第45話「ラグランジュ1」前編
「ありがとう、助かった」
「今まですまねぇ」
「その、ありがとうございました」
諸々の後処理が全て終わった数日後。キース、オリバー、アリアの3人が頭を下げていた。
それは腰を90度曲げる完璧なものだ。西洋では普通しないことだが、相手が日本人ということで教えられたのだろう。
「気にするな。俺達も命令を受けただけで、お前らがそこにいたのは偶然だ。それに、戦友を助けるのに理由が要るか?」
「戦友、か……良いな」
「良いんじゃね」
「ああ、アメリカとは昔からの同盟国だ。それにアメリカの文化は好きだし、こんな風に英語も話せる。それで十分だろ?」
しかし、それを受けた凛斗はあまり気にしていない。これ以前のことにも慣れていたし、それ以上に味方を責めるようなことはしたくない。
そういうわけで穏便な、ある意味では八方美人的な対応をしたわけだが、間違ってはいないようだ。
「そうかもな……よし、日本についてももっと知ることに決めた。オリバー」
「あ?」
「勉強しろよ」
「……ちっ」
「苦手でもやれ。良いな?」
「分かったよ」
「はぁ、まったく。それで、その……」
「ねえ、リント」
そう発言した直後、一瞬メイとアリアの視線が交差した。
その一瞬の後、メイはそのまま凛斗の腕を取る。
「どうした?」
「この後ってどうするの?」
「どうって、そうだな……街に出るか?」
「うん、行く」
「ならプランは……こんな感じだな」
「やった」
だが、そんなやり取りに凛斗は気付くことなく、普段通りの答えを返す。
どうやら、キースとオリバーも同様らしい。
「同行してもいいか?」
「は?」
「負け続けってのは性に合わねぇんだよ。ゲームで対戦させてくれねぇか?」
「なる、ほど……分かった。こっちも他の連中を呼んでも良いか?」
「当然じゃねぇか」
「リント?」
「我慢してくれ。埋め合わせは……明後日できるな」
「ん、分かった」
そんなやり取りが交わされたため、凛斗とメイは連絡を取る。
合流は意外と早く、10分とかかっていなかった。どうやら割と近くで集まっていたらしい。
「よう凛斗、どうした?」
「来たよー」
「何かあった?」
「えっと、キース達にちょっと誘われちゃって」
「そういうわけだから、付き合え。人は多い方が良いだろ?」
「はい?それ良いの?」
「悪いか?それとも、上官命令が欲しいか?」
「……行けば良いだろう」
「そうね」
「上官だったら奢ってください」
「調子に乗るな」
というわけで、合計17人もの面々でゲームセンターへ移動したのだが……
「おら!」
「はっ!」
「負けるか!」
「このやろう!」
剛毅、レックス、トラン、オリバーの4人はリアルな宇宙飛行するレースゲームで対戦していた。
レースの機体は数百年前に流行ったSF映画を元にした宇宙戦闘機で、SAGAとは異なるものの、ゲームのリアリティは非常に高い。
相手を邪魔するための撃ち合いもできるため、4人はかなり熱中していた。
「わ、凄い」
「……よくできるな」
「凄いですね」
「そうか?」
また、聡、潤人、アクト、キースの方は協力系シューティングゲームで遊んでいる。そこではキースが近接射撃技能を見せつけ、特に聡からの尊敬を集めていた。
ちなみに、狙撃はアクトの独壇場だ。
「えっと、これとこれで……」
「ねえクリス、こっちはどう?」
「あ、良いかも!」
「ねえ、ちょっと……」
「これにしよっか」
「うん」
「あーあ、遊ばれてるね」
「えっと、大丈夫、かな?」
「大丈夫でしょ。あれ、手加減してるし」
「そうそう。本気のクリス、もっと激しいから」
「え……マジ?」
そして、アリアは繭とクリスに引っ張られ、プリクラのようなもので遊ばれていた。空間投影映像が実用化されている社会であり、その機能を最大限活用する2人にアリアは抵抗できないでいる。
なお、香織、智子、シア、ニーネの4人は少し離れた所から見守っており、助ける気は無いようだ。
「まったく、あいつらは」
「でも、どっちも楽しそうだよ」
「あいつらも好きなんだろ。どうせ、大人数で遊びたかっただけじゃないか?」
「そうかもね。でも、リントもこうしたかったんでしょ?」
「ああ」
そして、半分思惑通り蚊帳の外へ置かれた凛斗とメイ。
何だかんだ言って結局、2人きりになりたかったようだ。
「さ、リント。何やろっか」
「悩むよな。ここ、一通り揃ってるから」
「うん。だから……クレーンゲームかな」
「クレーンゲーム?珍しいな」
「だってあれ欲しいもん」
「なるほど」
メイが目をつけたのはブレスレットタイプの腕時計、それもかなりデザインに拘った一品だ。
この時代はスマホをさらに高性能化した端末が普及しているため、腕時計はファッション以上の意味を持っておらず、安くても良いデザインの物は多くある。
だが、それがクレーンゲームの景品となっているのは珍しい。
「このデザインなら俺もメイも使えるな」
「あ、バレた?」
「当たり前だろ」
「じゃあ取って」
「はいはい」
そんなわけで、ねだられた凛斗はクレーンゲームに挑戦する……
「なっ」
「あっ」
が、そんな簡単に取れるようなものではなかった。
「リント?」
「難しいな、これ。というか弱すぎる」
「どこかに引っかけると良いんだっけ?」
「引っかける場所無くないか?どうにかして崩せれば……」
「傾けて落とす?」
「それが出来れば苦労しないだろ」
クレーンのアームがワザと弱く作られているのは、この時代も変わっていない。
10回以上かけてもほとんど移動させられず、凛斗のイラつきは溜まっていく。そういうゲームだからなのだが、あたりやってこなかったツケが返ってきた形だ。
「ちっ、また……」
「何やってんだよてめぇは」
「オリバー?」
「欲しいのってこれか?ならちょいちょい、ってな」
「おぉ」
「わー」
しかし慣れているのか、オリバーはサラッと取った。あまりにもスムーズで、直接手で取ったかのような素早さだ。
何回も失敗していた凛斗は呆然としたものの、後ろで見ていたメイ、および剛毅達も同様なので、むしろ当然と言うべきか。
「凄いな」
「何だよ。こんなもん、慣れちまえば簡単だろうが」
「それが出来れば苦労しないだろ。もう1つ頼めるか?
「ん?ああ、ほらよっと」
「ありがとな。お前の勝ちだ」
「あ?ちょ、おい!」
勝ちを得たがっていたオリバーへ白星を譲る、という形を凛斗は選んだ。雑ではあるが他の2人もこれで少しは溜飲が下がればいい、とも考えていたりする。
まあ、この程度でどうこう考える相手ではないし、凛斗もそれは分かっているのだが。
「リント?」
「サービスくらいはいるだろ?それより、これはどうする?」
「んー、後かな」
「分かった。次は……」
「答えないと」
「みたいだな」
その目論見、というには杜撰なものをメイは気付いていたため、そんな会話も交わされる。主語等が抜けているが、当人達は中身も理解しており、意思疎通に問題は無い。
また、この辺りで一通り終わったのか、他の面々も集まってきた。
「なあ凛斗、何かあったか?」
「あったんだろ。そうじゃないと……」
「あんな風に悩まねぇよな、あいつ」
「おいトラン、それ半分は貶してるだろ。やめろ」
「あいよ」
「はぁ……」
「凛斗さん、これってどうなるんですか?」
「これはこうだな。こんな時も勉強か?」
「その、つい思い出しちゃって……」
「まったく、作戦の時までに終わらせろよ。力にはなれる」
「はい!」
こんな風に意味合いは薄いことを話している面々がいる一方、他方では少し前に入った情報について話していた。
「ねえメイちゃん、あれってどうするの?」
「知ってるよ。私が行くから大丈夫でしょ?」
「良いの?」
「もちろん」
「じゃ、よろしく」
当然というか、何か重要そうなことを話していれば気になる。
凛斗もその1人だ。
「メイ?」
「ねえリント、もう良いかな?」
「まあ、そうだな」
「じゃあ、ちょっとついて来て」
「分かった。けど、どこに?」
「すぐ分かるよ」
そんなことを言って、メイは凛斗を連れてゲームセンターから抜け出す。
そして、向かった先は宇宙港だ。宇宙側に取り付けられた窓からは、大量の艦艇とSAGAが行き来している様子が見える。
ちょうど数時間前に皇女派帝国軍の第2陣が到着したばかりだ。宇宙港の容量を上回るほどの数はいないが、新入りが来た影響でかなりゴタゴタしている。
そしてその中には、メイが見慣れた艦もあった。
「なるほど」
「そういうこと。良いかな?」
「確かに必要だな。けど、私服のままだぞ?」
「大丈夫、許可は貰ってるから」
「いつの間に……」
ID照会で分かるため、申請すれば軍服無しでも入ることは可能だ。
メイは凛斗を引き連れてボーディングブリッジを渡ると、そのまま艦長室へ向かった。大和と違って無重力だがメイが戸惑うことは無く、凛斗も慣れたため、上手くできた。
「よう嬢ちゃん、久しぶりだね」
「はい。お久しぶりです、艦長」
「元気そうで何よりだよ。で、そっちは?彼氏かい?」
「その……はい」
「おい、メイ。どういう理由を付けて申請したんだ」
「顔見せだけだったよ。それで?」
「日本国防軍宇宙派遣艦隊の剣崎凛斗です。正確にはメイの婚約者ですね」
「スパイダーの艦長、ティエルナ・バーグナーだ。婚約者とは大きく出たもんだ。にしてもその名前、確かルシファーのテストパイロットじゃなかったかい?」
「ご存知でしたか」
「当然だよ、この艦に載せる予定だったんだからね。生きてるとなると、アレの時に連れ去られたって口かい。大変だったね」
「いえ、そんなに大変じゃないですよ」
「そうかい?にしても、貴官の他にルシファーを使いこなせる人間がいるなんてね。珍しいこともあるもんだ」
「いえ、ルシファーは俺の機体です。他の誰でもなく」
「え、リント?」
「要るだろ?」
「……それは?」
メイは想定していなかったが、必要だろう。むしろ初対面の時に伝えなければダメだと凛斗は考えた。
バーグナー艦長も察したようなので、躊躇うことなく言い放つ。
「改めて自己紹介をしましょう。元明けの明星SAGA部隊隊長、現日本国防軍大佐の剣崎凛斗です。現在は宇宙派遣艦隊艦載機部隊隊長の任を拝命しています」
「なる、ほど……そういうことかい。ハワイの襲撃があそこまで綺麗だった理由、そういうことか」
「はい。それにしても冷静ですね。俺を含め、かなりの機体を打ち落としましたが?」
「そんなの戦場の常だろうよ。それに、例の話も知ってるからね。疑っていた以上に酷い状態だったとは……アレを見て、守ろうとしてたことも知って、恨み返すなんて気持ちにはなれないよ」
「そうですか、ありがとうございます。恨み合いは嫌なので助かりました」
「はっ、パルチザンなんてもんをやってたんだ。そっちの方が強いんじゃないかい?」
「はい。自分は家族全員を帝国軍の市街地無差別攻撃で失っていますから」
といっても、互いに軍人だ。怨恨だけで戦うような馬鹿ではなく、それを表に出すほど素直でもない。
そして、過去より未来を優先する思考も同じだった。
「随分とあっさり言うんだね」
「もう8年も前のことで、こんな所で恨みをぶつけても意味が無いことは理解しています。それに裏切り者は全員始末済み、実行犯もかなりの数を殺しました。後は首謀者、恐らく皇太子を打ち倒すだけです」
「敵とはいえ呼び捨てかい?」
「敵であり、仇ですから。こっちの陛下は象徴の役割に徹されているので、そちらの感覚はよく分かりませんが」
「そう」
なおこの2人の会話に対して、メイは口を挟まなかった。自分と凛斗の間では決着をつけているし、彼の邪魔をしたくなかったからだ。
それに、口を挟める雰囲気でも無かった。表に出さない凛斗の感情が重かった。
「さてと、ケンザキ大佐、メイルディーア少佐」
「はい」
「何ですか?」
「日本国防軍かアメリカ軍との会談をセットしてもらえないかい?こっちの第2陣の指揮官が合同軍議の後にでも話したいそうでね」
「分かりました。秋山司令とウォーカー閣下に話をしておきましょう。しかし、通常ルートで申請した方が良いのでは?」
「どうも、非公式にしたいようでね。どうせ酒が呑みたいだけだろうけど」
「いや、そんな風に……」
「もしかしてグラウデン閣下ですか?」
「よく覚えてるね、嬢ちゃん。今は中将に昇進してるよ」
「誰だ?」
「その……後で教えるね」
凛斗、というより明けの明星にとっては怨敵とも言えてしまう人物。逆もまた然りだが、帝国軍人と日本系パルチザンという関係上仕方がなかった。
まだそれを知らない凛斗だが、メイの口振りからある程度察している。
「ま、こっちはこんなところだよ。何か他にあるかい?」
「いえ、これで十分です。あるとすれば、訓練中に発生する事態でしょう」
「そ。じゃ、下がって良いよ」
「はい」
「失礼しました」
そして2人は艦長室およびスパイダーから退出すると、宇宙港内の別の区画へ向けて進んで行った。大和へ帰るためだ。
「予想より濃い人だったな」
「え?あー……そっか」
「アレで慣れてたか?」
「うん。ダメだった?」
「いや、仕方ないだろ。俺も伯父貴や親爺さんとしか呼ばないし」
「そっか。それでグラウデン少将、じゃなくて中将のことなんだけど……」
「あの時の指揮官か?」
「え⁉︎何で?」
「メイが言い淀んだからな。何となく、前に何かあった相手ってことは分かった。あとは勘だ」
「勘って……」
「そもそも、メイのことだぞ?分かるに決まってる」
「もう」
そんな風に会話をしつつ、無重力の通路を移動していく。床や壁を蹴ったり、壁に取り付けられたベルトコンベアーを使ったりしてだ。
特にメイはそれらの動きがスムーズなため、凛斗はついて行くのが大変だった。
「ねえ、リント」
「ん?」
「ありがと」
「急にどうした?」
「何となくだよ。ダメ?」
「まったく、仕方ないな」
「ん」
そして、2人は大和へ繋がるボーディングブリッジを渡っていく。




