第43話「宙と想いと」後編
「フンフンフン♪」
ある日、大和の厨房にて。そこにいる1人は、普段以上にご機嫌なメイ。
そんな彼女は鍋の中をかき混ぜたり、ボウルの中をヘラでかき混ぜたり、容器を準備したりしている。
「ちょっとそれ取って」
「あ、これ?」
「え、ヤバッ⁉︎」
「えっと、こんな感じで良いかな?」
「うん、良いよ」
「こんな感じ、かな」
周囲には他にも人がおり、同じような動きをしていた。
普段は厨房に入らないような面々が若干のトラブルに見舞われつつ、調理を行っていく。
「ヤバい、焦げる!」
「それ燃えるっていうの!水!水!」
「えっと、次はリンゴを……丸ごとでいっか」
「どうしてそうなる!」
「フフフフフ……」
……一部、調理とは思えないような声も聞こえてくるが。
そこだけトラブルが若干レベルではない。
「あれ、何してるの?」
「気にしない気にしない」
「ほら、こっちやるんでしょ」
「あ、うん」
しかし、その周辺以外が気にする必要はない。
最初から後始末を担当する人物が配置されているのだから。
「できた!」
「おめでとう、クリス」
「ありがとう。マユちゃん、食べる?」
「え?」
「味見だよ。ほら、あーん」
「うん、あーん」
背後でそんなことがなされていてもメイは気にすることなく、自分の物に集中する。
もっとも、やることはほとんど終えているだが。
「あとは焼いて、冷やして……あ、これも作らないと」
「メイ、頑張ってるね」
「そりゃそうでしょ」
「うん!」
なのでしばし待つ。
その間に他の作業を進めることも忘れない。
「良かった、できてる」
「おめでとう、メイ」
「ありがと。じゃあ行くね」
「頑張れ」
「いってらっしゃーい!」
その後、メイは完成したものを丁寧に包み、それを持って厨房から出る。
「フンフンフーン♪」
そして鼻歌を歌いつつ、ある場所へ向かった。
「あれ?」
しかし、そこで待っていたのは予想外の出来事だった。
といっても深刻なものではない。探しものが見つからなかっただけだ。
「反応ここだったのに……あ」
間違えたかと手持ちの端末を確認するも、表示は変わらずここを示している。
なので部屋の中を見回してみると、その原因を見つけた。
「端末置きっぱなしなんだ」
メイが利用していたのは端末の艦内位置情報だ。当然ながら、端末を忘れていたら無意味になる。
なのでメイはその端末も持つと、そのまま部屋を出た。探しものが無いならここに留まる意味は無い。
「もう、仕方ないな」
メイの探しもの、それは隠すまでもなく凛斗のことだ。そんな彼の予想外の行動により、メイも予定外のことをする羽目になった。
今日は一応サプライズということで、凛斗の予定を聞いていなかったのが災いした形だ。
「じゃあ、最初は……」
というわけで、メイはまず戦闘指揮所にやってくる。
「メイ?どうしましたか?」
「リントを探してるんだけど……いないね」
「そうですね。何かトラブルでも?」
「うん。リント、端末を部屋に忘れてたから……あ、マイリアはどこにいるか知らない?」
「分かりませんね。レグルトはどうですか?」
「僕も知らないよ」
「そっか……」
しかしそこにも凛斗はおらず、痕跡も無い。マイリアとレグルトも知らないようなので、無駄骨に近い形だった。
その2人だけならば。
「メイルディーア少佐」
「はい、アキヤマ艦長」
「凛斗は上手くやれているか?君に惚れていることは知っているが」
「大丈夫です。私もリントが大好きですから。でも、どうしたんですか?」
「俺もあいつの親代わりの1人だ。息子の様子が気になることもある」
「じゃあ、義父さんって呼んだ方が良いですか?」
「それは止めて欲しい。だが、困ったことがあれば頼れ。皆は凛斗のため、手助けするだろう」
「はい、分かりました」
伯父貴をはじめとした何人かに対しては、凛斗が直接メイの境遇を伝えている。凛斗もまだ全ては知らないが、その極一部だけでも十分だ。姉御がメイを可愛がっているのもそのためだった。
なので、メイに協力しないという選択肢は存在しない。
「そうだ。アキヤマ艦長、リントがどこにいるか知りませんか?」
「ふむ、端末を忘れたと言っていたな」
「はい。なのでどこを探したら良いか分からなくて」
「君も知っているとは思うが、あいつは今の時間休みだ。しかし、外へ出たという報告は聞いていない。人が多くいる場所に向かうと良いだろう」
「じゃあ、格納庫に行ってみます。ありがとうございました」
その言葉を聞いたメイは振り返り、また走り出した。
そんな彼女を見送る戦闘指揮所の面々。その顔には笑みが浮かんでいる。
「良い娘だ」
「そうでしょう?しかし、親代わりとしては複雑なのですか?」
「自分は元から反対していません。あの凛斗が命を賭けてでも手に入れたいと思った相手、無闇に否定するのは得策ではありません。問題は……」
「問題は?」
「凛斗が愛想を尽かされないかどうかでしょう」
「その心配は要りませんよ。2人とも、お互いが大好きなのですから。私も姉代わりとして鼻が高いです」
「姉代わり、ですか」
「ええ。まあ、2ヶ月しか違いませんけれど」
皇女派だけでなく元明けの明星の面々からも、ハイシェルト家ということに関係無くメイは受け入れられていた。それは凛斗との関係以外にも、メイ自身の性格が理由だ。
義妹か義娘かで一部抗争が起きていたりするが、あまり意味は無かったりする。
「いるかな?」
もっとも、そんなやり取りが戦闘指揮所で行われているとは露知らず、メイは格納庫へやってきた。
しかし、ここでも凛斗の姿は見えない。
「おう、嬢ちゃんか。どうした?」
「あ、ミチボシさん。リントを探しているんですけど、知りませんか?」
「凛斗か……見てねぇな。おい!」
そして詳しく探す前に大和整備士長の満星少将、つまり親爺さんに声をかけられた。
さらに親爺さんは僅かな会話で状況を理解し、近くを通った2人の整備士に声をかける。
「何ですか?親爺さん」
「急用っすか?」
「凛斗見てねぇか?この嬢ちゃんが探してんだよ」
「見てないですね。聞いてきます?」
「ガキンチョどもなら知ってるかもしれないっすよ」
「おう、任せる」
「はい」
「了解っす」
頼まれた2人は動き、周囲の面々へ聞き取りを行う。その動きは早く、話を聞いた者の一部も加わるため、ネズミ算式に話が広がっていった。
そんな状況にメイは驚くしかない。元は彼女が個人的に聞いたことであり、自分自身でやるつもりだったのだから。
「え、良いんですか?」
「構わねぇな。凛斗のためなんだろ?」
「まあ、そうですけど……」
「にしても、リントのやつ何してんだ?良い女を置いてどっか行くなんてよ」
「あはは、リントは自由なところもありますから」
「あいつはそういう奴だからなぁ。苦労してんだろ?」
「そうでもないですよ。優しいですから。それに、私も迷惑かけてますし」
「そうか」
「はい」
もっとも、人に任せるとなると暇になるため、親爺さんとの話が弾む。メイはまだ引き気味だが、そこまで問題は無かった。
なお、会話の中に惚気が入っても、親爺さんは気にしない。というか、大和に乗る面々のほぼ全員が慣れた。
それもこれも、凛斗とメイがやりすぎたためだ。
「親爺さん」
「おう、どうだった?」
「凛斗っすけど、居住区の外に行くのを見たやつがいやしたね」
「居住区の外だ?何でそんなとこに……」
その後、整備士2人が報告に戻ってくる。居住区の外へ向かったという証言は複数得られたようで、ほぼ確実だろう。
しかし、居住区の外は広い。格納庫や機関室を除いてもかなりのものだ。それだけではどこに行ったか分からない。
メイだけは違ったが。
「あっ」
「ん?分かったかい?」
「今ので?」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
そう言うと、意気揚々と格納庫を飛び出すメイ。
格納庫でも戦闘指揮所の場合と似たような会話が交わされていたが、彼女は知らない。というより知る必要性がない。
優先順位が高いのはもう一方だからだ。
「やっと見つけた」
「メイ?」
軽く歌いながらメイがやってきたのは、大和にいくつかある展望台の1つ。現在大和はコロニーの港に泊まっているが、ここからなら外の光景が見える。
そして彼女の予想通り、そこに凛斗の姿があった。
「とりあえず、はい」
「端末……部屋に忘れてたか?」
「うん。探したんだよ」
「あー、ごめんな」
「もう」
そんな簡単なやり取りの後、メイも凛斗の隣にたたずみ、宇宙を見る。
気持ちが分かるためだ。
「星、見てたの?」
「ああ、綺麗だからな。瞬いてない」
「そうだね。空気が無いもん」
「それが珍しいからな。つい」
「ふふっ、そうなんだ」
ここは無重力エリアであるため、2人はフワフワと浮かびながら星を眺める。
寄り添い、腕を交わせながら。
「ねえ、リント」
「ん?」
「良い人達だね、みんな」
「そうだな。探す時に?」
「うん。色々聞いたよ」
「具体的には?」
「ちょっと前だけど、リントが子どもの時の話とか」
「それは恥ずかしいな……まったく」
とはいえ、メイが聞くことのできる話は、まともな子どもの話とは言えない。明けの明星にいる面々は保護された後のことしか知らないからだ。
そのため、それより前については凛斗自身が語るしかなかった。もちろん、メイも。
「それで、どうした?分かるけどな」
「そうだよね。はい、バレンタインのプレゼント。本命だからね?」
「分かってる。ありがとな。開けても良いか?」
「良いけど、部屋の方が良いんじゃないかな?」
「確かに。戻るか」
「うん」
当然とも言えるが、無重力エリアより重力のある居住区の方が過ごしやすい。
なので2人は凛斗の部屋へ移動する。そして蓋を開けると、そこには黒い塊が入っていた。
「フォンダン・ショコラ……しかもこれ、ソースか?」
「味変えたかったら使ってね」
「いくらバレンタインでもここまで出来るか?普通。凄いな」
「でしょ?頑張ったんだから」
「けど、こんなに上手かったか?レベルが3段くらい違うだろ。まあ、前に貰ったやつは違ったけど」
「頑張ったんだよ。ずっと練習してて、失敗して……沢山作ったから」
「ずっと?」
「うん、ずっと。リントと会ってからは作ってなかったけど、覚えてて良かった」
「そうか。5つあるのは?」
「リントが3つで私が2つ、ちょうど良いよね?」
「ああ、そうだな」
形も綺麗に出来ており、味も良さそう。普通に売れるだろうと凛斗は思った。
そんな風に期待しつつ、フォークで口に運ぶ。
「美味い」
「良かった」
「全体のバランスが良いけど、焼き加減が1番良いな。ソースも良く合ってる。これ、全部オリジナルで?」
「うん。基本は調べたけど、あとはアレンジでやってるから。10年くらい練習したんだよ?」
「10年も?」
「だってそれ、ライラが、妹が好きだったお菓子だもん」
美味く作られたフォンダン・ショコラ。
しかし当人にとって、これに含まれた記憶はあまり良いものではない。
「妹が……いや、同じか」
「うん。10年前に死んじゃって……」
そこまで言った段階で、メイの目から涙が溢れた。
「あっ、ごめん……」
「泣いても良い。けど話すんだろ?頑張れ」
「うん……」
凛斗がメイの頭を撫でると、メイはその腕を掴んで抱き抱える。
悲しいことなのだろう。メイの口からは言葉が出てこない。
だが凛斗は待つ。メイの気持ちを無駄にしないために、彼女のことをもっと知るために。
「ライラは私の2つ下で、仲の良い妹だったんだ。ずっと一緒にいて、ずっと一緒で……」
「そういう相手もいたんだな。その頃は普通の家族だったか?」
「ううん、違うと思う。私とライラだけが違ったのかな……」
また、暗くとも自分の過去だ。一度口が動き始めれば、メイは止まることなく話し続ける。
思い出しつつ、悲しみながら。それでも凛斗に伝えたいと想いつつ。
「だから、2人きりだったんだ。ハイシェルト家と仲良くしたいなんて、私達とは違って……何も無いのなんてマイリアくらいだったから。仲良くしてくれる使用人は他にもいたけど……」
「辛かったか?」
「そうかも。あの時は分からなかったけど、今考えると、ね」
「大変だったな、メイ」
「ライラと一緒だから、楽しいこともあったんだよ?これも、ライラのために作り始めたんだから。でも……」
それが、メイをこうした原因だ。
「10年前に、か」
「うん……交通事故だったんだ。事件性は無いと思うけど、分からなくて……脇の所に傷痕あるの、知ってるよね?」
「あの薄いやつだな?」
「そう、あの時の傷。私はアレだけで大丈夫だったけど、他のみんなは……」
「メイ……」
「ごめん……でも、辛かったから……」
「分かる。俺も同じだ。その後はやっぱり、あんな風になったのか?」
「あそこまではなってないよ。でも、マイリアがいなかったらそうだったかも。同い年なのに情けないね、私」
「いや、気にするな。それが普通だ。俺もそうだった」
「うん……ありがと。それで、そんなことがあったから……」
彼女が子ども時代に体験した出来事が、彼女の心を形作っている。
サバイバーズギルトの亜種により、メイの心は形作られてしまった。
「だから私、もう無くしたくないの。家族がいなくなるなんてもう嫌で、リントがいなくなるのも嫌なのに……」
「メイ……」
「ライラがいないのに作って、作ったのに誰も食べてくれないなんて嫌だよ……ねえ、どうしたら良いの?私、こんな我儘なんて……!」
失うことへの恐怖、喪失への畏怖。それがメイの過度な依存に繋がっている。
こうなるよう誘導したのではないかと凛斗は疑っているが、この話の最中では些細なことであった。
「いや、我儘で良い」
「え……良いの?」
「ああ、良いんだ。全部吐き出せ。それとも、俺の話を聞くか?」
「うん」
重要なのは、メイが苦しみ続ける必要は無いということ。
「そうだな……まず、家族が表すのは血縁だけだ。それも重要だけど、子どもは親を選べない。嫌な思いをする子どもはいつだっている。俺みたいに、家族がいなくなった奴もな」
これからも凛斗が共に居続けるということ。
「だから俺は血縁じゃなくて、守りたい人を守る。メイを守りたい。伯父貴や親爺さんを守りたい。繭達やレックス達も守りたい。子ども達の未来を守りたい」
そして、戦う意味は自分達で決めるということ。
「手を広げすぎなんて言われても良い。俺は俺がやりたいようにするだけだ。それ以上の理由なんて無い、必要無い」
そのために凛斗は語る。メイが苦しむ姿など見たくなく、常に笑っていて欲しいから。
そのせいだろうか。彼は若干の独占欲も発露させた。
「だから俺にとって、メイの親は敵だ。メイをこんな目に遭わせたことが許せない。メイを守るのは俺だけだ」
「え、でも……」
「辛いよな。けど、俺にとってはそういう相手だ。メイはどうしたい?」
「えっと、私は……」
しかし、これは悪手に見える。
答えにくいことのためか、メイの口は上手く動かない。
「いや、今答えなくてもいい。俺はここにいるからな。先延ばしにしても良いし、言わなくてもいい。それにどんな答えにしても、俺はメイを守る」
そのため凛斗も酷だと思ったようで、猶予時間があることを教える。
いつもならメイもこれに乗っただろう。しかし……
「……ううん、今言う」
常に同じとも限らないのがこの2人だ。
「良いのか?」
「だって何回も聞いてるし、たくさん時間を貰ったもん。答えくらい作れるよ。私も、リントを守りたいから」
「そうか」
その言葉を聞き、凛斗は安堵の表情を浮かべる。
また、凛斗の心情も理解できるからこそ、メイは畳みかけた。
「私、リントが大好き。リントを守りたい……1番いてほしいのはリントだから」
「分かってる。けど、そこまで言い切れるようになったんだな」
「うん。だから、ね?」
そんな言葉を聞きつつ、凛斗は笑う。それを見てメイも笑う。
凛斗もメイも、やはり似たもの同士だ。互いを理解し、想いあっている。
だからこその必然。
「ありがとう、リント。私に会いに来てくれて」
「それは俺の台詞だ。ありがとう、俺を受け入れてくれて」
2人の影は重なった。
「うぅ……」
「おいメイ、まだか?」
「だ、だって……恥ずかしくて顔見れないよ……」
「まったく……メイ」
「はひっ!」
翌朝。薄着のメイは顔を赤くしつつ、凛斗に背を向ける。
そんな彼女に対し、凛斗は後ろから抱きしめた。
「メイ、気にしすぎだ。良いことだろ?」
「うん……」
「だからこっち向け。俺達はずっとそうだっただろ?」
「うん。ん」
「まったく」
そして互いに笑みを浮かべると、2人は唇を重ねる。
「リント」
「ん?」
「大好き」
「俺も好きだ」
「もう、リントも恥ずかしがってよ」
「無理だな。当たり前だろ?」
「分かってるけど……」
その後、凛斗とメイは用心しつつ部屋から出た。
この2人の関係が大和中に知れ渡っているとはいえ、それは大人しく見守ってくれることと同意ではない。この状態で見つかればどれだけ騒がれるか分からなかった。
そのため、誰もいないに越したことはないのだが……
「「あ」」
「「あっ……」」
扉が開いた先、そこには2つの人影があった。
「へぇー」
「ふーん。そっか、そうなんだ」
片方は香織。昔から凛斗が知っている相手とはいえ、そういう話が好きな年頃だ。話は確実に広まるだろう。
そして、もう片方はシア。ある意味では最悪の相手だった。
「あー……これは、な」
「え、えっと、その……」
「よし、言ってこよう!」
「待って、待ってよシア!」
その最悪の想定が嫌だったのか、逃げ出したシアを追いかけ、メイも走り出す。
一方、凛斗は詰め寄ってくる香織から逃げない。
「凛斗はどうする?」
「どうせ隠しても噂にするんだろ?」
「よく分かってるね」
「分からないと思うか?はぁ……」
というよりも、抵抗しても無意味だと悟り、諦めていた。




