第46話「戦端開く」前編
「では、正面から敵防衛線を粉砕すると?」
「そうなります。いえ、それ以外の方法は取れないでしょう」
「それよりも多方面同時攻勢を行なってはどうですか?有用かと思います」
「いや、遠距離砲戦はどうだ?例の新型艦が使えるのではないか?」
「それらも考慮に入っていましたが、却下されました。敵の方が総数は多いため、いずれ劣勢へ追い込まれるでしょう」
「それならばいっそ、か……」
攻勢を数日後に控えたこの日、ラグランジュ1では最後の合同軍事会議が開かれていた。
しかし、大まかな方針はそんなに難しくなく、前から決まっていた。ラグランジュ1に集結した、拠点防衛以外の全戦力をぶつけるという単純明快な作戦。これほどの大規模な艦隊ではそれが最適解だ。
なお、これは少数精鋭による特殊任務を否定するものでは無い。
「伯父貴。親爺さんが言ってたけど、例のやつは……」
「ああ、完成したそうだ。シミュレーターは?」
「全員合格だ。危険だけど、問題無い」
「そうか、では任せる。作戦通り、好きに使え」
「了解」
日本国防軍も、それを考えている組織の1つだ。
平均練度が最も高く、機体性能も高いため、連合軍全体の別動隊としての運用も考案されていたが、今回はそれを一部否定形になる。
「ラウ少佐、1つ良いか?」
「はい、アキヤマ閣下。どうぞ」
「例の装置が完成した。そのため、ここにいる剣崎大佐を指揮官とする特別任務中隊を編成、事前に提出した通りに作戦を実行させる」
「それは朗報ですが……あの作戦が可能ですか?」
「可能だ。剣崎大佐」
「はい。敵戦力を想定の3倍にしたシミュレーションでも作戦は成功。損傷こそあったものの、撃破された機体はありません。実戦でも存分に力を発揮するでしょう」
「しかし、困難なことに変わりはないだろう。シミュレーションにおける想定戦力と結果は?」
「こちらです」
極少数を投入し、短時間で作戦目標を達成して帰還する作戦。数で劣る皇女派連合軍には必要性の高い戦術。
とはいえ、作戦目標しか達成してはいけないという決まりはなく、作戦目標以外への制限も無い。確実に大暴れしてくると、伯父貴は確信している。
なお、シミュレーションは地獄のようだったと、2人以外の面々は言っていた。
「ふむ……フェイズ3に不安がある。それについては?」
「そちらに押し込んでいただければ問題は無いかと、フィダール閣下」
「ふっ、こちら頼りか」
「仕方がありません。用意できた装置の数は少なく、我が日本国防軍も戦力に乏しいのですから」
「エースと準エースの集まりがよく言う。次に……」
もっとも、それが通じるのは身内までだ。目の前の面々相手には、自身のプレゼン能力を駆使する他ない。
そんなやり取りを、メイはハラハラしつつ見守っていたが……賭けは凛斗の勝ちだった。
「ふむ……分かった。アキヤマ中将、承認しよう」
「ありがとうございます」
「ケンザキ大佐、貴官に任せる」
「は!了解しました」
応答は少し長かったが、この承認は全会一致と言っていいレベルのようだ。どうやら期待は大きいらしい。
もちろん、ここには他にも多くの面々がいる。彼らの後にもいくつか提案・議論があり、承認と不許可が入り混じる。
そして色々と討論が交わされた後、会議はつつがなく終了した。
「ふぅ」
「お疲れ様、リント」
「メイもお疲れ……って、心配したか?」
「うん。大丈夫って分かってても、ハラハラしてたんだから」
「ごめん。けど、アレは絶対に通したかった」
凛斗自身は大丈夫だと確信していたものの、メイは表情通りに心配していたらしい。彼女がこのような作戦会議に慣れていないというのもあるだろう。その結果がこれだ。
なお、凛斗がアレを推した中には自分が暴れたいという理由だけでなく、戦後を見据えた部分もある。
「そんなに?」
「ああ。一応、俺達にはマイリアの子飼って面もあるからな」
「あ、そっか。私達の戦果が大きかったら……」
「戦後が楽になる。それに俺達もな。メイは大丈夫か?」
「うん、大丈夫だよ」
2人は佐官。若いとはいえ、考えなければならないことは多い。
特に、2人を始めとした面々を重用しているのはマイリアという構図もある。戦果が多いに越したことはなかった。
「っと、待たせたら悪いな」
「あ、忘れてた」
「おいこら」
「ごめん。こっちだよ」
「ああ、伯父貴」
「分かった。任せる、メイルディーア少佐」
「はい!」
これもその一環、と言えるだろう。メイを先頭に、3人はとある場所……というより、とある相手へ向かう。
しかし、メイはさっきの会議以上に緊張していた。
「ん?おお、君がハイシェルト君か。少佐になったようだな」
「お久しぶりです、グラウデン閣下。こうして挨拶させていただくのは初めてですが」
「ふむ、そうだな。しかしそう萎縮ものではないぞ。今の君は皇女殿下直属、ワシよりも重要な地位におるのだからな」
「そんなことは……」
「事実なのだから気にするではない。それより、そちらの方々を紹介してくれるのだろう?」
「は、はい」
ただ人を会わせるだけ、とは言い切れないのが現在までの状況だ。
先にある程度伝えているとはいえ、何も起こらない保証は無い……彼女はそう考えている。
「こちらは日本国防軍のアキヤマ中将閣下です。アキヤマ閣下、こちらは皇女派帝国軍の第2次艦隊を指揮していたグラウデン中将閣下です」
「日本国防軍宇宙派遣艦隊司令長官の秋山だ。以前はパルチザン明けの明星のリーダーをしていた」
「ガリウス・グラウデンだ。現在は艦隊総司令部次席参謀の任を拝命しておる」
そんな2人。階級は伯父貴の方が上だが、年はグラウデン少将の方が上。艦隊規模も含めると、ほぼ同格と言えた。
だがそのおかげで、互いに好きなように言い合うことができる。
「例の作戦の指揮官か」
「ふん、ワシも失った部下が多すぎた。仇はそちらもだぞ」
「だろうな」
そして結論から言えば、メイの心配は杞憂だった。
「しかし、あの時とは立場が180°異なる。今は味方である以上、どうこう言うつもりは無い」
「そもそも、武装法務隊のアレを見逃していたのはワシらの失態だ。巻き込まれた連中が不憫でならんわ。当然、被害者はそれ以上だろうが」
「そうだが、今やるべきことは別だ」
「まずは元凶を倒さんとな」
2人とも割り切る、というより優先順位を厳格に決めるタイプだ。大事を前にして、些細なことに拘る人間ではない。
途中から参加したウォーカー大将も合わせ、ある意味では最も私情を排している人間だろう……この後計画していることを除けば。
「良かった……」
「心配しすぎだろ。伯父貴達は大人だ」
「でも、殺し合いしてたんだよ?心配するよ」
「分からなくはないけど……代わりに俺達がやった形か」
「あ」
そして、こちらには感情に振り回された2人。
言われてみればその通りだ。
「もしかして、私達代理戦争してた?」
「いや何だそれ。あれは違うだろ」
「でも似てるもん」
「あの時は俺達自身がそういう感情だっただろ。他の誰かなんて関係無い」
「つまり痴話喧嘩ですな、ケンザキ大佐殿」
「冗談はやめてください、サンダース中佐」
と、そんな風に傍観するだけは許されないらしい。後ろから声をかけてきたのはサンダース中佐で、その隣にいるのはキャンベル少佐。今回は彼らが会議に参加していた。
もっとも、弄りがいのあるカップルで遊びたいためのようだが。
「いやいや、貴方の方が階級は上ですぞ?敬意を払わなければ」
「経験ではサンダース中佐の方が上です。それにこれ、半分はプロパガンダのためですから。気にしないでください……というかキャラぶれてますよ」
「はいはい。彼の言う通りやめましょ」
「む、しかし……」
「冗談下手なんですから、中佐は」
「キャンベル少佐?あなたも何をしているんですか?」
「え、これ?抱き枕?」
「離れてください。メイは俺のものです」
「リントったら」
「あーあ、妬いちゃって。かわいいね、魔王様?」
「やめてください」
性格の問題か、この手の話では言い勝てないらしい。凛斗も勝ちたいわけではないので、あまり過剰には反応しない。
それより気になるのはニヤニヤ、というよりもニマニマとした視線。後ろからキャンベル少佐に抱きしめられているメイが送っているものだ。
「で、メイ?何だその顔は」
「ううん、何も」
「本音は?」
「私のことどう思ってる?」
「されたいのか?」
「どうかな?」
「はぁ……嫉妬した。認めるよ」
「ふふっ、ありがと。でも、仲良いんだね」
「残念ながら今日が初対面だ。初めて話したのはこの前の通信……というかメイにも言ったな?」
「えー?」
「なるほど、悪いのはこの口か」
「いひゃいいひゃい」
そんな顔を直さず、それどころかさらに遊ぼうとしてきたため、凛斗はメイの頬をつまんで弄る。
なおフラストレーションでも溜まっていたのか、彼女が解放されたのは凛斗が一通り堪能した後だった。
「もう、何するの」
「メイの悪ふざけが悪いだろ?」
「彼女が傷物になったらどうする気?」
「一生面倒見るのは同じだから気にするな」
「そういう問題じゃないよ!」
「そっか、なら……」
「ひゃっ⁉︎」
「さて、帰るぞ」
「ちょ、ちょっと……もう」
さらに、不意を突いてお姫様抱っこを敢行、そのまま部屋の外へ向かう。
メイの顔は赤くなっており、凛斗の顔しか見れていない。どうやら、赤の他人の前でやるのはまだ恥ずかしいらしい。
それでも簡単な文句だけで終わらせるあたり、実にバカップルだが。
「あー、その、悪いな」
「うわー、人の前でやれるのね……」
「何のことですか?」
「リント、このまま?」
「いや、降ろす」
「うん」
しかし、このまま大和に戻るのはただの公開処刑なので、廊下に出る前に凛斗はメイを下ろす。まあ、凛斗がアピールしたかっただけだ。
……この2人に対して今更と言っても無駄である。
「っと、こっちか」
「え、どこ行くの?反対だよ」
「いや、こっちで良い。来るか?」
「うん。でも……」
「決まりだな」
そんな風に話をしつつ、凛斗はメイを伴ってある場所までやってきた。
「ここを曲がって……見つけた」
「ここ?あ」
「1回来たかったからな」
宇宙港と反対側にあるこの窓からは月が見える。灰色っぽい白い大地の上に点在する、光点のような月面都市。
そしてそれよりさらに小さいものは、資源衛星を改造したムーゼリア帝国の本土防衛要塞。ここから見ると小さいが、実際は大和など比べ物にならないサイズだ。
「ねえ、ここに来たかったのって?」
「偵察、ってわけじゃない。来たかっただけだ」
「そっか……もうこんな所なんだね」
「メイは生まれ故郷だよな。ずっとあそこだったのか?」
「うん。ハワイに行くまでずっとあそこだったから。遊びに行く時くらいかな、例外は」
「そうか……遠いな」
「え?」
しかし、凛斗の目は月ではない何かに、捉えられない何かに向けられているようだった。
「遠い所へ来たな、俺達は。いや、俺は、か。こんなことになるなんて思ってなかったのに……」
「リント、どうしたの?」
「弱気になるのは珍しいか?けど、そう考えて止まらないんだ」
「そっか……遠いってどっち?距離?心?」
「心だな、多分」
日本だけで終わるはずだった。全面戦争なんてできるはずもないと諦めていた。そもそも、全滅する可能性の方が高かった。
そのはずが、今はこれだ。一斉反攻で日本どころか地球中を解放し、連合軍として月に攻め入る。組織としてだけでなく個人としても成功した結果、メイが隣にいる。
1年どころか数ヶ月前ですら想定できなかった現状。メイが落ち着いた後あたりから、凛斗の中に少しずつ溜まっていた。
「バカな考えだってことは分かってる。でも、こんなことになるなんて考えてなかった。いや、今も実感無いな。俺の意志で来たはずなのに、状況に流された感じもする……やっぱり弱いな、俺は」
「ううん、大丈夫だよ。凛斗はちゃんと自分でここに来てる。それに、凛斗が助けてくれたんだから」
「分かってる。そのうち消えるはずだ。メイが隣にいるからな」
「近くにいるのは私だけじゃないけどね」
「まあ、確かに。けどそれなら……」
ここまで来ては悩んでも仕方がない、それは凛斗も分かっている。それに、いずれ無くなるものだということも。
しかし、しばらく滞留するのは確実。だからこそというか何というか、一気に吹き飛ばすことにしたらしい。
「メイはいただいた!返却は無しだー!」
「リ、リント⁉︎」
「ほら、メイも言え。良い機会だろ?」
「う、うん……私、リントと幸せになりまーす!」
「へぇ……」
「リントが言ったんでしょ!最初に!」
「じゃあこうするか。メイは柔らかいぞー!」
「ちょっと⁉︎」
「どうかしたか?」
「どうかしたか、じゃないよ!」
通報を受けた警備兵がやってくるまで、あと3分。




