第43話「宙と想いと」前編
「負けたぁぁぁーー!!」
ラグランジュ1、政府機能が集められたコロニーにあるSAGA格納庫にそんな声が響く。
悲鳴の主はアメリカ軍の黒人少年オリバーだが、近くにはキースとアリアもいる。こちらの2人はどちらも落胆している。
「ウソでしょ、何でよ……」
「どうしてアレを避けられる……どうしてアレに当たる……」
どういう状況かというと、キース、オリバー、アリアの3人はシミュレーターを用いて凛斗とメイに挑んでいた。そして惨敗した。
サタンとガブリエルから降りてきたもう一方の当事者達、凛斗とメイはそんな3人の反応に困惑しつつ、遠巻きに観察している。
キース達3人のやる気は凛斗とメイが引くほどだったので、ある意味では妥当だ。
「ここまでなるか?普通」
「だよね。でもリント、どうするの?」
「流石にこれはどうにもならないぞ」
「アメリカ軍のエースなんだから、リアイアされたら大変だよね?」
「けどな……」
そのように、やる気だけなら凛斗とメイを上回っていただろう。
しかし、勝てない。スサノオ相手では1対1どころか1対3でも勝負にならなかった。今は2人の前の愛機であるルシファーとミカエルに2対3で挑んで負けた所だ。
なお、スサノオではコックピットの構造上ルシファーとミカエルを再現できないため、2人はサタンとガブリエルを使っていた。そのためには剛毅とレックスに動いてもらう必要があったのだが……結果は野次馬が増えただけだ。
「凛斗、お疲れさん」
「リントもメイもよくやるな、アレ相手に」
「売られた喧嘩だからな。ああいう相手ならこの方が楽だ。それより、2人とも良いのか?」
「問題無いぞ。俺だって今は暇なんだよ」
「警戒態勢で無ければ大丈夫だろ?」
「そっか。良かった」
ちなみに、この勝負が始まった原因は先日の迎撃戦の影響だったりする。あの戦いでキース達が3人で24機を落としたのに対し、凛斗とメイが挙げた戦果はスサノオ単機で59だった。
世代差があるとはいえ、倍以上の戦果。2人が気にしていなくても、相手もそうとは限らない。
「クソッ、次だ次!」
「は?」
「そうね。行きましょう!」
「え?」
「オラ!置いてくぞ!」
「行かないとダメか?」
「行っとけ行っとけ」
「行かないと面倒なんだろ?」
「ちっ。行くか、メイ」
「うん」
そんな理由で始まった射撃対決。
「ふう、意外と難しかったな」
「わー、凄い!」
「バカ、な……」
「ウソ、だろ……」
こちらも凛斗の圧勝だった。
「わー……」
「メイ?」
「わー……」
「おい、メイ?」
ここの射撃システムの中には面白い物があり、ちょうど良いからとそれで対戦した。半径50mの扇状のエリアへ的がランダムに現れるというもので、現れた後の動きもランダムだ。予想より実戦的なものだった。
それに対して凛斗は9mm拳銃を6つ机の上に置き、2丁拳銃での連射を3回繰り返すことで対処した。的は50枚までしか出ないため、これでも問題無い。
なお、勝負に弾数制限は無いからとアサルトライフルを使ったキース達。しかし的の動きに対応しきれず、最大でも7割しか当てられなかった。
そのため、2つしか外していない凛斗の勝ちだ。しかし凛斗はそんなことより、何故か反応が無くなったメイの扱いに困っているが。
「わー……ねえ、リント。どうやったらあんなのできるの?」
「戻ってきたか」
「え?」
「何でもない。で、アレのやり方は……どう言えばいいんだ?」
「教えてよ」
「けどあれ、本気でやっただけだからな。やり方自体はいつも通りだぞ?」
「え、あんなに凄かったっけ?」
「そういえば……本気、見せたこと無かったか。士官学校の時は手加減してたからな」
「アレで?」
「ああ。いくつかはワザと外すように狙ってたぞ」
「そうなんだ……気付かなかった」
「本気で隠したから分からないのも当たり前だろ。というか、バレたら俺が危なかった」
「あ、そっか」
しばらくしてから再起動したメイの疑問はもっともだが、凛斗には答えがある。というか当時やっていたことを話しただけだ。
それらが面倒だと思ったことが無いわけではないが、そのおかげで今の立場があるため、それで良かったと思っている。
共にここに立てていることが何よりの幸福だ。凛斗はそう思い、未来を考えている。つい先ほどまでの後始末をどうするか、考えないようにしつつ。
「さて、この後はどうする?」
「え、無視するの?」
「あの状態をどうにかする方が難しいだろ。それに……」
「それに?」
「やっぱり来たな」
凛斗が顔を向けた方向、そこから厳つい男性が乗り込んできたためだ。彼の軍服はアメリカ軍のもので、階級は大佐らしい。
落ち込んでいたキース達3人は彼を見ると同時に飛び起きた。怒声の方が先だったが。
「おいてめぇら!何やってんだ!」
「げっ、キャプテン⁉︎」
「ったく、人様に迷惑かけてんじゃねぇ。連れてけ!」
「「「は!」」」
「ちょっ、キャプテン!」
「待って!お願い待って!」
そして、キース達3人はキャプテンと呼ばれた人が連れてきたアメリカ兵達に連行されていく。急すぎて、メイは呆然とした顔で見送るだけだった。
そんなメイを見ていた凛斗だが、続いて大佐が2人の方へとやってくる。予想はしていたため、凛斗に驚きはない。
「すまねぇな、ケンザキ大佐。うちのバカどもが」
「いえ、こちらも良い訓練になりました。ご足労いただき感謝します、ガルシア大佐」
「これだと躾けたって感じか?苦労したろ、あのバカどもの相手は」
「東海岸でブルーフラッグスを率いていたガルシア大佐ほどの苦労はありません」
「明けの明星のエースが言うことじゃねぇだろ?お前らのおかげでこっちも助かってんだ」
「俺は引き継いだだけです。それらは前任者の功績ですから」
「いや、てめぇの功績のことだ。大暴れしてたって聞いてんだよ」
「ありがとうございます。しかし、終わるまで待ってましたね?」
「は?何のことだかさっぱりだ」
「では、そういうことにしておきます」
サイモン・ガルシア大佐。アメリカ東海岸にてブルーフラッグスというパルチザンを率いていた人物で、日本系パルチザンにも名前が知れ渡っている有名人だ。
また凛斗がメガネから聞いた話だと、数日中に准将に昇進するとのことらしい。何故この時期に行うかは分からないが、本人も既に内示は受けているだろう。
知らぬは部下ばかりなり、というやつか。
「そっちのが助かる。で、こっちのが?」
「はい。相棒でスサノオのメインパイロット、それと婚約者のメイです」
「ちょっと、リント」
「ハハッ、良いんじゃねぇの若いってのは……っと、こっちも用事があるんだ。ここで帰るぞ。あのバカどもがまた迷惑かけたらすまねぇな」
「いえ、お気になさらず」
どうやら忙しいガルシア大佐に対し、2人は敬礼で見送った。その後、2人は少し悩む。
凛斗とメイは今日暇……というか、訓練と会議以外では割と暇なので、時間潰しに何をするかが重要だった。
「終わったな。メイ、どうする?」
「うーん……じゃあ、行ってみたい所があるんだけど、良いかな?」
「ああ。どこに行くんだ?」
「ヒミツ。でもすぐに分かるよ」
そんな時にメイが求めた場所。そこは……
『うわぁ……』
「おぉ……」
しばらく後、凛斗とメイはパイロットスーツを着て宇宙の中にいた。
「綺麗だな」
『うん……こんなに綺麗なんだね』
「俺も一緒にいるからか?」
『そうかも。だって……』
「だって?」
『私、宇宙でこんなに楽しいのなんて初めてなんだもん』
ここからは地球も見えるが、ラグランジュ1は地上から30万km以上離れているため、静止軌道付近ほど大きくはない。
しかし、宇宙から見える地球は美しく、遠いからこそ考えるものがある。
『昔、月からも見てたけど、こんなに綺麗に見えたことなんて無かったんだ。リントがいるからだよね?』
「それを俺に聞くか?メイの気分が楽になったからだろ?」
『ううん、違うよ。リントがいるから楽になったんだもん』
「そうか」
『うん』
「まあ確かに、俺もそうだな。綺麗だからな、ここは」
『良かった』
その光景自体は珍しいわけではない。メイは子どもの頃から何度も見てきたし、凛斗も前の作戦や大気圏突入前に見た。
だが改めて、宇宙からほぼ生身で見つめると、また違った感覚に襲われる。それが2人にとって堪らなく辛く、異常なほど美しかった。
『ここに来ても、人は戦うんだね』
「人は戦って進歩してきた。それは多分、変わらないんだろうな」
『分かってるよ。でも、ずっとこれが続いてほしいから』
「だから俺達は戦う。守るために」
『戦わないと守れないもんね』
「ああ」
『だから、私は戦うよ。それに、リントがいるから』
「俺もだ。未来は俺の手で決めたい。振り回されるのはたくさんだ。それに、メイがいるからな」
なお、パイロットスーツには小型のガススラスターが搭載されており、身一つでかなり自由に動ける。さらにワイヤーガンも2つずつ所持しているため、ガス切れになっても帰還できる。
もちろん調子に乗りすぎるのはダメだが、凛斗とメイなら大丈夫だろう。
『でも、今はこれで良いよね?』
「当たり前だろ。そういう時間だぞ?」
『うん。ちゃんとお願いしたもん』
「許可が出るなんて思ってなかったけどな」
しかしこの2人、ちゃっかり宇宙遊泳訓練という名目で許可を取ったため、こんなことをしている間も給金が発生していたりする。
だが、給料分の働きをする気はないらしい。元々そんな予定など無く、周囲も分かって許可を出したのだが。
『あ』
「どうした?」
『向こうに何かあるよ。デブリかな?』
「おい、メイ?」
『リントは来ないの?』
「分かった。今い、っと?」
『リント?……何してるの?』
「ちょっと待ってろ。すぐに止まる」
どうやら何か見つけたようで、メイは1人で先へ進む。それを追いかけようとした凛斗はガススラスターを吹かそうとしたタイミングでバランスを崩してしまい、体が回転し始めた。
なので凛斗はその場で止まる。回転し始めた時は変に動かず、自然に収まるのを待つという方法だ。それは確かに、ある場面では正しいのだが……
『ぷっ……クスクス……』
「おいメイ、何笑ってる」
『ご、ごめん。でもリント、何してるの?』
「何って、回ってるならこうして……」
『ここ、空気無いよ?』
「……あ」
それは空気のある場所での話だ。空気が無い宇宙空間では抵抗がないため、永遠に回り続ける。
今までの無重力空間での遊泳訓練は輸送艦や大和の中で行っていたため、それの考慮を忘れていた。過去の経験が失敗要因となってしまった形だ。
「ならこれをこうやって……っと?あっ……」
『ぷっ』
「おい、笑うな」
『だって、何やってるの、もう』
「調整が上手くできな、うおっ⁉︎」
『コントだったら下手だよ』
「だったら助けろ!」
『はいはい』
さらに言うと、パイロットスーツのガススラスターの操作について、凛斗は練度が足りない。回転を止めようとしたのだが、失敗して回転速度をさらに速めてしまう。
慣れているからと、SAGAの感覚でスラスターを動かしてしまったためだ。大気圏内と宇宙の差をプログラムで補正しているSAGAがパイロットスーツと同じなわけがないにも関わらず。
『動かないでね』
「頼む」
そんなわけで慣れているメイは凛斗に抱きつくと、ガススラスターをタイミングよく3回吹かし、回転を止める。
そしてワイヤーガンをコロニー間構造材に当てて巻き取り、その構造材に足をつけた。
『出来たよ。大丈夫?』
「助かった。それにしても上手いな」
『だって、好きな遊びだったもん。1人だと、変に考えなくていいから……』
「メイ?」
『あ、ごめん』
「まあ、だいたい分かってるけどな。それで、見つけたのは?」
『あっちだよ。行く?』
「当然」
そんな会話をしてから、足とガススラスターを使い、メイは目標へ真っ直ぐ向かう。凛斗は若干フラつきながらもそれに追従し、目標物の近くで停止した。
2人が見つけたもの、それは……
『花?』
「だな」
六角形のケースに入れられた黄色い花だ。形からして百合の仲間のようで、コロニーや星からの光を受けて輝いているようにも見える。
生花ではなく模造花、もしくはコーティングされたものだろうが、非常に生き生きとしている。まるで生花のようだった。
「どうしてこんな所に……誰かが流したか?」
『コロニーからかな?』
「多分。軌道的にそうだろ」
『デブリに当たって変わったかもしれないけど、綺麗だし……あ』
「どうした?」
『下、手紙あるよ』
「ボトルメールだったか?珍しいな」
『子どもの頃に流行ってたっけ。私もやったなぁ』
ボトルメールというものは基本、返事を期待しないものだ。海の先の誰かに無事拾われ、そこから返答が来る確率はとても低い。
そしてこの時代は海ではなく宇宙を相手にしているため、ちゃんと伝わる可能性はさらに低い。だが数例、コロニー周囲を見回るデブリ回収業者などが見つけ、送った人物と交流したという話もある。
これを流した人物もそれを期待したのかもしれない。
「どうする?」
『ううん、やめとく』
「そういうものなんだろ?」
『だってこれ、多分他の誰かに向けたものだよ』
「は?」
『女の勘』
しかし、メイはどういったものか何となく分かったようだ。似たような境遇だからかもしれない。
なのでそれを凛斗にも話し、納得させる……色々と省略されすぎているが。
「まあ、メイが言うならそうするか」
『ありがと。でもリント、気にしてるよね?』
「ああ。けど、野暮なんだろ?」
『うん』
「それならこのままにする。メイに嫌われたくないからな」
『ありがと』
「それより、アレの方が良くないか?綺麗だろ」
『うん』
だがそれよりも、2人の前に広がっている光景の方が重要だった。
青く輝く地球、満天どころか全方位を覆い尽くす星々。そして夜の部分やコロニーから漏れる人工の光。
この場所にいるからこそ見られる絶景であり、人の力を感じることができる。戦争という極限環境に身を置いているからこそ、そういったものが美しく感じられる。
『ライラも……見たかったかな……』
それ故に、メイは心からそう思っていた。
「ライラ?誰だ?」
『え、あっ……あの、その、リント?』
「慌てるな。それでどうした?」
『その……気になる?』
「もちろん」
『うぅ……』
「けど、メイが話したい時で良い」
『う、うん……じゃあ、後でも良いかな?明日とか?』
「明日?ああ、アレか。分かった」
『ありがと。ちゃんと話すから』
「焦らなくても良いからな」
メイはそう言うと、また星々へ意識を向ける。凛斗はそれを尊重し、これ以上は聞かない。
もちろん、彼もこれが気にならないわけではない。というかかなり気になっているのだが、彼女の心を優先した。
それに、話すと言っているのだ。慌てる必要などどこにも無い。
『うん、そっか……』
「当たり前だろ?俺は今、ここにいる。俺は絶対にメイの味方だ」
『うん、うん……』
だから悩む必要は無いと、凛斗はメイを宥める。
隣にいることができる今、凛斗は無条件にメイの味方だ。メイのためであれば凛斗は何でもやる、そういうつもりでいる。
「もう良いか?」
『大丈夫だよ。ありがと、リント』
「気にするな……っと、もうこんな時間か」
『じゃあ、戻る?一緒に行くよ』
「馬鹿にするな。1人で戻れる」
『分かってるよ』
そんな会話をした後、凛斗とメイはワイヤーガンとガススラスターを使って宇宙を移動し、港へ向けて進んでいく。
凛斗も慣れてきたため、最初の方よりはかなりスムーズだ。
「メイ」
『なに?』
「もう1回言うけど、俺がいる。だから無理するな。何でも言え」
『……うん、ありがと』
そう言われてからも、メイは変わらず宇宙を進んでいく。
赤くなった頬を隠しながら。




