照れ隠しに選んだものは容赦が無かったが。
「「水着」」
一言一句、それどころかタイミングまでも完璧に合った言葉が、コックピット内部で響く。
「バレてたか」
「だって視線が分かりやすかったもん。この前のドレスも好きだったみたいだけど、それより上でしょ?」
「1番似合ってたからな」
「でも、この前は行きそびれちゃったね」
「それは悪い」
「良いよ。一緒にいてくれるもん」
色々と理不尽なことはあったものの、今は笑顔でいる。過去だけでなく未来にも向いている。それは凛斗にとっても嬉しいことだ。
しかし、埋め合わせという言葉を出すことはできなかった。不可能かもしれない約束をしたくは無い故に。
「けど、コートも良かったぞ。あれも似合ってた」
「この前の?」
「というより、ハワイだと冬服要らないだろ」
「過ごしやすかったもんね。ちょっと暑かったけど」
「薄着ばっかりだったな、あの頃は」
「リントを誘惑できたから良かったよ?」
「おいこら」
「でも好きだったでしょ」
「ああ。で、メイは?」
「え?」
それを意識したくなかった凛斗が選択したのは、割と容赦の無い反撃。
メイの思考が一時停止する程度には容赦が無かった。
「メイはどんな服が好きだ?」
「え、えっと、服も好きだけど……」
「けど?」
「その……リントの男らしいところは全部好き、です」
「なるほど」
「納得顔で頷かないで!」
「失敬な。彼女が俺よりベタ惚れなのが少し恥ずかしいだけだ」
「うぅ……」
凛斗が慣れた後から繰り返されてきた、普段と変わらない光景。多少ベクトルが変わった程度で壊れたりはしない。
その感情は双方のものだ。恥ずかしがっているが、メイも楽しんでいる。
「そうだよ!私の方が好きだもん!」
「どれくらい?」
「え、えっと……?」
「そうか、その程度か……」
「リント!」
「悪い」
「もう」
もちろんやり過ぎてはアレなので、凛斗はこの辺りで止めた。
「なあ、メイ」
「なに?」
「そういえば、いつから俺のことを好きになったんだ?」
「え、今さら?」
「今さらだけど、気になるのは仕方ないだろ。俺の勘が合ってる確証は無いし……」
「酷い。一目惚れだったんだよ?私」
「やっぱりか?」
「自覚したのはもっと後だけどね。リントは?」
「俺か?俺は……いつだ?気付いたら好きになってたな。最初は分からない」
「そっか。でも良いよ」
「良いのか?」
「うん。リントが好きでいてくれるんだもん」
次に出したものは、自らも恥ずかしいから良しとしたようだ。最初の出会いはどちらも良い思い出となっている。
ただし、その後の過程は過酷だったが……今は2人とも幸せだ。それだけで十分らしい。
「リント、大好き」
「俺も好きだ、メイ」
「離しちゃダメだからね」
「分かってる。メイを生かすために俺が死ぬ……なんて言ったら怒るだろ?」
「うん。一緒に生きたいし、一緒に死の」
「ああ、俺もそれが良い」
そんな幸せに浸るための、恐怖を塗り潰したいがための、長い口付け。
「ねえ、しよ」
「まったく」
「だって好きだもん。ね?」
「俺も好きだ。な」
「うん……」
やはりどちらにとっても、死の恐怖は強い。どれだけ押し殺そうと、無理なものは無理だ。
それをさらに塗り潰そうとした、のだが……
『えっと……』
通信機からクリスの声が漏れてきた。
それを聞いた瞬間、凛斗とメイの時間が止まる。
『お邪魔しちゃったかな?』
『凛斗、流石にそういうのはムカつくんだけど』
「「あ……」」
割と覚悟を決めていたために、凛斗もメイも苦笑いを堪えきれない。
なお、メイの広げていたセンサー情報には、ちゃんと2機の接近が表示されていた。よく見ていなかっただけだ。
「はは……助かったな」
「あはは……うん」
再び長い口付けをした2人の顔に、死への恐怖はもう無かった。




